小説置き場。
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緑高だよ!
[chapter:二人のファーストコンタクト]
高尾和成、と名を呼ばれた。
視界の先には見上げるほどの長身の、全体的に緑っぽい、綺麗系の美人さん(男)。その人が俺の前にででーん、と立ってる。ここ街中。てか大通り。謎の迫力のお陰でオバちゃんもオッサンもおねーさんもガキんちょも避けて通ってるけど、ぶっちゃけ通行の邪魔。てか左手の少女趣味の人形ナニソレ。美人さんではあるけど、タッパあるし完全に野郎にしか見えないんだけど。通り過ぎ様に皆さんガン見。ついでにオレの方もガン見。更に言うと美人さんもエメラルドみたいな瞳で眼鏡越しにオレをガン見。視線が痛すぎる。
え、ちょ、何なのコレ。待って、まじでちょっと待って。何の試練なのコレ。
だけどそんなオレの心境も虚しく、美人さんが右手で眼鏡をくい、って押し上げた。レンズにお日様の光が反射する。そして美人さんはフ、と口角を上げて、素敵な低音を薄い唇から放った。
「お前は今から俺の下僕になるのだよ」
「いやいやいやアンタ誰」
いや正直そんなこともどうでもいいんだけどね。誰か助けて。ぷりーずへるぷみー。思わず異国の言葉が脳裏を駆け巡ったけど仕方がないよね。どうしよう物凄く変な人だ。初対面で開口一番下僕とかどう考えても危ない人だよねできれば関わりたくないんだけ、ど。
「む。俺は緑間真太郎なのだよ」
「へぇーそうなんだオレは高尾和成って言うんだそんじゃ、さいなら」
なのだよって何なのだよ!?
とりあえずくるりと後ろを向いて逃走開始。口から先に生まれた、と誰しもに言われる位口はよく回るはずなんだけど、流石に上手いことは言えなかった。
オレの記憶が確かならあの人オレの名前知ってたよな!? ストーカーなの、嫌だ和成モテちゃう……。
……よし、まだふざけた事考えられるな。後ろから逃がすか、とか待つのだよ、とか聞こえるけど気のせいだよな。嗚呼、しつこい。
ちょっと、いや結構疲れるのを承知で一度ぎゅっ、と目を閉じる。それから目の奥にあるもう一つの瞳を開けるイメージ。そうするとさっきよりも広い視界、っつーか真後ろまで視えるようになる。ぎゅうう、と心臓が掴まれた様に痛いのは今は無視。目を開けて飛び込んでくる視界と重なる分、さっきのもう一つの目で視た視界の範囲を削って、前を向いて走りながら後ろを窺う。オレは人混みを縫うように走ってるはずなのに、オレの後ろには変人へ続く人垣が。変人の勢いに思わず道を開けてしまっているらしい。酷ぇ!
けどオレは、王都生まれ王都育ちの生粋の地元民。対するアイツはこの辺りで見たことがない。つまり、路地なんかに逃げ込めば撒ける、はずっ!
そう思って果物屋の屋台の裏に回り込んで、大通りから一本外れた小道に体を滑り込ませた。ここまでは変人に見られているから、さっさと角を曲がってしまわないと。
適当に路地に入り込んで、角を二つ三つ曲がって足を止める。ぜえぜえと煩い呼吸音を無理矢理抑え込み、急に運動を止めて破れそうになる心臓を押さえた。うずくまるようにしながら、普通の目を閉じてもう一つの目で変人さんを探す。ちょっと集中すれば壁の向こうを視るなんて簡単で、心臓の痛みに加えて頭も痛くなってきたけどそれも無視。小道に入った変人さんはキョロキョロと辺りを見回していた。オレは呼吸困難になりそうなほど息を上げているのに、変人は軽く肩が上下してるだけだ。ムカつく。とは言え、取りあえずは撒けたと判断してオレはもう一つの目を閉じた。この目で視すぎるのは体に悪い。
さて、じゃあ帰ろうか、と目を開けようとしたところで唐突に頭に衝撃が走り、オレは意識をとばした。殴られたのだ。入り込んだ路地は柄の悪い連中がよくたむろしている場所だなんて、焦っていたオレはすっかり忘れていたのだった。
[newpage]
[chapter:電波緑間のプロポーズと頭が緩い高尾]
やさしい手が、オレの頭を撫でていた。随分久しぶりな感覚だ。最後にこうやって撫でてもらったのは、母親が生きていた頃だろうか。やけにリアリティーのある夢が覚めてほしくなくて、もっと、とねだるように頭を擦り付ける。手はオレの後頭部にまわって、それから前に引き寄せられて、ぽとり、オレの名前が落とされる。唇に柔らかい感触。すぐにぐにゃぐにゃした何かがオレの唇を割って口内に侵入してきて、オレの舌を絡めとる。息苦しい。でも、あったかくて、気持ちがいい。意識がぼんやりとしてしまうほどの疲労感がどんどん軽くなっていく。つまり、意識がはっきりしてくる。
うん? ちょっと待って、これキスじゃねぇ? しかも深い方の。……え? 誰と?
