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授業中書いたりしてごめんなさい。
ほら、はじめの方がダイパのあれとそれのように思えるじゃないですか!
……とか言ってオリ地方に流用しそうな気もするんだが(汗
遙か遙か昔のこと。
時空の隙間から二つの存在が現れた。
一つは時間を操ることができるといい、
一つは空間を操ることができるといった。
人間はそれらを神と呼び、その力を畏れた。
二つの神は敵対しており、
一つは時間の狭間に
一つは空間の狭間に
それぞれ分かれて暮らしていた。
ある時、一人の人間は時間の神に願った。
――神よ、その『時間を操る力』をどうか我々の為に…
ある時、一人の人間は空間の神に願った。
――神よ、その『空間を操る力』をどうか我々の為に…
神は人間にその力を貸した。
神の力を得た人間達は、二つの民族に分かれた。
一つは『時の民』。
一つは『空(うつろ)の民』。
こうして分かれた二つの民族は、長い間、対立を繰り返しながら存在していたという――
* * * * *
あてがわれた部屋の中で、陸灯は緊張していた。この部屋には精神統一の為に、と必要最低限の物しか置かれていなかったが、それがかえって落ち着かない。無駄に高い天井も、寒々しい岩壁も、そこで揺らめく炎の影も、全てが陸灯を不安にさせた。
――神子になるというのに、こんなことで不安になっていたらいけないわ。
陸灯はそう自分に言い聞かせ、この薄暗い部屋の中で、変に浮いている自分の極彩色の服を見やった。この世の贅をあるだけ詰め込んだような派手な服は、『神子』の着る衣だ。
――まさか私がこれを着ることになるなんて。
先代の神子はまだ三年目だった。先代は陸灯と同年代で、陸灯は先代が決まったときから、もう自分が神子になることはないと思っていた。そもそも陸灯は他の神子候補に比べて出来が悪かったのだ。
それなのに選ばれた理由――それは神子が三年で亡くなってしまったために次代の神子候補を育てていなかったということと、陸灯のように先代の神子候補だった人間は、陸灯以外は全員『神子は純潔でなければならない』という掟に当てはまらなくなってしまっていたということだった。確かに先代の神子候補は陸灯が最年少の十三歳で、先代がその次に若くて十八歳。他の者達は更に年上だったくらいだ。仕方が無いといえばそうである。
陸灯に神子としてのあり方を教えてくれた祖母は、陸灯が神子になると聞いてそれはそれは喜んでくれていた。でも陸灯は不安で仕方が無い。
――私なんかに、神子なんて務まるのかな。
一度浮かんだ疑念は消える事無く陸灯の中で燻っており、ちょっとした心の隙をついて意識の表層に出てくる。その度に陸灯は不安に押しつぶされそうになった。膝をぎゅっと抱えて、目も思いっきり瞑る。まるで、何も見たくないかというかのように。
そうしてどれほどの時間が経ったのだろうか。陸灯は遠くから足音が反響してくるのが聞こえた。迎えだ。
陸灯は顔を上げ、立ち上がって服の乱れを正した。深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
――これは私の仕事だもの。やらないと。
静かに頷いた陸灯は、足音の方へ向き直った。しばらくして、闇の中からぼおっと人影が浮かび上がる。それは陸灯のすぐ手前までくると、感情を感じさせない声で言った。
「神子様。こちらへどうぞ」
豪勢な陸灯の衣とは対照的に、案内人は周囲に溶け込みそうな主張の少ない、濃い灰色の布をすっぽりと被っているような格好だった。頭にも布を被っているので、顔は影に隠れて窺えない。ふっと目を離してしまえばいなくなってしまうな存在感の薄さの中、足音だけははっきりとそこに人がいることを主張していた。
陸灯は案内人の後ろをついて岩壁に囲まれた通路を進んだ。ここも先ほどの部屋と同じく、天井がやたらと高い。道幅は狭く、人がギリギリ二人並べるくらいだった。
一歩進むごとに陸灯は自分が神子に近付いているのだと感じた。神子になるということは、『神の子』、つまり神族の一員になるということで、それは今まで自分を育ててくれた家族たちとも縁を断たねばならないということだ。そして一日の殆どを一人で過ごし、誰かと言葉を交わすことも殆どなくなるのだろう。神子になると決まったときから覚悟はしていたつもりだったが、いざ、というとこのままこの場から逃げ出してしまいたい衝動にも駆られる。
