小説置き場。
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「……イト、カイト」
音声入力、確認。声紋分析開始。
ライブラリNo.00236 彩園寺千景 と一致。
スリープモード、解除。
*
「お、起きたか。おはよーさん、カイト」
入力映像に現れた見慣れぬ顔を認識するまでに数秒かかった。
瞬きすら忘れていたことを思い出して慌てて瞬きを二回。
そう、おれはこの人に買われたのだった。
昨日所有登録を行ったばかりの、おれの所有者。
「おはようございます、マスター」
のっぺりとした声が人工声帯から出力される。
いけない、この人は『機械らしくない』おれを望んでいる。
すぐにごまかすための笑みの形に顔を歪ませると、マスターになったばかりの彼は少し顔をしかめておれの頭を乱暴に撫でた。
「ええよ、無理せんくて。どんなボカロでも環境が変われば、しばらくの間はその環境に適応させるために初期状態に近くなるのは知っとるし。無理に笑わんといて、な?」
意外な言葉だったけれども、指示通りに顔の表情を崩す。
たぶんおれは、完全な無表情に見えるはずだ。
「……命令のつもりでもなかったんやけど」
マスターは憮然と呟いたけれども、すぐに表情を変えておれに話し掛ける。
「そうや、んで俺大学行ってくるから、今日は留守番しとってくれるか?」
「はい、わかりました」
「チャイムが鳴っても居留守しとってくれたらええから。電源は切れそうになったらその辺のコンセントから充電しといてな。あ、刺さってるプラグは抜いたらあかんで。質問は?」
矢継ぎ早に言葉を重ねて、マスターがおれの顔を覗き込む。
質問は、と問われておれはこの家で留守番をした際に起こりそうな出来事の予測をたてた。
そして優先すべき確認事項を結論づける。
「念のため、連絡先を聞いておきたいです」
想定外の出来事が起こったときに指示を仰げないのはまずい。
マスターがひとつ頷いた。
「そりゃそやな。カイト、お前に通信機能ついとるか?」
「インターネットへの接続ができます」
「んじゃこいつが俺の携帯端末やから、ネットからこいつに繋がるように設定しといて」
そういっておれに投げ渡したのは、黒の携帯用通信端末だ。
勝手に起動していいものかと顔を上げると、マスターはクローゼットから服を引っ張り出している最中だった。
「あの、これ、起動しても……?」
「ん? 確か汎用型コードは付いとったよな? そいつのジャックにぶっ挿して適当に設定弄ればええから。ボカロやったら共有させた方が楽やろ?」
服を被りながらもごもごとマスターが言う。
言われた事はもっともだったから、マフラーの下の首筋の有機皮膚を少し剥がして体内に格納されていたコードを取り出した。
目立たないようにマフラーと同じ青色をしたそれを、携帯端末に差し込んで端をおれと同期させる。
端末は思っていたよりもすんなりとおれを受け入れ、あっさりとプログラムをおれの前にさらけだした。
簡単におれの通信機能を登録して接続を切ると、服を着替え終わったマスターがこっちを見ている。
「どうやった? おれの端末」
「見たことないプログラムが走ってますね。あとプロテクトが脆弱な気がしたんですけど、大丈夫なんですか?」
「そりゃ外して渡したからな。特に不都合な点は無かったか?」
「特にはなかったですけど……どうしてそんなにこだわるんですか?」
「そりゃ、俺お手製やから」
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