目が合ってしまうのが怖くて、もう一つの目を恐々開ける。俯瞰したような視点にしてみればすぐに分かる。緑。オレと逃走劇を繰り広げていた、あの変人。彼が壁にもたれかかって座り込んでいるオレに覆い被さって、熱烈にキスをしている。
え? ええ?
混乱しているとトン、と頭を叩かれた。そしてオレの口からぐにゃぐにゃした何か、っていうか認めたくないけど変人の舌がするりと抜かれる。控えめに立った水音が他人事のようにやらしかった。
「あまりその目を使うな、高尾」
うん? バレてる?
変人さんの左手がオレの瞼を撫でると、ぷつんと糸が切れたようにオレは何も視えなくなった。反射的に普通の目を開けると、目の前には仏頂面の物凄い美人。思わず顔に血が上る。
「ど、どうも?」
反応に困ってとりあえず愛想笑い。拒絶する、という選択肢は不思議と無かった。読むべき空気がどれかも分からず適当にとった反応だが、間違ってはいなかったらしい。険しかった目が、みるみるうちに柔らかくなる。表情の変化なんて殆どないはずなのに、オレにははっきりと分かった。
「漸くその瞳が見られた。綺麗な紅玉髄《カーネリアン》なのだよ、高尾」
ふにゃふにゃに緩んだ口から放たれた恥ずかしすぎる口説き文句に思わず絶句。声には過分なほどに熱が含まれていてぞくりとした。オレを見つめるエメラルドの瞳はとろっとろに蕩けていて、何が言いたいかって言うと。
甘い! 甘すぎるわ! 砂吐きそうなんだけどオレ!
ここまであからさまに、全身で好意を叫ばれると、なんかもう、変人だとかどうでもよくなってきた。身の危険も感じなくはないけど、なんと言うか、力が抜ける。着いていけないレベルの電波だけど、ほだされた、というのが一番近いのかもしれない。下僕とか言われたけど、この様子なら多分悪いようにはされないだろ。少なくとも美人だし。……美人だし。なんと言う勿体ない美人だ。泣きたくなってきた。
残念な美人さんがオレの首筋に頭を擦り付けて懐く。オレの頭の左右で壁に押さえ付けられた手は、オレを逃がさない為なのだろう。……考えないようにしていたのだけれど、正直かなり恥ずかしい。首に柔らかい何かが当たって、次にそれが頬に当たって、それから鼻へと上っていく時に漸くキスされている事に気付いた。鼻の次は瞼、それから額。ひとしきりオレに触れた後に、額がコツン、と合わさった。
高尾和成、と名を呼ばれる。
二つの翠玉《エメラルド》がオレを見つめていた。ただひたすらに、どうしようもなく焦がれるようにオレを見つめていた。
「最期を迎えるその日まで、共に在るのだよ」
何故だろう。彼が心の底からオレを求めているということが、はっきりと確信できた。あれだけオレに好き勝手しておきながら、今更拒絶されることを心の何処かで恐れていることも、彼には本当にオレしかいないということも。
それが分かってしまう時点で、オレの選択肢など決まっているようなもので。
「……うん、分かった」
この応えが、オレの何かを決定的に変えてしまうことを多分オレは知っていた。それでも、彼が世界中の幸せを詰め込んだように微笑うのなら、悪くはない。
そうしてオレ達の影はまた、重なる。
[newpage]
[chapter:緑間の事情]
もしかしてあの人何も説明してないんですか、と無表情をひきつらせて黒子は言った。
「いや、いちおーされたよ? オレは天涯孤独の身だって言ったら、これからはここに住むのだよ、ってここに連れてきてもらったし」
ここ、と言うのがとりあえず軍の建物の中の居住区なことは分かってる。決して広くは無いが鍵もかかる一人部屋だ。あの変人の緑間は似合わないことに軍人らしい、ということくらいなら当たりはつけている。ちなみにオレの目の前に座ってバニラアイスを食べている黒子もまた華奢な体をしていて軍人らしくはない。
「……君、やっぱり緑間くんに騙されたんじゃないですか? 三食寝床つきのヒモ生活なんて上手い話、裏が無いわけないじゃないですか。君は既にとんでもないものを引き換えに差し出してしまってるんですよ」
「って、今更言われてもなぁ」
それでオレは何を差し出したの、と黒子に問いかける。柔らかくなったバニラアイスに刺さったスプーンがかつん、と音を立てた。
「それは緑間くんに聞いてください」
あまり僕が口出しすることでもありませんし、と黒子はスプーンを口に運んだ。
「……ってことがあったんよ、昼間」
時は変わって今は夜だ。オレは与えられた自室の隣室である、緑間の部屋に来ていた。実はこの部屋、オレの部屋から物置みたいな小部屋を通して繋がっている。なんで軍の設備がこんな妙な構造をしているのか、激しく謎だ。
「それでさっき黒子に小言を言われたのか」
