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小説置き場。
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 泣いてるクリス
 困るゴールド
 慰めるシルバー


 あともう少し。あと三匹なのに。それがどうしても見つからない。
 ポケモン図鑑の完成。それが今のわたしの仕事で、わたしはプロなのに。博士は急がなくていい、と言ってくれたけれど、でも普段ならもう見つけて、捕まえいる頃。それが、できていない。できていないのだ。プロに、そんなことが許されてはいけないのに。
 煮詰まってしまったわたしが、息抜きに訪れた自然公園で見覚えのある人影を見つけたのは本当に偶然だった。久しぶりに会って、話をすれば。あちこちを転々としている二人の話を聞けば少しは気分転換になるだろうし、ひょっとしたら何か知ってるかもしれない。
 そう思って、ゴールドとシルバーのところにわたしは向かった。

  *

 ゴールドとシルバーは、まぁ、いつも通りだった。
「どうしてあなた達は、いつも喧嘩しかできないの!?」
  あの戦いの後で、こうやって三人が揃う事は滅多にないのに。わたしは二人に会えて嬉しいのに、二人は会えない方がよかったの? 嬉しいって思ってるのは、 わたしだけ? いらいらしてしまうのはわたしの勝手な八つ当たりなのは分かってるけれど、でも、二人には笑っていてほしい。
「お、おい、」
「クリス……?」
 喧嘩の仲裁をすると二人がこっちを向くのはいつものこと。でも焦ったように駆け寄ってくるのはどうしてだろう。
「な、泣くこたぁないだろ?」
 ゴールドが変なことを言う。シルバーが白いハンカチを差し出した。なぜか、視界が滲む。あれ、わたし、泣いているの……? わたしが泣いたせいで二人が困ってる。迷惑を、かけたいわけじゃあないのに。
「ごめ、ん、」
 泣いていると気付いてしまうともう涙は止まらなくなった。二人に気を使わせている自分が嫌だ。会えて嬉しい、だなんて思っちゃいけなかった。会わない方がよかったんだ。だってそうすれば、二人に迷惑をかけることもなかった。
「まず座って落ち着こう、クリス」
 わたしの考えを遮るように、シルバーが言う。その静かな声に、わたしは頷いた。

  *

「で、なんで泣いてるんだよオメーは」
 公園の中央の噴水が見えるように設置されたベンチにクリスは座っている。その隣でシルバーが、おずおずとあやすようにクリスの背を撫でている。
  いつものクリスだと、おれとシルバーがちょっと口喧嘩(つっても言葉遊びのようなモンだが)してるくらいで泣いたりはしない。勝手に仲裁に入ってきて、そ れから仕方がないな、って笑う。それがおれ達にとっての『当たり前』で、クリスが適当に止めに入ってくると分かってるからおれも遠慮なくシルバーに軽口を 叩くし手だって出す。あいつだって同じはずだ。だからそう、泣かれるとひじょーに調子が狂うわけで、なぁ、マジ、どうすればいい……?
 クリスはただ泣くだけ。女に泣かれるのは苦手だ。いつだっておれが悪いって事になるから。おれにどうしろって言うんだよ。おれだって泣いてほしくなんかないのに。
「なぁ、言ってくんなきゃわかんねーだろ!?」
 びくん、とクリスの肩が震える。あ、余計泣かした、と思ったその瞬間シルバーがキッ、とおれを睨み、更に次の瞬間すねに強烈な一撃。生理的な涙がこみ上げつつも何すんだ、と言おうと息を吸い込むが、おれが大声を出すよりもシルバーが小声でおれを制する方が早かった。
「大声を出すな。お前まで感情的になってどうする」
「じゃあどうしろっていうんだよ」
 シルバーが小さく溜め息をつく。
「お前がまるで役にたたないことはよく分かった」
 言いながらシルバーがポケットから何かを取り出し、おれに放り投げる。小銭入れだ。
「そいつで冷たい飲み物でも買ってこい」
 くいくい、と指さすのは入口ゲート周辺にあった自動販売機だ。
「はぁ? 何で?」
「目を冷やすためだ」
 あー、なるほど。と素直に納得する。しっかし、なんでこいつ、こんなに慣れてるんだ……?

