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小説置き場。
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盲目くんと地獄耳くんのネタ

 急く心を押さえつけて、とにかく目を瞑って、深呼吸。ある種の儀式めいたこの行為で一時的に落ち着きを取り戻した俺は、そのまま意識を耳に向けた。
 途端に広がる色鮮やかな音、音、音の洪水。その中からあいつの音を聞き取ろうと耳を澄ませたけど、雑音と化した音しか聞こえない。

 なんで。お前は、どこにいる?
 いつもならどんなに離れていても、あいつの声が、杖の音が、楽器の音色が、聞こえるのに。
 どうしてお前の音が聞こえないんだ?

 あいつの居所が把握できていない、それが凄く落ち着かなくて、不安で。もしも、もしもあいつが助けも求められないような状況に陥っていたらどうしよう。それとも、もしも、あいつが一人で平然としていたら、俺なんかいなくても平気だったら、どうしよう。

 ――探さないと。

 瞼を開けると、意識がもとに戻ってくる。そこに丁度顔見知りの風紀委員長が通りかかって、思わず俺は助けてくれ、と声をかけてしまった。

  *

 ところで、この学園の風紀委員の仕事は、多分他の学園とは違う。なぜなら、この学園の風紀委員の仕事は「能力者」の統括だから。そして、そんな仕事が必要になるほど「能力者」が多い学園は精々ここぐらいのはずだからだ。
 「能力者」というのは、非常識な聴力を持つ俺の様な、不思議な能力を持った人間のことだ。そのまんま。この学園にはそれがごろごろいる。五人に一人くらいかな。
 初等部からこの学園にいる俺にはあまり実感が湧かないが、中等部から入学してきた友人に聞くとこれは驚異の割合らしい。この学園に来るまで能力者なんて自分以外に見たことがなかった、と中等部組は口を揃えて言っている。そんな希少種だからか、周りから気味悪がられたり、両親からすらも腫れ物のように扱われてた、という話もよく聞くから驚きだ。



 必然的に、この学園は世間に比べて能力者にかなり寛容になる。隣に他人の呼吸を止めることができる人間が立っていようと、調理実習で隣の生徒が包丁を持っている時程度の警戒しかしない。だからこそ能力者達は迫害される事もなく、のびのびと学生生活を送れるのだが、こんな環境では一度能力者が他人に牙を向けばとんでもない事になる。
 思わず俺が呼び止め、空き教室にまで連れ込んでしまった風紀委員長は、実は、そういった事態が起こらないよう、能力者達を日々監督しているお方、だったりするのだ。

  *

「一体、何の用なの。下らない事だったら怒るよ?」
 空き教室の机に適当に腰掛け、足をぶらぶらさせている我らが風紀委員長の名前は、才賀律という。足が浮いているところから察せられるように、身長は、その、アレだ。そして身長に見あった童顔のお陰で、パッと見では俺と同い年とは思えない。
 改めてそんなことを思っていたら、向かいに座った俺の顔を才賀がジトッと見上げていて、俺は咳払いをした。そうだ、俺にはもっと大事な用件があるんだ。
「……桜花が、いないんだ」
 桜花とは、俺の友人の梅枝桜花の事だ。いつも俺をおちょくってくるムカつく奴だが、だからといってどうでもいいわけじゃない。わざわざ才賀を空き教室に連れてきたのも、うっかりあいつが一人だということを喧伝して、襲われる、なんて事を防ぐためだ。
 俺の話を聞いて少し眉をひそめた才賀は、風紀が介入する事態だと判断したのか、真面目な顔をして話を聞く体制に入った。携帯を取り出しながら俺に尋ねてくる。
「『耳』は使ったの?」
 「耳」というのは、俺の非常識な聴力の事を指す。
「ああ。だけど、何にも聞こえないんだ。声も、杖の音も、キーホルダーの音も」
「最後に顔を見たのは?」
「授業は最後まで出てた。そっからは分からない」
「そう。ちょっと待ってて」
 携帯で通話を始めた才賀が巡回中の美化委員に指示を出す。この学園では美化委員が喧嘩の仲裁等、校内のごたごたの処理をする。一体何を『美化』しているのかは深く考えない方がいいんだろう。