ふむ、と腑に落ちた様子の緑間は、自分の膝の上に乗せたオレの頭をひたすらに撫でている。なんでオレが膝枕されているのかも、激しく謎だ。ま、きもちいーからいいけど。緑間の細くて長い指が、壊れ物のように優しく、オレの髪を梳いていくのは気分がいい。ごろごろごろ。ふざけて喉を鳴らしてみたら喉仏を擽られた。緑間はオレのことをでかいペットだと思っているに違いない。
「黒子はいいからさ、教えてよ。あんな言い方されたらオレ気になる」
「分かった。しかし、どこから説明したものか……」
思案げな緑間の手がオレから離れていく。それを追いかけて捕まえると、目が合った緑間が微笑んだ。緑間の手首を掴んだオレの指をほどいて、手を繋ぎなおされる。緑間の体温はそう高くはないのに、触れられた場所は暖かかった。
ぽつり、と緑間が言う。
「俺は魔族、と呼ばれるものなのだよ」
魔族の事は知っているのか? と続けて緑間が問いかける。一応それ一般常識のはずなんだけどな。緑間の中でオレの知識レベルは一体どうなっているんだろうか。教養の「き」の字も無いと思われているに違いない。これでも、年齢が二桁に達した頃に両親が死ぬまではそこそこの生活はしていたのだ。文字くらいは読める。
「魔族って……嘘みたいに魔力が強くて成長が遅いんだけだけど、大人になったら……化け、物になって人を襲うようになる、んだろ?」
本人を目の前にして化け物だなんて言うのは躊躇われたが、それ以外に何といえばいいのか分からなかった。顔を見ていられず視線を逸らすが、緑間は毛ほども気にしてはいないらしい。頷いてから平坦な声で説明しだす。
「ああ、概ねそんなところだ。補足しておくと、魔族とはそもそも、身体に宿った強力な魔力によって魂を歪められ、死後に転生できなくなってしまった存在の事だ。転生できない魂は器を求め、姿を変えて既に魂の宿っている他の器、つまりは他人を襲うようになる。それがお前の言うところの化け物で、正しくは魔物に分類される」
「ほえー」
淀みない説明に感心の声しか漏れない。緑間って見た目通りに頭いいんだな。一つ知った。
「で、それと俺にどんな関係が?」
「急かすな。……こちらとしても、魔物などに堕ちたくはないのだよ。ではどうするか。答えは簡単で、死ななければいいのだよ。魔族は多すぎる魔力によって生じるが、成長するとその魔力が体には毒となって死んでしまう。魔力が多すぎて死んでしまうのなら、その魔力を他人に移してしまえばいい。それがーー」
緑間がオレの手の甲に恭しく唇を当てる。
「お前だ」
手の甲がじわっと暖かくなる。何かが流れこんでくるような、不思議な感覚。
「そういう魔力の受け取り手のことを眷族と読んでいる。これには相性があってな。大抵の魔族は自分の眷族を見つけられず、魔物に堕ちる。俺がお前に出会えた事は、奇跡のようなものなのだよ、高尾」
手を繋いだまま、緑間がオレの頬を撫でる。それが気持ちよくて、オレは目をつぶった。すぐに眠気が押し寄せてくる。
結局オレが何を失ったのかは、分からず仕舞いだった。
[newpage]
[chapter:ピアスの話]
支えてろ、と言われて差し出されたのは氷をくるんだ手拭いだった。
「支えるって、どこを?」
思わず緑間を見上げたオレの手を掴んで、緑間はオレの右耳の耳たぶに手拭いを当てさせた。急に冷たいのが当たって変な声がでた。
「こうやって、耳の裏に当てておくのだよ」
それから緑間は、どこから持ってきたか知らないが、鋭く尖った針をよくわからない液を染み込ませた布で丹念に拭いだす。ここで漸くオレは何をされるのかが分かった。
「ピアス開けんの?」
「ああ」
オレ初耳なんだけど、とは言っても無駄だろうから言わない。オレに何も聞いてこなかった、ということはオレの耳に穴を開けることは緑間にとって決定事項だったということだ。ついでに言うと、緑間の事だ、オレにつけさせるピアスも用意しているのだろう。それが妙にくすぐったくて、オレはへへっ、と小さく笑った。そんなオレを見て、緑間が訝しげに眉を寄せる。
「高尾?」
「しーんちゃん、どんなピアスなの?」
「どんなもなにもない。ただのピアスだ」
眉を寄せたまま、緑間が下手くそにはぐらかそうとする。そんな事されると余計に気になるって、緑間はわかってるんだろうか。
「いいじゃん、見せてよ。最初のピアスだから、着けちゃったらしばらくはまともに見れないじゃん」
「わざわざ見るほどのものではないのだよ」
なるほど、結構な上物らしい。これは鏡越しにではなく、間近から見ておくべきだろう。てか、見ておかなきゃいけない。耳たぶに当てていた手拭いを下ろした。
「見せてくれなきゃ穴開けさせてやんないよ」
「……高尾」
