小説置き場。
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高緑風味の友情チャリア。友情チャリアは逆行緑高♀の過去編扱いにしようかなぁと思っている。とりあえず、真一郎の学校での主な住処は視聴覚室で、緑間との思い出を抱えた和奈もそこにやって来るということで一つ。これから友情チャリアの絶好の二人きりポイントとして視聴覚室使おうね!
あとbumpの宇宙飛行士への手紙をイメージしてます。今回は一人で雷を見て、高尾と一緒に思い出を集めたいと思った真ちゃんの話。あとで二人で雷見てイベント回収。
高尾は忘れたくない、思い出にしたくない、っていう飴玉高尾にするつもり。これでも友情チャリアだよ!
あとbumpの宇宙飛行士への手紙をイメージしてます。今回は一人で雷を見て、高尾と一緒に思い出を集めたいと思った真ちゃんの話。あとで二人で雷見てイベント回収。
高尾は忘れたくない、思い出にしたくない、っていう飴玉高尾にするつもり。これでも友情チャリアだよ!
轟、と突風が教室の窓に吹き付ける。風に乗った雨粒が、機関銃の如く乱暴に窓を叩いた。外からは雷の予感を告げる空の唸り声が聞こえる。
嵐が近付いていた。
幼い頃から、緑間は嵐は好きだった。普段は大人しく人間に飼い慣らされている自然が、容赦無く牙を剥いている様に、抑圧され気味だった自己を重ねていたのかもしれない。嵐の日にはよくピアノが弾きたくなった。防音室に篭ってただ無心になって音を打ち込みたい、という衝動に駈られ、乱暴に鍵盤を叩き続けた覚えがある。そういう日に限って明くる日にはピアノの指導者が家にやって来ることになっていて、楽器は大切に扱えと何度となくやんわりと注意をされた。バスケを始めてからもこの悪癖は続き、中学の頃になると授業を抜け出したりもした。旧校舎の音楽室に忍び込み、雨粒と誰にも使われていないピアノを合奏させると不思議と満足したものだった。
そして、高校生になった今。
緑間は衝動を持て余していた。秀徳高校には帝光中学のような都合のいい旧校舎はない。鍵盤の上に指を滑らせたい、という欲求を手元の物語の世界に集中して誤魔化そうにも、野生を取り戻した自然に俄に興奮しているクラスメイトのざわめきが邪魔になって集中するにも集中しきれない。そこに、ざわめきの筆頭である、高尾の能天気な声が投げ掛けられた。
「真ちゃんさぁ、知ってた? 秀徳って暴風警報が出ないと学校休みにならないんだって」
どうせこの教室では本には集中できまい、と判断して緑間が文庫本を閉じると、高尾の目が僅かに輝いた。ただのチームメイトであったはずの高尾と、こうしてどうでもいい内容の会話をするようになったのは最近の事だ。
「帝光も同じだったのだよ」
「マジで? 私立って損だな。……てか真ちゃんって、テレビの前にかじりついて台風情報とか見たことあんの?」
「いや……ないのだよ」
高尾に問われるがままに記憶を遡ってみるが、警報が出ている時は殆どピアノと戯れていた。午前九時五〇分に警報が解除された事もあったが、その時はテレビを見ていた母が緑間を呼びにきてくれた。学校に向かう最中に一緒になった黄瀬が、警報解除の速報が流れた時にどれだけ絶望したのかをひたすらやかましく囀ずっていたのを覚えている。
「やっぱり? じゃあ十時まで何してたんだよ」
「……ピアノを、弾いていた」
ピアノ? 真ちゃんピアノ弾けんの!? とケタケタ笑いだした高尾は、緑間の言葉の一つ一つに音を返してくるピアノのようだ。尤も、高尾が緑間の思った通りの音を出す事はないのだけれど。
嗚呼、やっぱり、ピアノが弾きたい。
声に出してしまうとますます衝動が膨れ上がって、緑間はさも用事を思い出したかの如く堂々と立ち上がった。高尾が慌てて何かを言っているが、一度嵐の音を捕らえてしまった耳にはそれ以外の音など雑音にすぎない。授業始まりのチャイムの音も気にも止めず、緑間は颯爽と突風吹き荒れる廊下へ足を踏み出した。
