忍者ブログ
小説置き場。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 状況を整理しよう。
 時間が巻き戻っている、という現象が観測される事は珍しい事ではあるが、全くありえない事ではない。同じ時を繰り返す閉ざされた空間や、時の流れが逆行している空間の存在は確認されている。その空間の時を支配する精霊によって、時の流れは様々なものなのだ。だから、一昨日が三日も来ている事自体はさほど問題ではない。問題なのは、
(どうして僕だけが異常を感じている?)
 ジィーリィはパンにバターを塗る手を止めた。空間の時が巻き戻っているのなら、その空間の中にいるジィーリィも同様に巻き戻って、何の違和感もない一昨日を今日も過ごしているはずなのだ。ジィーリィは確かに魔法が効かない体質と言えども、時の流れ方は言わばその空間の『設定』だ。そもそも魔法は『水は上から下へ流れる』といった世界の設定に逆らう事を指す。つまり繰り返す時の流れから取り残されるという事は、時の流れ方に逆らうも同義で、魔法が効かないはずのジィーリィに魔法が効いているという矛盾した結論を導いてしまうのだ。
 どうしたものか、と小さなクロワッサンが一つ乗っかった皿をジィーリィが見つめていると、ロットの手がその皿にまで伸びてくる。ジィーリィはほぼ反射的にその手を叩いた。
「行儀が悪い」
「ちぇー。いいじゃんかよ」
 恨めしくジィーリィを睨んでくるロットの皿は空っぽだ。旺盛な食欲には少し物足りなかったらしい。
「ちょっとくらいお腹が空いている方が、買い食いは楽しいんじゃないの?」
「それもそっか、んじゃあお前が食い終わったら早速でるぞ!」
 ロットがにかっ、と機嫌良く笑う。
「ああ……それなんだけど」
「ん?」
「今日、別行動にしないかな」
 一瞬、場の空気が固まる。今までのご機嫌はどこへやら、ロットが今度は急速に不機嫌になる。
「えーっ!? なんでだよ、お前行きたい所あんのか?」
「まずは帰りの仕事の為に飛行場に顔を出すんでしょ? 僕その間暇だし、この辺を散歩しとこうかと思って」
「……そんなに待つの嫌かよ」
「うん」
 唸るような声に、しらっとジィーリィは答えた。その返答に半泣きになりそうになりながらも、ロットがびしっ、と指をジィーリィに突き付ける。
「……っ、じゃー勝手にしろよな! 迷子になって泣いたって探してなんかやらねぇからな!」
「はいはい。買い食いは、明日行こう。美味しそうなお店探しておくから」
「うー……。約束だからな!」
「うん、約束する」
 明日が来れば、ね。と、ジィーリィは内心で付け足した。

 *

 人込みのざわめきの中、事故だ、という声だけは鮮明にジィーリィの耳に届いた。薄暗い街、道を行き交う車、ヘッドライト、ブレーキ音。捕まえた腕、あぶねっ、と笑ったのは。咄嗟にジィーリィの脳裏に浮かんだそれらは、いつのものだったか。
「僕は、馬鹿かっ!」
 ジィーリィは走り出した。周りの人々が怪訝そうにそれを見送るが、そんなことには気付きもせずにジィーリィは急いだ。

 *

 人混みを掻き分けたその先に、見慣れた人影が見えてジィーリィは叫んだ。
「ロット!」
 地面に倒れていた彼が呼ばれた方へ顔を向ける。真っ赤な血溜まりの中、裂けている足の肉の隙間から白い物が見えてジィーリィは思わず息を飲んだ。
「ジィー、リィ……?」
「お知り合いの方ですか?」
 ロットの隣で処置をしていた医者がジィーリィに問いかける。この時ばかりはロットや医者の、海底都市の住民達の肌の色の白さをジィーリィは恨みたくなった。どうしても、不吉なものを連想してしまう。
「そうです」
「近くに私の医院があるのでそこまで彼を搬送します。一緒に来てもらえますか」
 一も二もなくジィーリィは頷いた。
「わかりました」

 *

 車の中、担架に載せられているロットの隣でジィーリィはきつく手を握りしめた。
「ごめん、ごめん、ロット……!」
「なん、でお前が謝る、んだよ……」
「知ってたのに、僕は気付けなかった……!」
 一昨日も、昨日も、ロットはジィーリィが手を引かなければ大怪我をするところだったはずなのに。それを忘れて単独行動を取ってしまった自分が許せない。

 *

「ごめん、ジィーリィ」
 ベッドで寝ていたロットがぽつり、と言った。
「買い食い、行けないな。約束したのに」
「約束……? ねぇ、それっていつした?」
「え? だって昨日………………あれ?」