「お願い。真ちゃんが、オレにずっと身に付けててほしい、って思って用意した物なんだろ? そんな大事なプレゼントを適当に受けとるなんてこと、オレはしたくない」
逃げようとする緑間の瞳を真っ直ぐ見つめて言うと、緑間が決まり悪げにぼそぼそと呟いた。
「本当に、大した物ではないのだよ」
言いながら緑間がポケットから小さな木箱を取りだし、中からピアスを摘まみ出して自分の掌に乗せる。近くで見ようと、オレは顔を寄せた。
最も輝くように計算され尽くして磨かれたエメラルドに、金の台座が寄り添っていた。台座には五枚花が彫り込まれているが、その細かさには思わず舌を巻く。パッと見ではシンプルなエメラルドのピアスに見えるだろうが、こうやって間近で見ると、誰が見ても一流の人間の手による細工だと分かるだろう。大したものではない、だなんて緑間はよく言えたものだ。
だがそれよりも。オレに自分の色である「緑」を身に付けさせようという緑間の独占欲が、どうしようもなく心地好かった。オレが緑間の所有物であることを示す確固とした証に、それを常に身に付けられることに、思わず笑みが溢れる。
「真ちゃん。すっごく、綺麗だね」
「気に入って、くれたか……?」
「もちろん。真ちゃんの瞳と同じ色だね。曇りひとつない澄みきったみどり色。本当に、オレが着けてていいの?」
「当たり前だ。その為に、用意したのだよ」
「そっか」
堪えきれずオレは緑間に飛びついた。膝立ちになって、緑間の首に両腕を回してぎゅうぎゅうにしがみつく。背中側に右腕を突っ張ってオレの体重を支えた緑間が、左手をオレの背中に回してくれた。
「ありがとう、真ちゃん。すっごく嬉しい」
[newpage]
[chapter:裸眼緑間よりも珍しい笑顔緑間]
ここに来てからの一週間、オレはいつも緑間が朝の仕度をする音で目覚める。場所はオレのではなく、緑間の寝台の上で。特に何をしているという訳ではなく、夜にゴロゴロしながら緑間と喋っているといつの間にか寝ている、という寸法だ。それを緑間は咎めもしない。
「起きたか、高尾」
すぽっ、と黒の長袖のアンダーウェアから顔を出した緑間が振り返った。服を着るためか、珍しく眼鏡をしていない。
「ん。おはよー、真ちゃん」
「ああ」
眼鏡をしていない緑間は普段より幼く見える。睫毛長いなぁ、ほんと。それに量もあって、瞬きしたら音がしそうだ。貴重な裸眼緑間をしげしげと眺めていたら、オレを見た緑間が、分かりやすく笑った。なんてことだ。裸眼緑間よりもよっぽど珍しい事態だ! 美人さんの笑顔の破壊力はすごい。ほけー、としていたら緑間はいつの間にか着替えを終え眼鏡を装着し、まだぼーっとしているオレを見てまた笑って、額にちゅっ、とキスをして出ていった。最早誰だお前。オレはその一連の光景を二度と忘れるものかと繰り返し、何度も何度も脳内でリピート再生をした。今すぐ寝たら夢の中で笑ってくれるだろうか。ああでも寝たら忘れてしまうだろうか。どうしよう。どうしよう。
そんな事を考えていたら朝食を持ってきてくれた黒子にどつかれた。あれは痛かった。
「緑間くんの笑顔……? ありえません。目の錯覚ですよ。気のせいってやつです。高尾くんの頭はおめでたいですから」
「え、待ってなんでそんな全力で否定されてるのオレ」
「いくら世界に一人だけの眷属とはいえ、初対面の見ず知らずの他人に追いかけ回され、寝込みを襲われ、これからの人生すら握られてしまったのに、『美人だからいいや』の一言で済ませてしまった高尾くんの頭がおめでたくないわけがないじゃないですか」
「いや、流石にどんな美人さんでも真ちゃんじゃなかったら拒否ってたって」
あと二重否定がややこしいよ、黒子。
「っていうわけで真ちゃん。朝のあれはなんだったの?」
またもや夜、お馴染みの緑間の部屋でごろごろしながら聞いてみる。寛いだ様子の緑間が、あれは……、と言いながら思案する。
「俺の眼鏡は、特別製なのだよ」
「……へー?」
だから何なんだ。と思っていたら、お前も掛けてみるといい、と緑間が両手で眼鏡を外して差し出した。大事な大事な緑間の眼鏡だから慎重に、レンズを汚さないように掛けてみる。特別製の緑間の視界はどんなものなのだろうか、と辺りを見回してみて、気付く。
「何も変わんなくね?」
「ああ。お前はそうだろうな。その眼鏡のレンズは、魔力を遮るようにできているのだよ。俺は裸眼だと、魔力が見えすぎて肝心の物がほとんど見えなくなるからな」
オレの方に手を伸ばした緑間はなるほど、ほぼ手探りでオレから眼鏡を外しながら、今朝笑ったのは、と続ける。
「あれは、裸眼で見たお前が俺の魔力の色に染まっていたからなのだよ」
