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小説置き場。
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タイトル
ホルン吹き緑間くんのとある夏の話
キャプション
■「こんなの、音楽じゃない……!」吹奏楽コンクール全国大会の後、黒子はひっそりと帝光中学吹奏楽部を退部した。あれから二年。帝光中の五人の天才的演奏者“キセキの世代”を擁する全国各地の高校が、吹奏楽コンクールで激突するーー! 
■という前提があるようなないような感じの、吹奏楽パロです。ホルン吹き緑間が書きたかっただけです。でもあんまり吹いてません。都合により高尾くんはアルトサックス担当。そして相変わらずのチャリア友情仕様。 
■多分中学時代に、帝光中と高尾の中学で自由曲が被って、高尾がコンクールで吹いた(アルトサックスの)ソロをあろうことに帝光中は緑間(ホルン)に吹かせたとかそんな過去があったんじゃないですかね。 
■作中のコンクール自由曲の『宇宙の音楽』はこんな曲ですつ【 http://www.youtube.com/watch?v=KkWfS5p7mWU&sns=tw 】冒頭のソロだけでもどうぞ。長い曲なのでコンクールでは当然適宜カットしてます。 
■そういえばおじゃんぷ様で吹奏楽漫画始まったらしいですね! 音楽を音以外のものでどう表現するのか、興味津々です。

タグ
黒子のバスケ 吹奏楽パロ パラレル チャリアカー組 緑間真太郎/高尾和成



 規則的に揺れるメトロノームに合わせて十六拍、Cの音を伸ばしきる。基礎練習のうちの一つ、ロングトーンだ。この練習では十六拍伸ばしきった後は四拍の休憩が挟まり、この休憩の四拍目に次のロングトーンに向けて一気に息を吸い込む。横隔膜を押し下げた腹式呼吸でたっぷりと肺にため込んだ空気を、メトロノームに合わせ、最後のBに向けて均等に押し出していく。吹きながら絶えず自分の音に耳を傾け、音色、音量、音程の揺らぎ無く、真っ直ぐに息を楽器に吹き込めているかを確認することも忘れてはいけない。
 最後の一拍まで丁寧に音を出しきった後、マウスピースから口を離すと、ぽたり、と汗が滴った。ふっと集中が途切れると途端に周囲は熱気に包まれ、蝉の鳴き声のシャワーが降り注いでくる。植え込みの隣のプールからは水泳部が立てる涼しげな水音と、甲高いホイッスルの音色が聞こえてきた。辺りを見回すと、練習前には広かった日陰も、随分と日光に侵食されて狭くなってしまっている。ジリジリと焼けたアスファルトからは、まるで陽炎が立ち上ぼりそうだ。
 いつの間にか直射日光に晒されて熱を持ったメトロノームを高尾が止めると、ホルンを抱え持った先輩に呼び止められた。
「高尾ー! 緑間見かけたら、そろそろパー練するからおいでって伝えといてー!」
「わかりましたー! 場所はどこですかー?」
「ゴミ置き場の前ー! よろしくー!」
 言い残すと、サバサバとしたホルンパートの先輩はくるりと背を向けてゴミ置き場の方へ歩いていく。もうパート練習の時間らしい。自分も移動する為に譜面台とメトロノームを持つと、高尾はじっと耳を澄ませた。焼け付くような蝉の声の向こうに、高尾が愛してやまない音色が聞こえる。自然と口角がつり上がる。
「真ちゃん、今日はどこにいるかな」