ホームルームのレクリエーションで一度だけ入った視聴覚室の片隅に、アップライトピアノが置いてあった事を緑間は覚えていた。試しに寄ってみたところ、防音仕様の扉は簡単に緑間を室内に招き入れた。生憎の天気の悪さで採光も望めない室内は薄暗い。室内を見回すとなるほど、盗難されそうなものは一つたりとも置いていなかった。窓際に目当てのアップライトピアノを見つけて、緑間はそっと後ろ手に扉を閉めた。グランドピアノでない事だけが惜しいが、それでも十分理想的な環境だ。
授業を抜け出している自覚は一応あるため、電気はつけなかった。彩度の落ちた赤いタイルを踏んで窓際へ向かった緑間は、宝箱を開けるかように丁寧にピアノの蓋を上げる。それから椅子の高さを調節し、クロスをのけて指を鍵盤の上に滑らせた。つけ直せそうになかったため左手のテーピングはそのままだ。
指慣らしに練習曲を弾きあげると、若干の調律の狂いが気になった。明日にでも簡単に調律しよう、と決めて緑間は顔を上げる。窓の向こうの校庭には海のように大きな水溜まりができていた。嵐だ。うねる風が不穏に窓を揺らすのに口角を上げると、緑間は鍵盤の上で指を軽やかに踊らせはじめた。
ピアノを弾いている間の緑間は無心だ。一心不乱に、思うが儘に頭に浮かぶ音を形にする。重厚な低音のトレモロを鳴らしたあと、右手を滑らせてグリッサンド、それから最後は不穏な不協和音。ピアノの残響が消えていくのと同時に、音の世界に潜り込んだ緑間の意識が浮き上がってくる。普段はこの瞬間にえもしれない高揚感を緑間は覚えるのだが、今日は気分はあまり晴れなかった。ピアノを弾いてもまだ体に残る奇妙な不安感に緑間は顔をしかめる。立ち上がって窓に顔を寄せた緑間は、この不快感の根源はお前だ、とばかりに鈍色の空を睨み付けた。
その瞬間。
分厚い雲の隙間から、眩いまでの光が迸った。蜘蛛の巣のように広がっていく光が、空を粉々に砕いていく。雷だ。意識した瞬間には光は散り、網膜に焼け残った残像だけが今の稲妻が確かに存在したことを示している。そして、空を割らんばかりの轟音。
体が震えた。あの雷と共に、何かが緑間の頭の先から足の裏までを貫いた。呆然とし、すとん、と椅子に腰を下ろした緑間の手がピアノの鍵盤に当たる。さあ今の衝撃を奏でてみろ、と言わんばかりにピアノがポロン、と鳴った。だが、違う。
「たかお」
お前は今の雷を見たか。そしてお前は何を思った?
この問い掛けに答えてくれる、能天気な明るい声が聞こえればそれでよかった。それが一番、聞きたかった。
高尾。高尾和成。
ここで緑間は初めて自覚した。
そうか。俺は、お前と時間を共有したかったのか。
*
あいつを理解できるようになる日は果たして来るのだろうか。高尾は嘆息した。
授業合間の休み時間の終わり際、高尾と話していた緑間が突然教室を出ていった。確かにいつもと比べ妙にいらいらというか、そわそわしていたような気はするが、あの唐突っぷりは冗談抜きで宇宙から謎の電波を受信したに違いない、というのが高尾の考察だ。緑間ならきっと電波だって受信できるに違いない。更にその緑間は次の時間の担当の教師の目の前を堂々と通り過ぎたというのだから、その神経の太さにも毎度驚かされる。思わず笑いたくなった高尾だったが、「あまりにも当然という顔で歩いて行くから声を掛けられなかった、お前何か聞いてないか?」と教師に真面目な顔で無茶振りされたら真顔になるしかなかった。バスケ部の一年エース様の、そろそろ存在を疑いたくなる名誉を守る為にも、腹下したらしいんで保健室行ったみたいです、と白々しいサボりの常套句を告げるとそれで教師は納得したらしい。出席簿に印をつけると授業を始めた。それにしても腹を下しトイレで呻いている緑間(仮)。一度は見てみたいものである。彼はまだ、そういう弱ったところを高尾には見せようとしない。
結局緑間は授業中に戻ってくる事は無く、もしかして本当にどこかで野垂れ死にかけているのではないかと冗談半分で不安になってきた高尾は休み時間の間に緑間を捜索することにした。授業終了後、教師が教室を出ていったのを確認して持ち込み禁止(という校則があるが誰も守っていない)の携帯で手早く緑間にメールを送る。おそらく緑間は気付かないだろうが、気休めだ。緑間が歩いていった方向の角に到着した高尾はそこで先ほどの休み時間の緑間の様子を反芻した。