そう言った緑間の声はひどく優しくて、なんか、照れる。オレが緑間の魔力を身に纏うようになった、たったそれだけの事で、黒子に言わせれば「ありえない」笑顔を見せてくれたのが、どうにも嬉しかった。
高尾和成、と名を呼ばれた。
視界の先には見上げるほどの長身の、全体的に緑っぽい、綺麗系の美人さん(男)。その人が俺の前にででーん、と立ってる。ここ街中。てか大通り。謎の迫力のお陰でオバちゃんもオッサンもおねーさんもガキんちょも避けて通ってるけど、ぶっちゃけ通行の邪魔。てか左手の少女趣味の人形ナニソレ。美人さんではあるけど、タッパあるし完全に野郎にしか見えないんだけど。通り過ぎ様に皆さんガン見。ついでにオレの方もガン見。更に言うと美人さんもエメラルドみたいな瞳で眼鏡越しにオレをガン見。視線が痛すぎる。
え、ちょ、何なのコレ。待って、まじでちょっと待って。何の試練なのコレ。
だけどそんなオレの心境も虚しく、美人さんが右手で眼鏡をくい、って押し上げた。レンズにお日様の光が反射する。そして美人さんはフ、と口角を上げて、素敵な低音を薄い唇から放った。
「お前は今から俺の下僕になるのだよ」
「いやいやいやアンタ誰」
いや正直そんなこともどうでもいいんだけどね。誰か助けて。ぷりーずへるぷみー。思わず異国の言葉が脳裏を駆け巡ったけど仕方がないよね。どうしよう物凄く変な人だ。初対面で開口一番下僕とかどう考えても危ない人だよねできれば関わりたくないんだけ、ど。
「む。俺は緑間真太郎なのだよ」
「へぇーそうなんだオレは高尾和成って言うんだそんじゃ、さいなら」
なのだよって何なのだよ!?
とりあえずくるりと後ろを向いて逃走開始。口から先に生まれた、と誰しもに言われる位口はよく回るはずなんだけど、流石に上手いことは言えなかった。
オレの記憶が確かならあの人オレの名前知ってたよな!? ストーカーなの、嫌だ和成モテちゃう……。
……よし、まだふざけた事考えられるな。後ろから逃がすか、とか待つのだよ、とか聞こえるけど気のせいだよな。嗚呼、しつこい。
ちょっと、いや結構疲れるのを承知で一度ぎゅっ、と目を閉じる。それから目の奥にあるもう一つの瞳を開けるイメージ。そうするとさっきよりも広い視界、っつーか真後ろまで視えるようになる。ぎゅうう、と心臓が掴まれた様に痛いのは今は無視。目を開けて飛び込んでくる視界と重なる分、さっきのもう一つの目で視た視界の範囲を削って、前を向いて走りながら後ろを窺う。オレは人混みを縫うように走ってるはずなのに、オレの後ろには変人へ続く人垣が。変人の勢いに思わず道を開けてしまっているらしい。酷ぇ!
けどオレは、王都生まれ王都育ちの生粋の地元民。対するアイツはこの辺りで見たことがない。つまり、路地なんかに逃げ込めば撒ける、はずっ!
そう思って果物屋の屋台の裏に回り込んで、大通りから一本外れた小道に体を滑り込ませた。ここまでは変人に見られているから、さっさと角を曲がってしまわないと。
適当に路地に入り込んで、角を二つ三つ曲がって足を止める。ぜえぜえと煩い呼吸音を無理矢理抑え込み、急に運動を止めて破れそうになる心臓を押さえた。うずくまるようにしながら、普通の目を閉じてもう一つの目で変人さんを探す。ちょっと集中すれば壁の向こうを視るなんて簡単で、心臓の痛みに加えて頭も痛くなってきたけどそれも無視。小道に入った変人さんはキョロキョロと辺りを見回していた。オレは呼吸困難になりそうなほど息を上げているのに、変人は軽く肩が上下してるだけだ。ムカつく。とは言え、取りあえずは撒けたと判断してオレはもう一つの目を閉じた。この目で視すぎるのは体に悪い。
さて、じゃあ帰ろうか、と目を開けようとしたところで唐突に頭に衝撃が走り、オレは意識をとばした。殴られたのだ。入り込んだ路地は柄の悪い連中がよくたむろしている場所だなんて、焦っていたオレはすっかり忘れていたのだった。
[newpage]
[chapter:電波緑間のプロポーズと頭が緩い高尾]
やさしい手が、オレの頭を撫でていた。随分久しぶりな感覚だ。最後にこうやって撫でてもらったのは、母親が生きていた頃だろうか。やけにリアリティーのある夢が覚めてほしくなくて、もっと、とねだるように頭を擦り付ける。手はオレの後頭部にまわって、それから前に引き寄せられて、ぽとり、オレの名前が落とされる。唇に柔らかい感触。すぐにぐにゃぐにゃした何かがオレの唇を割って口内に侵入してきて、オレの舌を絡めとる。息苦しい。でも、あったかくて、気持ちがいい。意識がぼんやりとしてしまうほどの疲労感がどんどん軽くなっていく。つまり、意識がはっきりしてくる。
うん? ちょっと待って、これキスじゃねぇ? しかも深い方の。……え? 誰と?