 高尾和成は緑間真太郎が好きだ。正確には彼の直向きに努力を重ねる姿勢と、彼のホルンが奏でる音色が好きだ。
 遠くから聞こえる音につられてふらふらと高尾が歩き回ると、緑間は体育館脇で個人練習をしていた。カチ、カチ、と少し早いテンポのメトロノームに合わせて、八分音符の滑らかなリップスラーを刻んでいる。パイプ椅子に浅く腰掛け、背筋を伸ばして銀色のホルンを構えた緑間は、じっとりとうなじに汗をかいていた。後ろから近付くと、生白い彼の手が差し込まれたベルから音が直接高尾の元へ飛んでくる。ざり、と高尾が足音を立てると、前屈みになってメトロノームを止めた緑間が振り返った。
「何の用だ、高尾」
「先輩から伝言。もうすぐパー練するってさ」
「もうそんな時間か」
 言いながら、緑間はホルンの管を抜いては溜まった水を地面に捨てていく。最後にホルンを二周、回転させるとベルからも水が滴り落ちていった。緑間が柔らかいタオルでそれを拭う。
「チューニング、やった?」
「いや、まだだ」
「それじゃあ高尾ちゃんがみて進ぜよう」
「いらん」
 緑間が細い指でチューナーの電源をつける。
「あ、今日のチューニングは444だって」
「高いな」
「今日、あっついからねぇ」
 高尾は中でバスケットボール部が練習している体育館を見上げた。体育館によって太陽が隠されている筈の空は、それでも眩しい。
「オーボエの子がこれ以上下がりません、って泣きついてきたみたい」
 手早くチューナーを操作した緑間がチューナーでBの音を鳴らす。機械音に重ねるように緑間がBの音を吹くと、何度か管を抜き差しして緑間はチューニングを終わらせていた。
「真ちゃん、オレのも合わせて?」
「……仕方のないやつだ。吹いてみろ」
 じっと、緑間の新緑の瞳が見つめる中、高尾はサックスを構える。促されるままにB、F、C、A、B、と吹いていくと緑間の眉根が寄せられていった。緑間は耳がいい。チューナーを使わずとも、音程の高低を判定できる。
「Cが低くてAが高い。ついでに言うと最後のBは低い。お前は前の音につられすぎだ」
「うぇー、マジで? もっかい!」
 高尾が何度か吹くと、ようやく緑間の合格が得られた。最後に二人で合わせて、チューニングを終える。楽器から口を離した緑間が、呆れた様に言った。
「……本当に、合わせると気持ち悪いくらいにピッチが合うな、お前は」
「だって真ちゃんと吹いてるんだよ?」
「意味が分からん」
 緑間が立ち上がって荷物をまとめる。真夏の生温い風が二人の間を駆け抜けた。風に捲りあげられた高尾の譜面が、今日の合奏曲を開いて止まる。コンクールの演奏曲のうちの一つのマーチだ。
「真ちゃん。……もうすぐ、コンクールだねぇ」
「ああ、そうだな」
 秀徳高校は昨年度は東京大会で金賞は取ったものの、全国大会への切符を逃している。
 暑くて暑くて仕方がない夏は、案外あっさりと終わる事を二人はは知っていた。

  *

 コンサートホールの舞台の上に登ると、まるで物語の中心になったかのような錯覚を感じる。煌々と照らされた舞台からは、照明の落とされた客席の様子はあまり見えないのだ。
 一曲目のマーチの余韻がホールの空間に吸い込まれ、指揮者が指揮棒を下ろした。一拍置いて、演奏者の移動が静かに行われる。
 全員の用意が整った事を確かめて、指揮がパーカッションに合図を出した。ウインドメーカーが生み出す、物寂しい空気が擦れる音の中、一人、緑間が息を吸う。それが、これからの自由曲の始まりだ。
 "Music Of The Spheres" 邦題『宇宙の音楽』。それが“キセキの世代”のホルン奏者を抱えた秀徳高校が、コンクールの自由曲に選択した曲だ。作曲者はP.スパーク。金管バンド向けに作曲された後、自身の手によって吹奏楽用に編曲されたこの曲は、宇宙の始まり、ビッグバンのまさにその瞬間の虚無を表現するホルンソロから始まっている。合奏の度に幾度も聞き、そしてそれ以上に緑間が練習を積み重ねてきた、緑間なりのt=0の瞬間だ。このソロの間は他のパートの演奏は無く、真っ暗なホール全体に緑間のホルンの音色だけが広がっていく。