適当に振った雑談に本を閉じ、それに答える。テレビにかじりついて警報継続を願う緑間が想像できなくて尋ねてみると、少し何かを考えながらその通りだと告げた。それから続く、ピアノを弾いていたという発言。あの緑間にピアノという取り合わせがあまりにもしっくり来て笑っていたら、そう、緑間は突然立ち上がって消えたのだ。緑間の電波受信シーンは笑っていてよく思い出せないが、前後の会話で手掛かりになりそうなものは。
「ピアノ、か……?」
そういえば何となく弾きたそうにしていた気もする。そうなると音楽室か。授業をフケて、隣の準備室に教師が常駐している音楽室を果たして使うのか。高尾だったらまず近寄らないが、実際にサボっているのは緑間だ。行くだけ行くか、と目的地を定めたところで高尾の携帯が震えた。弾かれたように確認する。
ーー視聴覚室にいる。
なんでだよ、と思わず叫んで高尾は視聴覚室に向かった。さっさと迎えに来いと、書いてある気がしてならなかったのだ。
真ちゃん、と名前を呼びながら高尾は視聴覚室の重い扉を開けた。電気のついていない、廊下と同じかそれよりもひどい薄暗い部屋の中で、ぽつんと緑間がひとりで座っている。ぼう、と後ろを向いて窓を眺めていたらしい緑間が、ゆるりと高尾の方を振り向いた。ばちん、と目が合う。初めて、緑間の深緑が高尾のオレンジを捉えた。
「遅いのだよ、高尾」
そう、いつもと変わらない偉そうな台詞を言い放った緑間だったが、その視線は高尾が見たことがないほどの、とびきりの柔らかさを持っていた。緑間に一体どういう心境の変化が起こったのかは高尾には皆目分からなかったが、今まで惜しみ無くフルスロットルで注ぎまくっていた好意を緑間はちゃんと受け取っていて、そしてそれを高尾に返そうとしている緑間に、思わず高尾は泣きたくなった。が、実際に泣かれても緑間は困惑するだけだろうと高尾は目尻を微かに赤く染める程度に留める。
「悪ぃ。けど何も言わずに教室出ていったの真ちゃんだからな。どうしたんだよ?」
「ピアノが、弾きたくなったのだよ」
緑間が優しく鍵盤を撫でる。その様子に、高尾の目には一つの光景が思い浮かんだ。この暗い部屋で、たったひとりで、緑間が延々とピアノを弾いているシーン。その光景の、なんと寂しいことか。どうして自分はそれを聞いてやれなかったのだろう、と後悔が溢れ出そうになって高尾は首を振った。
「とりあえず今は、教室戻ろうぜ。んで、今度オレにも聞かせてよ」
「ああ」
無愛想な返事だが、緑間の表情はやはりいつもより柔らかい。
(うあ、真ちゃんが、笑った!)
やった、という想いが腹の底から湧き出てくる。外は酷い雨だが、高尾の気分は最高だ。思わず緑間の右手を掴み、ぐいぐいと引っ張った。
嵐が近付いていた。
幼い頃から、緑間は嵐は好きだった。普段は大人しく人間に飼い慣らされている自然が、容赦無く牙を剥いている様に、抑圧され気味だった自己を重ねていたのかもしれない。嵐の日にはよくピアノが弾きたくなった。防音室に篭ってただ無心になって音を打ち込みたい、という衝動に駈られ、乱暴に鍵盤を叩き続けた覚えがある。そういう日に限って明くる日にはピアノの指導者が家にやって来ることになっていて、楽器は大切に扱えと何度となくやんわりと注意をされた。バスケを始めてからもこの悪癖は続き、中学の頃になると授業を抜け出したりもした。旧校舎の音楽室に忍び込み、雨粒と誰にも使われていないピアノを合奏させると不思議と満足したものだった。
そして、高校生になった今。
緑間は衝動を持て余していた。秀徳高校には帝光中学のような都合のいい旧校舎はない。鍵盤の上に指を滑らせたい、という欲求を手元の物語の世界に集中して誤魔化そうにも、野生を取り戻した自然に俄に興奮しているクラスメイトのざわめきが邪魔になって集中するにも集中しきれない。そこに、ざわめきの筆頭である、高尾の能天気な声が投げ掛けられた。