 *

 ロットは昨日捻った足を痛めたままだった。昨日した約束は無かったことにはならなかった。時の流れに逆らっていたのは、魔法にかかっていたのは、ジィーリィではなくて、この街にいる人々全員だったのだ。
(誰だかは知らないけれど、ふざけた事をしてくれる……!)
 くそっ、と突然吐き捨てたジィーリィにロットが目を丸くする。その額にジィーリィは乱暴に腕を伸ばし、瞳を閉じた。
 魔法なら。魔法ならジィーリィにとって解除するのは簡単だった。意識を凝らして、世界の法則を歪めている魔力を取り除けばいい。三回、ゆっくりと呼吸をするとぱりん、と何かが割れる様な音がジィーリィには聞こえた。それからロットから静かに手を離した。
「ジィーリィ?」
「つかぬ事を聞くけど、ロット」
「うん」
「今日はこの街に来てから何日目?」
「えっと、五日? ……あれ? 三日目?」
「五日で合ってるよ、ロット」

 *

「これからどうする?」
「まずはロットがその足を治さないとね。飛行機に乗れないでしょ?」
「そりゃそうなんだけど。……帰れるのか、おれ達」
「今日出発する仕事を受ければこの街から出る事はできると思うよ。多分、魔法の影響範囲はこの街だけだろうし」
「……これ、放っといていいのか?」
「……あまり良くないだろうね。僕がいなかったらもしかしたら君は一生この街からから出られなかったかもしれないし。これって他の人にも言える事だよね」
「だよ、な。なぁ、おれにやったみたいに一人ずつ解除していったらどうだ?」
「それも一つの手だとは思うけど。ただ人数が人数だから時間がかかりすぎる。多分ロットの足が治る方が早いよ」
「んじゃさ、その魔法の解き方を教えてくれよ。手分けして、解除したやつにも解き方を教えて、ってやれば結構すぐなんじゃねーの?」
「え? ……あ、そっか、説明してないんだっけ。魔法の解除は魔法をかけるよりも複雑で難しいし、魔法の素養が必要なんだ。だけど、僕が見ている限り、海底に住んでいる君達に魔法の素養は無い」
「って事はジィーリィは魔法が使えんのか?」
「いや、使えない」
「何だよそれ」
「僕は例外。特異体質で、魔力は扱えないんだけど一切の魔法を無力化することはできるってやつ」
「つまり、魔法を解けるのはジィーリィだけで、しかも一人ずつしかできない?」
「そういう事だね。多分、どうしてこんなことになっているのかの原因が分からないとなんともできない」
「じゃーまずは原因探しか」
「そうだね。ただ、ロット。君の足が治るまでに何の手掛かりも掴めなかったら、その時は潔く帰る事にしよう。皆心配してるだろうし」
「そんじゃあおれ何にもできないじゃん!」
「できる事を考えてからの発言かな、それ? まぁ、今日のところは僕はここにいるから、ひたすら作戦会議といこうじゃないか」
「何でだよ」
「僕が目を離した隙に大怪我したのは誰だっけ?」
「うっ……悪かったよ、心配かけて」

 *



 *

 時計塔の鐘が鳴る。それは、止まっていた時が動き出す合図だ。
「何はともあれ、一件落着……かな?」
「おう! 帰ろーぜ、ジィーリィ」
「そうだね。運転頼んだよ、ロット」

 *

「……ぇ?」
「ん? どうかしたか、ロッ「い、いま、ううううう、動いたあああああああああああ!?」
「ちょ、何すんだ! 痛ぇだろうが!」
「動いた動いた、今絶対動いたってだってオレ目ぇ合ったもん今!」
「はぁ? なんだって、ん……だ、よ……」
「起きたあああああああああ!?」
「……うるせぇ! ……どうなってんだ? 脈も無かったはずなのに……」
「どうしよう……ゾンビかな? それとも誰かの霊が乗り移ったとか? 研究所で解剖するって話聞いて怒ったのかな?」
「あー、うん、ロット。お前話聞いてこいや。俺はちょっと出てくるから」
「は!? え、イオ、どこ行くんだよ!」
「流石に素っ裸はまずいだろ……俺、服取ってくるわ。んじゃロット頼んだ」
「この状況でオレ置いてく!? この薄情者おおおおお!」


「あの、えーと、こんにちは……」
"Ou on est ?"
「はい?」
"Vous pouvez me comprendre ?"
「もしかしなくてもこれって、言葉通じない……?」

拍手

PR
この記事にコメントする
NAME
TITLE
MAIL
URL
COMMENT
PASS   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
プロフィール
HN:
天樹 紫苑
性別:
非公開
カウンター







忍者ブログ [PR]

Designed by A.com