  *

「何しに来た」
「風邪だ、って聞いたから、お見舞い」
「帰れ」
「とりあえず、ポカリは買ってきた。ほら、持て。ここに置くからな」
「俺に構うな、って言ってるだろ」
「……桜花。誰だって風邪で寝込んでる友達の面倒は見るだろ?」
「部屋まで押し掛けてはしない」
「それは、他の人が代わりに面倒みてる、って分かってるからだ。で、お前の同室はここ数日帰ってきてない。……薬、飲んだか?」
「……どれが風邪薬か分からない」
「あーそうだったな。んじゃ簡単に食いもん用意すっけど、希望は?」
「いらない。帰ってくれ。どうせ放っておけば治る」
「治るまで俺はここに通いつめるからな」
「……食欲が無い」
「食ったら吐きそうとか?」
「そこまでじゃあないが」
「じゃあちょっとでいいから何か胃にいれとけよ」
「……冷凍庫にご飯がある」
「卵粥でもするか。お前は寝とけよ」

「桜花。これが、風邪薬だ。一回三錠、食後にな」
「……点字が」
「あれ、間違えてたか?」
「いや」
「ならよかった。久し振りだから思い出すの苦労したんだぜ」

「……世話に、なった。ありがとう、貴浩」
「どういたしまして。んじゃ、って言いたいところなんだけど、実は消灯時間すぎてんだよな、今」
「そうなのか? すまない」
「いーっていーって。つーわけで、今日はお前の部屋に泊まるから。お前は寝ろ」

「たっだいまー」
「おかえり」
「梅枝は?」
「寝てる。おまえ、風邪薬くらい説明しとけよ……」
「あっれ、分かんなかったの、あいつ。いっつも目ぇ見えてんじゃねぇのか、ってくらいフツーにしてたから意外」
「…………」
「一人で料理してた時はまじびっくりしたし。人間その気になればなんでもできるよな。俺、最初梅枝と同室って聞いたときはどうしようかと思ったけど、結構ホッとした」
「そっか。んじゃ、俺帰るわ」
「あれ、帰んの? 泊まってきゃいいのに」
「泊まる用意してねーし。じゃあな」

「……鷲尾?」
「おまえ、それで見えねーってのがすげぇよな。おはよ」
「おはよう。……貴浩は、帰ったのか」
「そーそー。折角なら泊まってきゃよかったのにな。朝飯どーする?」
「行く」

 何となく気付いていた。消灯時間を過ぎてる、というのが嘘であることに。傍にいてほしい、だなんて認めちゃいけない俺を誤魔化すための、優しい嘘。
 こんなにも不義理を重ねている俺に、どうしてあいつは優しさを注ぐのだろう。もうどろどろに甘やかされてしまった俺は、あいつ無しでは生きられないんじゃないか、なんて弱音には気付かないフリをした。
 逢いたい。どうしても、逢いたい。
「貴浩……」

  *

 桜花がオレを呼んだ。物心付いた頃から、息をするようにあいつの声だけは聞き漏らさないようにしていた俺にとって、あいつの声を聞くことは容易い事だ。もう、意識なんてせずとも聞こえる。
「なんつー声してんだよ、あいつは……」
 逢いたい、そう思ってるのが手にとるように分かる。でも同時にあいつは俺に依存したくはない、と思ってる。
 あいつの願いなら何だって叶えてやりたいのに。その願いが矛盾していたら、オレはどうすればいい?

  *

 あいつの右斜め後。どんなときでも、そこが俺の立ち位置だ。片手に収まるだけの分量のプリントをあいつに押し付け、目指すは教室。わざわざあいつに運ばせても意味が無いくらいの量だが、クラス全員分の夏休みの課題を俺が一人で運んでいる横で手ぶらで歩かせるのは腹が立つから押し付けた。
「ったく、俺に物運ばせようだなんて思うのはお前くらいだろうな?」
 嫌味を言いながらあいつは受け取ったが、顔は何故か嬉しそうだ。多分Mなんだろう。
「俺の荷物の量を知って隣を手ぶらで歩こうとするやつはお前だけだろうな。おい、下りだ」
「るせー、わかってるっつの」
 片手が塞がった状態で手すりに手をかけ、するすると階段を降りていくこいつが、全く目が見えていないだなんて初対面の人間だったら絶対に思わないだろう。
「てか、これ何だよ?」
「表紙には『なつやすみのとも』って書いてあるな」
「げ、宿題かよ……。しっかし、すげー「踊り場」皮肉なネーミングだよな、これ」
「皮肉っていうよりも教員の願望だろ。10時方向に下り」

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