「真ちゃんさぁ、知ってた? 秀徳って暴風警報が出ないと学校休みにならないんだって」
どうせこの教室では本には集中できまい、と判断して緑間が文庫本を閉じると、高尾の目が僅かに輝いた。ただのチームメイトであったはずの高尾と、こうしてどうでもいい内容の会話をするようになったのは最近の事だ。
「帝光も同じだったのだよ」
「マジで? 私立って損だな。……てか真ちゃんって、テレビの前にかじりついて台風情報とか見たことあんの?」
「いや……ないのだよ」
高尾に問われるがままに記憶を遡ってみるが、警報が出ている時は殆どピアノと戯れていた。午前九時五〇分に警報が解除された事もあったが、その時はテレビを見ていた母が緑間を呼びにきてくれた。学校に向かう最中に一緒になった黄瀬が、警報解除の速報が流れた時にどれだけ絶望したのかをひたすらやかましく囀ずっていたのを覚えている。
「やっぱり? じゃあ十時まで何してたんだよ」
「……ピアノを、弾いていた」
ピアノ? 真ちゃんピアノ弾けんの!? とケタケタ笑いだした高尾は、緑間の言葉の一つ一つに音を返してくるピアノのようだ。尤も、高尾が緑間の思った通りの音を出す事はないのだけれど。
嗚呼、やっぱり、ピアノが弾きたい。
声に出してしまうとますます衝動が膨れ上がって、緑間はさも用事を思い出したかの如く堂々と立ち上がった。高尾が慌てて何かを言っているが、一度嵐の音を捕らえてしまった耳にはそれ以外の音など雑音にすぎない。授業始まりのチャイムの音も気にも止めず、緑間は颯爽と突風吹き荒れる廊下へ足を踏み出した。
ホームルームのレクリエーションで一度だけ入った視聴覚室の片隅に、アップライトピアノが置いてあった事を緑間は覚えていた。試しに寄ってみたところ、防音仕様の扉は簡単に緑間を室内に招き入れた。生憎の天気の悪さで採光も望めない室内は薄暗い。室内を見回すとなるほど、盗難されそうなものは一つたりとも置いていなかった。窓際に目当てのアップライトピアノを見つけて、緑間はそっと後ろ手に扉を閉めた。グランドピアノでない事だけが惜しいが、それでも十分理想的な環境だ。
授業を抜け出している自覚は一応あるため、電気はつけなかった。彩度の落ちた赤いタイルを踏んで窓際へ向かった緑間は、宝箱を開けるかように丁寧にピアノの蓋を上げる。それから椅子の高さを調節し、クロスをのけて指を鍵盤の上に滑らせた。つけ直せそうになかったため左手のテーピングはそのままだ。
指慣らしに練習曲を弾きあげると、若干の調律の狂いが気になった。明日にでも簡単に調律しよう、と決めて緑間は顔を上げる。窓の向こうの校庭には海のように大きな水溜まりができていた。嵐だ。うねる風が不穏に窓を揺らすのに口角を上げると、緑間は鍵盤の上で指を軽やかに踊らせはじめた。
ピアノを弾いている間の緑間は無心だ。一心不乱に、思うが儘に頭に浮かぶ音を形にする。重厚な低音のトレモロを鳴らしたあと、右手を滑らせてグリッサンド、それから最後は不穏な不協和音。ピアノの残響が消えていくのと同時に、音の世界に潜り込んだ緑間の意識が浮き上がってくる。普段はこの瞬間にえもしれない高揚感を緑間は覚えるのだが、今日は気分はあまり晴れなかった。ピアノを弾いてもまだ体に残る奇妙な不安感に緑間は顔をしかめる。立ち上がって窓に顔を寄せた緑間は、この不快感の根源はお前だ、とばかりに鈍色の空を睨み付けた。
その瞬間。
分厚い雲の隙間から、眩いまでの光が迸った。蜘蛛の巣のように広がっていく光が、空を粉々に砕いていく。雷だ。意識した瞬間には光は散り、網膜に焼け残った残像だけが今の稲妻が確かに存在したことを示している。そして、空を割らんばかりの轟音。
体が震えた。あの雷と共に、何かが緑間の頭の先から足の裏までを貫いた。呆然とし、すとん、と椅子に腰を下ろした緑間の手がピアノの鍵盤に当たる。さあ今の衝撃を奏でてみろ、と言わんばかりにピアノがポロン、と鳴った。だが、違う。
「たかお」
お前は今の雷を見たか。そしてお前は何を思った?