目が合ってしまうのが怖くて、もう一つの目を恐々開ける。俯瞰したような視点にしてみればすぐに分かる。緑。オレと逃走劇を繰り広げていた、あの変人。彼が壁にもたれかかって座り込んでいるオレに覆い被さって、熱烈にキスをしている。
え? ええ?
混乱しているとトン、と頭を叩かれた。そしてオレの口からぐにゃぐにゃした何か、っていうか認めたくないけど変人の舌がするりと抜かれる。控えめに立った水音が他人事のようにやらしかった。
「あまりその目を使うな、高尾」
うん? バレてる?
変人さんの左手がオレの瞼を撫でると、ぷつんと糸が切れたようにオレは何も視えなくなった。反射的に普通の目を開けると、目の前には仏頂面の物凄い美人。思わず顔に血が上る。
「ど、どうも?」
反応に困ってとりあえず愛想笑い。拒絶する、という選択肢は不思議と無かった。読むべき空気がどれかも分からず適当にとった反応だが、間違ってはいなかったらしい。険しかった目が、みるみるうちに柔らかくなる。表情の変化なんて殆どないはずなのに、オレにははっきりと分かった。
「漸くその瞳が見られた。綺麗な紅玉髄《カーネリアン》なのだよ、高尾」
ふにゃふにゃに緩んだ口から放たれた恥ずかしすぎる口説き文句に思わず絶句。声には過分なほどに熱が含まれていてぞくりとした。オレを見つめるエメラルドの瞳はとろっとろに蕩けていて、何が言いたいかって言うと。
甘い! 甘すぎるわ! 砂吐きそうなんだけどオレ!
ここまであからさまに、全身で好意を叫ばれると、なんかもう、変人だとかどうでもよくなってきた。身の危険も感じなくはないけど、なんと言うか、力が抜ける。着いていけないレベルの電波だけど、ほだされた、というのが一番近いのかもしれない。下僕とか言われたけど、この様子なら多分悪いようにはされないだろ。少なくとも美人だし。……美人だし。なんと言う勿体ない美人だ。泣きたくなってきた。
残念な美人さんがオレの首筋に頭を擦り付けて懐く。オレの頭の左右で壁に押さえ付けられた手は、オレを逃がさない為なのだろう。……考えないようにしていたのだけれど、正直かなり恥ずかしい。首に柔らかい何かが当たって、次にそれが頬に当たって、それから鼻へと上っていく時に漸くキスされている事に気付いた。鼻の次は瞼、それから額。ひとしきりオレに触れた後に、額がコツン、と合わさった。
高尾和成、と名を呼ばれる。
二つの翠玉《エメラルド》がオレを見つめていた。ただひたすらに、どうしようもなく焦がれるようにオレを見つめていた。
「最期を迎えるその日まで、共に在るのだよ」
何故だろう。彼が心の底からオレを求めているということが、はっきりと確信できた。あれだけオレに好き勝手しておきながら、今更拒絶されることを心の何処かで恐れていることも、彼には本当にオレしかいないということも。
それが分かってしまう時点で、オレの選択肢など決まっているようなもので。
「……うん、分かった」
この応えが、オレの何かを決定的に変えてしまうことを多分オレは知っていた。それでも、彼が世界中の幸せを詰め込んだように微笑うのなら、悪くはない。
そうしてオレ達の影はまた、重なる。
[newpage]
[chapter:緑間の事情]
もしかしてあの人何も説明してないんですか、と無表情をひきつらせて黒子は言った。
「いや、いちおーされたよ? オレは天涯孤独の身だって言ったら、これからはここに住むのだよ、ってここに連れてきてもらったし」
ここ、と言うのがとりあえず軍の建物の中の居住区なことは分かってる。決して広くは無いが鍵もかかる一人部屋だ。あの変人の緑間は似合わないことに軍人らしい、ということくらいなら当たりはつけている。ちなみにオレの目の前に座ってバニラアイスを食べている黒子もまた華奢な体をしていて軍人らしくはない。
「……君、やっぱり緑間くんに騙されたんじゃないですか? 三食寝床つきのヒモ生活なんて上手い話、裏が無いわけないじゃないですか。君は既にとんでもないものを引き換えに差し出してしまってるんですよ」
「って、今更言われてもなぁ」
それでオレは何を差し出したの、と黒子に問いかける。柔らかくなったバニラアイスに刺さったスプーンがかつん、と音を立てた。
「それは緑間くんに聞いてください」
あまり僕が口出しすることでもありませんし、と黒子はスプーンを口に運んだ。
「……ってことがあったんよ、昼間」
時は変わって今は夜だ。オレは与えられた自室の隣室である、緑間の部屋に来ていた。実はこの部屋、オレの部屋から物置みたいな小部屋を通して繋がっている。なんで軍の設備がこんな妙な構造をしているのか、激しく謎だ。
「それでさっき黒子に小言を言われたのか」