  *

 永遠に泣き続ける事などできないのだから、放っておけばそのうち泣きやむ。それと、泣いてる時に無理に喋らせると碌な事がない。
 口下手な自分にできる事は隣にいることだけだと、まだ十数年しか生きていないシルバーは知っていた。三つしかかわらない姉とずっと二人で生きてきたから。
「迷惑、かけっ、て、ごめっ、ね……」
「迷惑だなんて思ってない。気が済むまで泣いていろ。それまで、ここにいるから」
 クリスがこくん、と頷く。それでも声を殺して泣くところが彼女らしいと思った。
  それにしても、一体クリスはどうしたのだろうか。オレとゴールドが口論しているだけで泣くようなことは、今までに一度もなかった。むしろ仲裁に入ってから 少し笑うほどで、だからオレとゴールドは敢えて言い合いをしている節がある。それがオレ達の、一番しっくりくる状態だから。つまりクリスが泣いた原因は、 直接的にはオレとゴールドの口論では無いはずで……とりあえず、泣きやんで早く元気になってくれればいい。理由なんて、知っても知らなくてもいいから。
 入口の方に目をやると、飲み物を買いに行かせたゴールドはようやく自動販売機に着いたらしい。そういえば、これだけは言っておかないと。
「ゴールドは、お前に早く笑ってほしいだけだ」
 ただどうすればいいか分からなくて困惑して、何も出来ない自分に苛立って。ゴールドは感情が顔に出るからわかりやすい。わかってる、と言わんばかりにクリスが頷く。
「シ、ルバー、は?」
 目と鼻を真っ赤にしたクリスがオレを見上げる。それでも、会話ができるくらいには落ち着いてきたようだった。
「オレも、泣き顔より笑ってる顔の方がいい」
「そっ、か」
 クリスが鼻をすする。同じだね、とクリスは呟いた。

  *

  ほらよ、とゴールドがわたしに差し出したのは、ミックスオレ。それからシルバーにはおいしい水と小銭入れを投げ渡して、自分ではサイコソーダの蓋を開け た。シルバーがくい、と顎をしゃくって、ゴールドがシルバーとは反対側のわたしの隣に座る。自然公園の小さいベンチは三人で満員になって、それがなんだか おかしくってわたしは少し笑った。
「やっと笑ったな、クリス」
 そう言ったゴールドは明らかにホッとした顔をしていて、心配かけてしまったなぁと申し訳なくなる。
「うん、もう大丈夫。ありがとう、ゴールド、シルバー」
 隣に座ってくれた二人に笑いかける。ゴールドがにっこり笑った。
「いーって事よ!」
 シルバーも少し口角を緩めて頷く。それからモンスターボールを二つベンチに置いて立ち上がった。
「クリスはそれで、目を冷やしておいた方がいい。明日になったら腫れる」
 その会話はさっき聞こえていた。そうする、と返事をするとゴールドもモンスターボールを置いて立ち上がった。数は、やっぱり二つ。
「お、シルバーやりますか?」
「ああ」
 調子よく言ったゴールドに、シルバーが不適に笑う。何の事だろう。
「やるって、何を?」
「ダブルバトル、と言うらしい」
「おれ、こないだまでホウエンに行ってたんだけどよー、あっちでは結構主流なルールだったんだ。二匹同時に繰り出してバトルすんの。面白そーじゃん?」
「ポケモンの数は4対4が基本らしい」
「つーことでクリス、休憩がてら審判よろしく!」
 喋りながらもバトルできるくらいの距離をとった金と銀が、わたしを見る。もう、勝手なんだから。

 バトルの初めのコールは、どんなのだったかな。



(20111224)

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