この問い掛けに答えてくれる、能天気な明るい声が聞こえればそれでよかった。それが一番、聞きたかった。
高尾。高尾和成。
ここで緑間は初めて自覚した。
そうか。俺は、お前と時間を共有したかったのか。
*
あいつを理解できるようになる日は果たして来るのだろうか。高尾は嘆息した。
授業合間の休み時間の終わり際、高尾と話していた緑間が突然教室を出ていった。確かにいつもと比べ妙にいらいらというか、そわそわしていたような気はするが、あの唐突っぷりは冗談抜きで宇宙から謎の電波を受信したに違いない、というのが高尾の考察だ。緑間ならきっと電波だって受信できるに違いない。更にその緑間は次の時間の担当の教師の目の前を堂々と通り過ぎたというのだから、その神経の太さにも毎度驚かされる。思わず笑いたくなった高尾だったが、「あまりにも当然という顔で歩いて行くから声を掛けられなかった、お前何か聞いてないか?」と教師に真面目な顔で無茶振りされたら真顔になるしかなかった。バスケ部の一年エース様の、そろそろ存在を疑いたくなる名誉を守る為にも、腹下したらしいんで保健室行ったみたいです、と白々しいサボりの常套句を告げるとそれで教師は納得したらしい。出席簿に印をつけると授業を始めた。それにしても腹を下しトイレで呻いている緑間(仮)。一度は見てみたいものである。彼はまだ、そういう弱ったところを高尾には見せようとしない。
結局緑間は授業中に戻ってくる事は無く、もしかして本当にどこかで野垂れ死にかけているのではないかと冗談半分で不安になってきた高尾は休み時間の間に緑間を捜索することにした。授業終了後、教師が教室を出ていったのを確認して持ち込み禁止(という校則があるが誰も守っていない)の携帯で手早く緑間にメールを送る。おそらく緑間は気付かないだろうが、気休めだ。緑間が歩いていった方向の角に到着した高尾はそこで先ほどの休み時間の緑間の様子を反芻した。
適当に振った雑談に本を閉じ、それに答える。テレビにかじりついて警報継続を願う緑間が想像できなくて尋ねてみると、少し何かを考えながらその通りだと告げた。それから続く、ピアノを弾いていたという発言。あの緑間にピアノという取り合わせがあまりにもしっくり来て笑っていたら、そう、緑間は突然立ち上がって消えたのだ。緑間の電波受信シーンは笑っていてよく思い出せないが、前後の会話で手掛かりになりそうなものは。
「ピアノ、か……?」
そういえば何となく弾きたそうにしていた気もする。そうなると音楽室か。授業をフケて、隣の準備室に教師が常駐している音楽室を果たして使うのか。高尾だったらまず近寄らないが、実際にサボっているのは緑間だ。行くだけ行くか、と目的地を定めたところで高尾の携帯が震えた。弾かれたように確認する。
ーー視聴覚室にいる。
なんでだよ、と思わず叫んで高尾は視聴覚室に向かった。さっさと迎えに来いと、書いてある気がしてならなかったのだ。
真ちゃん、と名前を呼びながら高尾は視聴覚室の重い扉を開けた。電気のついていない、廊下と同じかそれよりもひどい薄暗い部屋の中で、ぽつんと緑間がひとりで座っている。ぼう、と後ろを向いて窓を眺めていたらしい緑間が、ゆるりと高尾の方を振り向いた。ばちん、と目が合う。初めて、緑間の深緑が高尾のオレンジを捉えた。
「遅いのだよ、高尾」
そう、いつもと変わらない偉そうな台詞を言い放った緑間だったが、その視線は高尾が見たことがないほどの、とびきりの柔らかさを持っていた。緑間に一体どういう心境の変化が起こったのかは高尾には皆目分からなかったが、今まで惜しみ無くフルスロットルで注ぎまくっていた好意を緑間はちゃんと受け取っていて、そしてそれを高尾に返そうとしている緑間に、思わず高尾は泣きたくなった。が、実際に泣かれても緑間は困惑するだけだろうと高尾は目尻を微かに赤く染める程度に留める。
「悪ぃ。けど何も言わずに教室出ていったの真ちゃんだからな。どうしたんだよ?」
「ピアノが、弾きたくなったのだよ」
緑間が優しく鍵盤を撫でる。その様子に、高尾の目には一つの光景が思い浮かんだ。この暗い部屋で、たったひとりで、緑間が延々とピアノを弾いているシーン。その光景の、なんと寂しいことか。どうして自分はそれを聞いてやれなかったのだろう、と後悔が溢れ出そうになって高尾は首を振った。
「とりあえず今は、教室戻ろうぜ。んで、今度オレにも聞かせてよ」
「ああ」
無愛想な返事だが、緑間の表情はやはりいつもより柔らかい。
(うあ、真ちゃんが、笑った!)
やった、という想いが腹の底から湧き出てくる。外は酷い雨だが、高尾の気分は最高だ。思わず緑間の右手を掴み、ぐいぐいと引っ張った。
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天樹 紫苑
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