小説置き場。
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明らかに、違う。
前は既にルーク達がライガクイーンと交戦状態に入っていた。
アリエッタとの確執を防ぐ為に彼は極力急いだが、それだけでこうも展開が変わるとは思えなかった。
前では自分が到着する前にあの二人は去っていたのだろうか?
とても、そうとは思えない。
二人のうちの片方は現在自分と行動を共にしている。
だとするならば、前の時も行動をともにしていて然るべきだったろう。
そしてもう一人――ヴェント。
この二度目が始まったときに唐突に記憶に現れた彼は、確実に、『前』には存在していなかった。
真紅の瞳は譜眼の証であり、発話能力に障害を持ちながらも詠唱破棄で譜術を発動する鬼才。
そんな人物が、ダアトにいるとは『前』では聞いたこともなかった。
ましてや、六神将シンクの副官だなんて言わずもがな、だ。
既にこの世界とは『前』とはずれ始めている。
ライガクイーンを倒さなかったことで、これからの展開は少しずつ変わっていくはずだ。
そして確実に鍵を握っているのは、今のんびりとルーク達と話しているこの少年に違いなかった。
「っていうわけで、俺記憶喪失なんだよ」
簡単に自己紹介を済ませたあと、俺の記憶が始まってからの数週間の話をかい摘まみながら話した。
とは言っても話すことは四つしかない。
気がついたらこの森にいたこと、この森に済んでるチーグルに近くの集落まで案内してもらったこと、そこで今までお世話になっていたこと、そして今日は暇だから先日の礼をチーグルに言いにきたこと、だ。
「本当かよ。そうは見えねーけど」
頭の後ろで手を組んで、朱い髪を揺らしながらルークが言う。
身に纏っている服、手入れの行き届いた髪や肌、そして漂う箱入り感から貴族だろうとは予想はつく。
更にそれに赤髪となると嫌な予感もするが、俺にはルークとしか名乗らなかった(うっかり名字も口走りそうになって女の人に髪を引っ張られていたのを俺は見逃していない)から深く追求はしないでおく。
お貴族様と積極的に関わる理由もないからだ。
こう自然と考えるということは、俺は平民だったんだろうなぁ。
「本当だって。こう見えて俺結構参ってるんだってば」
「どこがだよ。大体記憶喪失になってから二週間で何で喋れて歩けるんだ」
「はぁ? 別に普通だろ、そんなの。歩き方や喋り方まで忘れる重度の記憶喪失なんてそうそうならないって」
向こうが貴族だということに気づかない振りをしてほしいのなら、こっちはそれに乗るまでだ。
お忍びで外遊だろうか。
赤髪の貴族が、マルクトに?
案外、マルクトの貴族なのかもしれないな。
どちらにしても今の態度を咎められる事もなさそうで少し安心した。
「……そうなのか?」
「そう、だと思いますよ。どうしましたか、ルーク」
きょとん、と足を止めてルークが言う。
それに釣られて足を止めて尋ね返したのは全体的に緑色な、法衣を纏った子供だ。イオンという名前らしい。
おそらくはローレライ教団関連のお偉いさんだろう。
ローレライ教団に関しては、俺は余り詳しくなかったらしい。
信者にとっては常識に等しい聖獣・チーグルなんぞこれっぽっちも知らなかったのだから、世界中の人々の九割以上が信者である教団の、多分信者ですらなかったのだろう。
何が言いたいかというと、ローレライ教団の一般常識レベルのお偉いさんの名前など知らないという事だ。
よってイオンがどのくらい偉い人なのかもよくわからないし、こんな俺よりも小さな子供が様付けで呼ばれる役職も知らない。
ルークとイオンが足を止めた事で先頭を進んでいた女の人、ティアがこちらを振り返る。
肩には水色のチーグルが乗っていて、頬が緩んでいるのを隠しきれていない。
ほれ行くぞ、と立ち止まった二人を軽く押して再び歩かせる。
その様子を見ていたティアがまた前を向いた頃、ルークが騒ぎ出した。
「んじゃなんだって俺はそんなめんどくさい記憶喪失になってんだよああもう信じらんねぇ!」
「へぇ、お前も記憶喪失なんだ。お前こそそうは見えなくないか?」
「俺は十歳以前の記憶がごっそり抜けてるんだよ。もうこの状態で七年も生きてるんだからこんなもんだろ」
あんまりにも堂々とした記憶喪失っぷりにはそういう事情があったらしい。
ということは、と俺は思った事を口にした。
「っつーことはお前、記憶喪失の度合いから推測するにほぼ7歳児?」
「な ん だ と ! ?」
「あーいや悪い悪い。別に馬鹿にしてるわけじゃなくてだな」
「そういう言い方を馬鹿にしてるって言うんだよ!」
「そうやってムキになるところが17歳と言うよりは7歳児っぽいよな」
「なっ……」
いちいち噛み付いてくる様が面白いなぁ、と思っていると怖ず怖ずとイオンが口を挟む。
「あの、少し言いすぎではないですか? 僕はルークのそういうところ、好きですけど」
それは暗にルークが子供っぽいということを肯定しないないかイオン。
「だってさルーク。よかったな」
「てめぇ後で覚えてろよ……」
「別に後回しにしなくてもよくないか?」
キッ、と何処で覚えたのかやたらとガラの悪い目つきで睨んでくるルークとにらめっこをしていたところで、先頭を行く彼女の雷が落ちた。
「もう、いい加減にして! あなた達は静かに歩くことも出来ないの!?」
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