ついつい思案に暮れてしまった陸灯の前で案内人が足を止めた。危うく背中にぶつかりそうになってようやく陸灯はそのことに気がついた。
案内人が立ち止まっている場所から奥は、今までの迫ってくるような岩壁の道とは随分と幅が違っていた。陸灯が両手を伸ばしても軽々と通れるような広さだった。だが、未だにその道の先に何があるのかは分からない。ただひたすらに闇が陸灯を待っているだけだった。
「案内はここまでです」
案内人の空虚な声ががらんとした空洞内に響いた。案内人は二つ持っていた篝火のうちの一つを陸灯に渡すと、まっすぐに進んでください、と酷く曖昧な言葉を残して来た道を歩き去っていった。
唐突に陸灯は、もう『人間』としての『陸灯』という存在はいなくなってしまったのだと思った。案内人が人間の陸灯を連れ去って、『神子』である『陸灯』だけがここにいいるような気がした。だから、案内人の足音が完全に聞こえなくなるまで陸灯は黙って立っていた。陸灯が手にした篝火が静かにパチパチと燃えていた。
* * * * *
鬱蒼と生い茂る木々の中、彼はむき出しの岩壁を前にしてただただ立ち尽くしていた。これから来る人を待っていたのだ。
そんな彼に一人の少年が声をかけた。
「いよう、神羅。久しぶりだな」
「…何を言う。ついこの間会ったばかりであろうが」
「それって一月前の話だろ?俺からすれば充分久しいし?」
やたらと親しげに話しかけた少年は、神羅と呼びかけた彼の正面の岩壁に体重を預ける。
「こうも頻繁にすまないな」
「なぁに、仕方ないさ。で、今回はどんなやつだ?」
「先代よりかは年若い娘だな。詳しいことは私にもわからん」
「そっか。今回は上手くいくといいなぁ」
しみじみと少年が言った言葉に、神羅が沈黙する。
明らかに落ち込んでいるのを見て取って、慌てて少年は付け足した。
「あ、いや、責めてるとかそんなんじゃないって。先代の件については全面的に悪いのは神威だし」
「…先代には申し訳ないことをした」
「お前が気に病む必要なんざ無いんだって。な? そんなに凹んでたら新たな出会いも楽しくないぞ?」
「だが、今代も…」
神羅が俯く。
その様子を見て少年は「どうすっかなぁ」と思いながら頭をかいていたが、はっと思い出したように空を見上げた。
鮮やかな緑の葉が光を遮っているせいで分かりにくいが、太陽が岩壁の影に隠れようとしている。
「ああっ、時間だ。俺が迎えに行くから、戻ってくるまでにはその顔色元に戻しとけよ!」
「…善処する」
「絶対だぞ!」
そう少年は念を押して、岩壁の隙間から中に入っていった。
騒がしい少年に神羅は苦笑して、ようやく彼の顔に柔らかさが戻った。そのことに気付いた神羅が、今度は本当の笑みを浮かべた。
* * * * *
――まっすぐに進んでください。
そう言って案内人が消え去ったあと、陸灯は言われたとおりにひたすらまっすぐに進んだ。岩壁の道はだんだんと広くなり、ついには灯りでも照らしきれなくなった。それでも陸灯は前にだけ進んだ。これは神子に与えられる初めの試練なのだ。ここでふらふらと脇にそれたり、後を振り返るようではいけない。神子に必要なのは強き意志。何かに惑わされてはいけないのだ。
まっすぐに、まっすぐに。陸灯はそればかりを頭の中で唱えて歩いた。もしかしたらまっすぐに歩いているつもりでももう曲がってしまっているのかもしれない。そうだったら、この終わりの無い空間を死ぬまで彷徨い続けなければならないのだろう。そう思うと、陸灯は振り返ってはじめの場所に帰りたい衝動に駆られた。だが、この方向の無い空間でそんなことをしても帰ることはできない。もう随分と歩いた。今更振り返ったところで、本当に真っ直ぐ自分の来た道を戻れるとは限らない。間違えてしまえばもう、二度とここから出られないのだ。
ふと、先代の神子はずっとここを彷徨って、神子としての務めを果たせなかったのではないかという疑念が陸灯のなかに湧いてきた。先代だけではなくともそういう神子はいなかったのだろうか。ここで人知れずに亡くなった、陸灯の偉大な先人達が。