ふむ、と腑に落ちた様子の緑間は、自分の膝の上に乗せたオレの頭をひたすらに撫でている。なんでオレが膝枕されているのかも、激しく謎だ。ま、きもちいーからいいけど。緑間の細くて長い指が、壊れ物のように優しく、オレの髪を梳いていくのは気分がいい。ごろごろごろ。ふざけて喉を鳴らしてみたら喉仏を擽られた。緑間はオレのことをでかいペットだと思っているに違いない。
「黒子はいいからさ、教えてよ。あんな言い方されたらオレ気になる」
「分かった。しかし、どこから説明したものか……」
思案げな緑間の手がオレから離れていく。それを追いかけて捕まえると、目が合った緑間が微笑んだ。緑間の手首を掴んだオレの指をほどいて、手を繋ぎなおされる。緑間の体温はそう高くはないのに、触れられた場所は暖かかった。
ぽつり、と緑間が言う。
「俺は魔族、と呼ばれるものなのだよ」
魔族の事は知っているのか? と続けて緑間が問いかける。一応それ一般常識のはずなんだけどな。緑間の中でオレの知識レベルは一体どうなっているんだろうか。教養の「き」の字も無いと思われているに違いない。これでも、年齢が二桁に達した頃に両親が死ぬまではそこそこの生活はしていたのだ。文字くらいは読める。
「魔族って……嘘みたいに魔力が強くて成長が遅いんだけだけど、大人になったら……化け、物になって人を襲うようになる、んだろ?」
本人を目の前にして化け物だなんて言うのは躊躇われたが、それ以外に何といえばいいのか分からなかった。顔を見ていられず視線を逸らすが、緑間は毛ほども気にしてはいないらしい。頷いてから平坦な声で説明しだす。
「ああ、概ねそんなところだ。補足しておくと、魔族とはそもそも、身体に宿った強力な魔力によって魂を歪められ、死後に転生できなくなってしまった存在の事だ。転生できない魂は器を求め、姿を変えて既に魂の宿っている他の器、つまりは他人を襲うようになる。それがお前の言うところの化け物で、正しくは魔物に分類される」
「ほえー」
淀みない説明に感心の声しか漏れない。緑間って見た目通りに頭いいんだな。一つ知った。
「で、それと俺にどんな関係が?」
「急かすな。……こちらとしても、魔物などに堕ちたくはないのだよ。ではどうするか。答えは簡単で、死ななければいいのだよ。魔族は多すぎる魔力によって生じるが、成長するとその魔力が体には毒となって死んでしまう。魔力が多すぎて死んでしまうのなら、その魔力を他人に移してしまえばいい。それがーー」
緑間がオレの手の甲に恭しく唇を当てる。
「お前だ」
手の甲がじわっと暖かくなる。何かが流れこんでくるような、不思議な感覚。
「そういう魔力の受け取り手のことを眷族と読んでいる。これには相性があってな。大抵の魔族は自分の眷族を見つけられず、魔物に堕ちる。俺がお前に出会えた事は、奇跡のようなものなのだよ、高尾」
手を繋いだまま、緑間がオレの頬を撫でる。それが気持ちよくて、オレは目をつぶった。すぐに眠気が押し寄せてくる。
結局オレが何を失ったのかは、分からず仕舞いだった。
[newpage]
[chapter:ピアスの話]
支えてろ、と言われて差し出されたのは氷をくるんだ手拭いだった。
「支えるって、どこを?」
思わず緑間を見上げたオレの手を掴んで、緑間はオレの右耳の耳たぶに手拭いを当てさせた。急に冷たいのが当たって変な声がでた。
「こうやって、耳の裏に当てておくのだよ」
それから緑間は、どこから持ってきたか知らないが、鋭く尖った針をよくわからない液を染み込ませた布で丹念に拭いだす。ここで漸くオレは何をされるのかが分かった。
「ピアス開けんの?」
「ああ」
オレ初耳なんだけど、とは言っても無駄だろうから言わない。オレに何も聞いてこなかった、ということはオレの耳に穴を開けることは緑間にとって決定事項だったということだ。ついでに言うと、緑間の事だ、オレにつけさせるピアスも用意しているのだろう。それが妙にくすぐったくて、オレはへへっ、と小さく笑った。そんなオレを見て、緑間が訝しげに眉を寄せる。
「高尾?」
「しーんちゃん、どんなピアスなの?」
「どんなもなにもない。ただのピアスだ」
眉を寄せたまま、緑間が下手くそにはぐらかそうとする。そんな事されると余計に気になるって、緑間はわかってるんだろうか。
「いいじゃん、見せてよ。最初のピアスだから、着けちゃったらしばらくはまともに見れないじゃん」
「わざわざ見るほどのものではないのだよ」
なるほど、結構な上物らしい。これは鏡越しにではなく、間近から見ておくべきだろう。てか、見ておかなきゃいけない。耳たぶに当てていた手拭いを下ろした。
「見せてくれなきゃ穴開けさせてやんないよ」
「……高尾」
「お願い。真ちゃんが、オレにずっと身に付けててほしい、って思って用意した物なんだろ? そんな大事なプレゼントを適当に受けとるなんてこと、オレはしたくない」
逃げようとする緑間の瞳を真っ直ぐ見つめて言うと、緑間が決まり悪げにぼそぼそと呟いた。
