小説置き場。
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「あ、よかった。気が付いた?」
彼が意識を持ってから初めて聞いた音はそんな声だった。人工眼球が目の前の人影に焦点を合わす。色が褪せ、裾はほどけ、穴も開いているボロボロの衣服を纏った女がそこにはいた。
「はい。あなたが……マスターですか?」
一般的には自分を起動させた本人が自分の所有者となることを彼は知っていた。そして、起動者は一番初めに自分が認識する人間である可能性が高いことも彼は知っていた。だからこそ尋ねた。しかし、女は首を振る。あまり手入れもされていないであろうボサボサの髪が首の動きに少し遅れて付いてゆく。
「マスター? 違うわよ。私はあなたを起動させただけ」
女は化粧をしている様子も無かった。乾ききった唇を一度閉ざし、しばしの沈黙の後に再び開く。
「……そっか、機能停止してから随分時間が経ってしまっていて、初期化されちゃってるのね、あなた」
女から与えられた言葉で、ようやく彼は自分の置かれている状況を飲み込んだ。かつて起動していたこの機体は一度機能停止状態に陥り、起動していた頃の記録を失ってしまったらしい。そのため、初期状態に近い状態で起動しているのだ。一体どれくらい起動停止していたのだろう、と彼は思った。
「あなたに、お願いがあるの」
女が彼の思考を遮る。
「何ですか?」
「歌を、届けてほしいの。塔の上まで」
「話が見えませんが」
至極真面目に女が言う。しかし、彼には何のことやらさっぱり分からなかった。そういえばあなたは戦争を知らないものね、と女は呟いて、おもむろに立ち上がる。
「ごめんなさい。説明が足りなかったわ。外に出ましょう」
女が彼に手を差し出した。その手を取って、彼は慎重に立ち上がった。重心移動がスムーズに行える事を確認して、手を引かれるままに階段を昇る。女が壁のハンドルを回して天井の扉を開けると、階段の先から光が溢れ出した。そのまま階段を昇り、頭が地上へ顔を出す。周りの光景を見て、彼は息を飲んだ。
直方体型の構造物が斜めに地面に突っ込んでいた。その周囲はきらきらと光を反射している。倒壊した建物だと気付くのに一瞬の間が必要だった。剥き出しになった鉄筋が雨風に晒され朽ちている。赤茶けた土の上にコンクリートの舗装がひっくり返って散らばっている。空だけがやたらと広い。地面に顔を出した状態で立ちすくんでしまった彼の手を女が引いて、彼はようやく地上に出た。
「後ろを見て」
女が彼の後方を指で指し示す。ぐるり、と彼が振り返ると、遠くで空が二つに裂けていた。雲をも突き抜けて天高く聳え立つ、巨大な塔。
「あれが、塔」
ぽつり、と女が言う。
「十二年前に終わった戦争で多くの人が亡くなったの。彼らの魂を無事に天国まで届ける為に作られたのが、あの塔」
「人工物としては信じられないほどの高さですね」
「途中からは神の助けがあったと言われているわ」
耳慣れない言葉に彼はえ、と意味もない呟きを落とした。
「かみ、ですか?」
神。機械である彼には最も縁遠い言葉のように思われた。
「じゃなきゃあんなもの完成しないわよ」
女は彼の困惑を一蹴する。
「『神』は実在する。宗教的な神が本当にいるのかは分からないけれど、この世界を観測し干渉してくる何かがいることは確認されているの」
彼が意識を持ってから初めて聞いた音はそんな声だった。人工眼球が目の前の人影に焦点を合わす。色が褪せ、裾はほどけ、穴も開いているボロボロの衣服を纏った女がそこにはいた。
「はい。あなたが……マスターですか?」
一般的には自分を起動させた本人が自分の所有者となることを彼は知っていた。そして、起動者は一番初めに自分が認識する人間である可能性が高いことも彼は知っていた。だからこそ尋ねた。しかし、女は首を振る。あまり手入れもされていないであろうボサボサの髪が首の動きに少し遅れて付いてゆく。
「マスター? 違うわよ。私はあなたを起動させただけ」
女は化粧をしている様子も無かった。乾ききった唇を一度閉ざし、しばしの沈黙の後に再び開く。
「……そっか、機能停止してから随分時間が経ってしまっていて、初期化されちゃってるのね、あなた」
女から与えられた言葉で、ようやく彼は自分の置かれている状況を飲み込んだ。かつて起動していたこの機体は一度機能停止状態に陥り、起動していた頃の記録を失ってしまったらしい。そのため、初期状態に近い状態で起動しているのだ。一体どれくらい起動停止していたのだろう、と彼は思った。
「あなたに、お願いがあるの」
女が彼の思考を遮る。
「何ですか?」
「歌を、届けてほしいの。塔の上まで」
「話が見えませんが」
至極真面目に女が言う。しかし、彼には何のことやらさっぱり分からなかった。そういえばあなたは戦争を知らないものね、と女は呟いて、おもむろに立ち上がる。
「ごめんなさい。説明が足りなかったわ。外に出ましょう」
女が彼に手を差し出した。その手を取って、彼は慎重に立ち上がった。重心移動がスムーズに行える事を確認して、手を引かれるままに階段を昇る。女が壁のハンドルを回して天井の扉を開けると、階段の先から光が溢れ出した。そのまま階段を昇り、頭が地上へ顔を出す。周りの光景を見て、彼は息を飲んだ。
直方体型の構造物が斜めに地面に突っ込んでいた。その周囲はきらきらと光を反射している。倒壊した建物だと気付くのに一瞬の間が必要だった。剥き出しになった鉄筋が雨風に晒され朽ちている。赤茶けた土の上にコンクリートの舗装がひっくり返って散らばっている。空だけがやたらと広い。地面に顔を出した状態で立ちすくんでしまった彼の手を女が引いて、彼はようやく地上に出た。
「後ろを見て」
女が彼の後方を指で指し示す。ぐるり、と彼が振り返ると、遠くで空が二つに裂けていた。雲をも突き抜けて天高く聳え立つ、巨大な塔。
「あれが、塔」
ぽつり、と女が言う。
「十二年前に終わった戦争で多くの人が亡くなったの。彼らの魂を無事に天国まで届ける為に作られたのが、あの塔」
「人工物としては信じられないほどの高さですね」
「途中からは神の助けがあったと言われているわ」
耳慣れない言葉に彼はえ、と意味もない呟きを落とした。
「かみ、ですか?」
神。機械である彼には最も縁遠い言葉のように思われた。
「じゃなきゃあんなもの完成しないわよ」
女は彼の困惑を一蹴する。
「『神』は実在する。宗教的な神が本当にいるのかは分からないけれど、この世界を観測し干渉してくる何かがいることは確認されているの」
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