そんなことを考えていると丁度、陸灯の足が何かを蹴った。カツン、と久しぶりに足音以外の音が聞こえたが、反響はない。普段ならば小石か何かだろう、と思って通り過ぎるところだ。だが今の陸灯は違った。もっと恐ろしい、目にはしたくないものを想像して陸灯の背筋に恐怖が駆け巡った。無意識の内に足を止める。今まで継続的に聞こえてきた足音すらも止まって、聞こえる音は右手に持った灯りが燃える音だけになった。
――大丈夫、ただの石ころよ。私はそれを確認するだけ。他の意味なんて、ないわ。
そう自分に言い聞かせて陸灯は右手を蹴飛ばしてしまった何かの方へ向ける。軽く蹴っただけだというのに、灯りを近くまで寄せなければそれが見えなくなるくらいに篝火が弱くなっていることに陸灯は気付かなかった。弱々しい光が暗い地面を照らし出す。炎の色で少し赤っぽく染まった灰色の地の上に、白い物が転がっている。きっと蹴ったのはこれだ。よく見ようと灯りを近づけると、炎に照らされた範囲の端にもっと大きいものを見つけた。そちらに灯りを近付ける。そして、灯りを、落とした。
「今の何!?」
思わず叫び声のような声が漏れる。口に出したのは疑問系だったが、実際は確信を持っていた。あれは、見てしまったあれは、頭蓋骨だ。
驚きはしたが、この無機質な空間においてはよく馴染む光景だった。完全に白骨化していたのが幸いだったのかもしれない。もしも陸灯が見つけたのが腐りかけの死体などだったとしたら、立ち直れなかっただろう。勿論、影が炎によって揺らめく様や窪んで虚空を映す眼窩など、不気味なものではあったが。
陸灯はこうはなるまい、と内心で誓いつつも、死者に対する最低限の礼儀として略式の祈りを捧げた。するとしばらくの間無心になっていたせいか、この空間に入ったときの不安感や恐怖感というものは綺麗に消え去っていた。改めてこの死者に礼を言い、先に進もうとして陸灯は気付いた。
――私灯りを落としちゃったんじゃなかったっけ?
地面で明々と燃えていた灯りは、手にしていた部分まで炎がまわってしまい持つことは叶いそうになかった。仕方が無い、と諦めて陸灯は何も持たずに歩き出す。これまでの道程に灯りが必要な所はなかった。きっとこれからもそうなのだろう。灯りがなくとも、まっすぐに歩くことはできるはずだ。
陸灯にはもう考えることがなかった。無心になって歩いていくうちに炎から離れて段々視界が暗くなる。そして炎が燃え尽きたからか、それとももう十分に炎から離れたからか、陸灯は何も見えない暗闇の中にいた。目を開けている必要を感じられなくて瞼を閉じる。もう、恐怖感は感じない。
目を瞑ってからどれだけ歩いたのだろう。突然、陸灯は光を感じた。やっと出口が見えたどころの明るさではない。急に外に飛び出したような感覚。瞼を上げると久しぶりの太陽の光が陸灯の目を灼いた。咄嗟に右手を額の上に翳す。出られた。陸灯の中にその喜びが湧きあがってくる。これで神子に、なれる。
「あっはははは!」
陸灯の喜びを反映したかのような明るい笑い声が響いた。陸灯のものではない声だ。若い男のような声。陸灯は自分が笑われているのだと感じて、喜びが急速に冷めていくのを感じた。
「誰? どこにいるの?」
姿の見えない声に問いかける。するとトン、と何かが地面の上に降りる音がして、陸灯はようやく慣れてきた目をそちらへ向けた。立っていたのは陸灯と年の近そうな少年だ。よく言えば人好きのする、悪く言えば軽薄な笑みを浮かべている。
「悪い悪い。そういえばそっちの神子は一週間くらい洞窟のなかに閉じ込められるんだったっけ。そりゃあ一週間ぶりのお天道様なら眩しくてしゃあないよなぁ」
「私はあなたは誰と聞いてるのだけど」
あの空間より向こうはもう神域だ。中に入れるのは時神・神羅とその僕である神子のみ。どうしてこんな怪しい人がいるのだろう、と陸灯は不思議に思った。自然と、視線がきつくなる。
おお怖、と少年が肩をすくめた。
「俺はおうみ。桜の海と書いて桜海(おうみ)さ。こっちでは新米神子さんの案内役とか、暇つぶしの話し相手なんかをしてる」
「案内役?」
「そ。ここから先に住んでる人間ってのは俺とお前だけなの。数少ない人間同士、仲良くしようぜ?」
「……」
なんか、苦手だ。この軽薄な感じがどうも生理的に受け付けない。
「だんまりか。こりゃ手厳しい。それで、新米神子のお嬢さん」
桜海はまた軽い笑みを浮かべて陸灯に聞いた。
「あなたの、お名前は?」