「本当に、大した物ではないのだよ」
言いながら緑間がポケットから小さな木箱を取りだし、中からピアスを摘まみ出して自分の掌に乗せる。近くで見ようと、オレは顔を寄せた。
最も輝くように計算され尽くして磨かれたエメラルドに、金の台座が寄り添っていた。台座には五枚花が彫り込まれているが、その細かさには思わず舌を巻く。パッと見ではシンプルなエメラルドのピアスに見えるだろうが、こうやって間近で見ると、誰が見ても一流の人間の手による細工だと分かるだろう。大したものではない、だなんて緑間はよく言えたものだ。
だがそれよりも。オレに自分の色である「緑」を身に付けさせようという緑間の独占欲が、どうしようもなく心地好かった。オレが緑間の所有物であることを示す確固とした証に、それを常に身に付けられることに、思わず笑みが溢れる。
「真ちゃん。すっごく、綺麗だね」
「気に入って、くれたか……?」
「もちろん。真ちゃんの瞳と同じ色だね。曇りひとつない澄みきったみどり色。本当に、オレが着けてていいの?」
「当たり前だ。その為に、用意したのだよ」
「そっか」
堪えきれずオレは緑間に飛びついた。膝立ちになって、緑間の首に両腕を回してぎゅうぎゅうにしがみつく。背中側に右腕を突っ張ってオレの体重を支えた緑間が、左手をオレの背中に回してくれた。
「ありがとう、真ちゃん。すっごく嬉しい」
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[chapter:裸眼緑間よりも珍しい笑顔緑間]
ここに来てからの一週間、オレはいつも緑間が朝の仕度をする音で目覚める。場所はオレのではなく、緑間の寝台の上で。特に何をしているという訳ではなく、夜にゴロゴロしながら緑間と喋っているといつの間にか寝ている、という寸法だ。それを緑間は咎めもしない。
「起きたか、高尾」
すぽっ、と黒の長袖のアンダーウェアから顔を出した緑間が振り返った。服を着るためか、珍しく眼鏡をしていない。
「ん。おはよー、真ちゃん」
「ああ」
眼鏡をしていない緑間は普段より幼く見える。睫毛長いなぁ、ほんと。それに量もあって、瞬きしたら音がしそうだ。貴重な裸眼緑間をしげしげと眺めていたら、オレを見た緑間が、分かりやすく笑った。なんてことだ。裸眼緑間よりもよっぽど珍しい事態だ! 美人さんの笑顔の破壊力はすごい。ほけー、としていたら緑間はいつの間にか着替えを終え眼鏡を装着し、まだぼーっとしているオレを見てまた笑って、額にちゅっ、とキスをして出ていった。最早誰だお前。オレはその一連の光景を二度と忘れるものかと繰り返し、何度も何度も脳内でリピート再生をした。今すぐ寝たら夢の中で笑ってくれるだろうか。ああでも寝たら忘れてしまうだろうか。どうしよう。どうしよう。
そんな事を考えていたら朝食を持ってきてくれた黒子にどつかれた。あれは痛かった。
「緑間くんの笑顔……? ありえません。目の錯覚ですよ。気のせいってやつです。高尾くんの頭はおめでたいですから」
「え、待ってなんでそんな全力で否定されてるのオレ」
「いくら世界に一人だけの眷属とはいえ、初対面の見ず知らずの他人に追いかけ回され、寝込みを襲われ、これからの人生すら握られてしまったのに、『美人だからいいや』の一言で済ませてしまった高尾くんの頭がおめでたくないわけがないじゃないですか」
「いや、流石にどんな美人さんでも真ちゃんじゃなかったら拒否ってたって」
あと二重否定がややこしいよ、黒子。
「っていうわけで真ちゃん。朝のあれはなんだったの?」
またもや夜、お馴染みの緑間の部屋でごろごろしながら聞いてみる。寛いだ様子の緑間が、あれは……、と言いながら思案する。
「俺の眼鏡は、特別製なのだよ」
「……へー?」
だから何なんだ。と思っていたら、お前も掛けてみるといい、と緑間が両手で眼鏡を外して差し出した。大事な大事な緑間の眼鏡だから慎重に、レンズを汚さないように掛けてみる。特別製の緑間の視界はどんなものなのだろうか、と辺りを見回してみて、気付く。
「何も変わんなくね?」
「ああ。お前はそうだろうな。その眼鏡のレンズは、魔力を遮るようにできているのだよ。俺は裸眼だと、魔力が見えすぎて肝心の物がほとんど見えなくなるからな」
オレの方に手を伸ばした緑間はなるほど、ほぼ手探りでオレから眼鏡を外しながら、今朝笑ったのは、と続ける。
「あれは、裸眼で見たお前が俺の魔力の色に染まっていたからなのだよ」
そう言った緑間の声はひどく優しくて、なんか、照れる。オレが緑間の魔力を身に纏うようになった、たったそれだけの事で、黒子に言わせれば「ありえない」笑顔を見せてくれたのが、どうにも嬉しかった。
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