 聴衆は、審査員は、この音が聞こえているだろうか。
 『全ての物が存在しない状態を音楽によって表現する』という矛盾に対する、緑間の結論が届いているだろうか。

  *

 冬の話だ。来年のゴールデンウィークに開催する定期演奏会、ひいてはその先のコンクールに向けて練習を進めている頃。二学期の期末テストを目前に控えた秀徳高校は、部活動自粛期間に入っていた。自主練習までが制限されるわけではないが、秀徳高校は進学校でもある。大抵の生徒は自主練習をしたところで、基礎練習をすこしやって帰る、くらいだ。
 高尾が数学の質問を終えて職員室を辞すと、外はすっかり暗くなっていた。普段は騒がしく残っている部活動を終えた生徒がいなくなると、途端に夜の学校はよそよそしくなる。急かされるように高尾が正門へ向かっていると、吹奏楽部の練習場所である講堂から細く灯りが漏れている事に気が付いた。消し忘れか。正門からホールへと目的地を変え、高尾は講堂の扉を静かに開けた。

 かち、かち、と講堂の中央で合奏用の大きなメトロノームが鳴っている。天井の高さから、下手に暖房を入れられない中は、日の当たっていなかった分外よりも冷え込んでいた。壁にかけられた歴代の校長の肖像画を流しながら薄暗い室内を高尾が見回すと、講堂の最後方にぽつん、と緑間が立っている。
「真ちゃん、まだ残ってたんだ」
 扉から顔を覗かせている高尾には見向きもせずに、緑間が銀色のホルンを構える。ほんの僅かだけ肩が上下し、堂々と奏でられるのは、つい先日配布されたばかりのコンクール自由曲候補の曲の冒頭だ。吹き始めてまもなく、緑間の視線が高尾を捕らえ、すぐに離れていく。途切れることなく演奏は続き、講堂全体を鳴らす高音のクレッシェンドの後、最後まで気の張ったデクレシェンドによって静かにフレーズが吹き終わった。相変わらずの、聞き手を圧倒させる演奏力だ。ぼう、と放心している高尾を緑間が低く呼ぶ。
「外に音が漏れるのだよ。さっさと閉めろ」
「っ、ごめんっ!」
 慌てて高尾が講堂に体を滑り込ませ、水抜きをしている緑間の右後ろの椅子を陣取る。
「絶対認識されてないわ、って思ってたのによく気付いたな、オレがいるって」
「扉が開いていたせいでさっきまでと音の響きが違っていたのだよ」
 へぇ、と高尾が相槌を打つ。その些細な違いに気付くのは、同じフレーズを繰り返し同じ環境で演奏していたからなのだろう。
「やっぱりお前いい演奏するよな。オレお前の音好きだわ、って改めて思った。聞き惚れる」
「馬鹿め。さっきのはまだ譜読みの段階だ、解釈も何もないのだよ」
 緑間がケースからクロスを取り出し、普段より僅かに乱暴に閉じる。息が凍るほどの寒さの中、緑間の首筋がうっすらと赤くなっていることを見逃す高尾ではない。
「あ、真ちゃん今照れたでしょ」
「照れてないのだよ!」
「首、赤くなってるよ?」
「うるさい!」
 高尾を振り向いて文句を言った緑間が、目に付いた高尾のマフラーを奪い取ってぐるぐると自分に巻きだして高尾は大笑いしてしまった。機嫌を悪くした緑間がむっつりとホルンを磨いている間中ずっと腹筋をひきつらせていた高尾は、緑間が楽器をしまい終えた頃に漸く笑うのをやめた。
「んじゃ、お前が思う最高の演奏をいつか聞かせてくれよな。楽しみにしてる」
「そんな暇があるのならお前も練習するのだよ」
「そりゃもちろん」

  *

 ホルンソロの終盤、宇宙の誕生に向けて虚無の中に広がる緊張。ソロの中の最高音をクレッシェンドで緑間が奏できったのを確認して、高尾は自分のサックスのマウスピースに口を付けた。緊張は、ない。本番特有の、自分が世界で一番の演奏者になったかのような高揚感を感じた。
 ふっと、本番前、最後に舞台袖で交わした会話が高尾の脳裏をよぎる。直前の学校の演奏を聞きながら、何の揺らぎもなく、いっそ淡々と緑間は言った。

『練習の通り、人事を尽くすだけなのだよ』

 メトロノームの様にリズムを刻み、ハーモニーディレクターの様に譜面に正確な音程を奏でる緑間が、この旋律に相応しい情緒を表現するためにどれだけの練習を重ねてきたのか、高尾は知っている。
 そうだな、緑間。お前は人事を尽くした。後はオレたちもそれに応えるだけだ。


 暑い夏が終わりを告げるまで、あと。

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