小説置き場。
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佐渡が扉を押し開くと、ちりんちりんと軽快なベルの音がした。それ以外の音はしない。床に敷かれた絨毯が音を吸収するのか、建物の中は静寂に満ちていた。二人が建物の中に入ると、後ろの扉が閉まっていく。開口部から差し込む光がなくなると、建物の中は急に暗くなったように和也には思えた。静寂が、痛い。外でなら感じられた風の音や鳥の鳴き声、噴水の水音といったものすらこの空間には無かった。立ち止まったままの佐渡に今からどこにいくのかと和也が尋ねようとした瞬間、扉が開く微かな音が聞こえた。視界の右端にあった扉だ。そこから一人の男性が姿を現した。
「ようこそおいでくださいました」
かっちりとした正装に身を包んだ彼が、柔和に和也に微笑む。おそらく、この屋敷で仕えている人だろう。そこまで恭しく歓待される身分ではない、と和也は身を固くした。が、佐渡は意にも介していないらしい。和也のキャリーバッグを指さして至極当然のように言った。
「この荷物を翡翠寮まで運んでおいてくれないか」
「畏まりました。翡翠寮でございますね」
「ああ」
ワンテンポ遅れて和也が会話の内容を理解する。ええっ、と声を上げる間もなく使用人は恭しく、それでいてなかなか強引に和也からキャリーバッグを取り上げた。
「えっと、お願いします……?」
和也が訳が分からないままに長身の使用人を見上げると、彼はやはり柔らかく微笑んでいた。
「畏まりました、柏木さま」
くすぐったいを通り過ぎて居心地の悪さすら感じだした和也が固まってしまったのを見て、佐渡がため息を付きながら間に入る。
「――それから、理事長はいるか?」
「はい、在室しております」
「わかった。行くぞ、柏木」
和也の返答も待たずに佐渡は歩き出した。それに続く和也。暫くして後ろを振り返ると、和也のキャリーバッグを持った使用人が頭を下げて和也達を見送っていた。
無意識のうちに足音を殺しながら、和也は辺りを見回してゆっくりと進んでいく。ざっと見る限り三階分の吹き抜けになったホールに、先を行く佐渡の声が染み渡った。
「外からみると、やっぱりこの学園は豪華なのか?」
極彩色に彩られたステンドグラス越しの光の中、佐渡が和也の方を振り返る。眩しかったようで、左手を目の隣にあてていた。左耳のピアスが光を跳ね返してきらきらと光る。
和也は苦笑した。
「そうですね。外に噴水はありますし、ステンドグラスはありますし。床は絨毯ですし」
「流石に絨毯なのはここだけだ」
「噴水とステンドグラスは他にもありそうですね」
佐渡がむきになって言い返す様がおかしい。調子に乗って和也が揚げ足をとると、佐渡が首を傾げた。
「そんなに珍しいか……?」
「高校にはあまりないと思いますよ。ミッション系の学校だったりすれば、あるのかもしれないですけど、せいぜい一つくらいでしょうね」
「そういうもんか。小学校からこの学園だと、よくわからないな」
佐渡の声に微かに憧憬が混ざっているように、和也には聞こえた。
玄関ホールの突き当たりにある階段を三階まで登り、廊下に入る。窓からは校舎らしい建物を見下ろせた。まだ春休み中だが、校庭を走り回っている生徒もいる。和也が窓の方にばかり気をとられていると、佐渡が唐突に足を止めた。危うくぶつかりそうになって和也が廊下を見渡す。佐渡の前の扉の脇には理事長室と堂々と書かれていた。
「え」
固い動きで和也が佐渡を見ると、佐渡は重々しく頷いた。
「理事長から話があるそうだ」
「そういう事は早く言ってくださいよ! 先輩!!」
「さっき理事長はいるか、って聞いてただろ。それで気付けよ」
佐渡が理事長室の扉をノックする。和也が制止する間も無かった。
「高等部生徒会の佐渡です。編入生を連れてきました」
少し間をおいて聞こえた入室許可に、佐渡は扉を押し開けた。
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