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小説置き場。
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カイトの話の次の次の世代の子、カズが主人公な話。
なんかカイトって名前のじーさんにはもの凄く抵抗を感じるな…。





 じいちゃんがまだ僕くらいの年だった頃には、ポケモントレーナーという職業があったらしい。



 林の中を駆け抜ける少年が一人。
 その少し前方で、茶色と白色の毛皮に覆われた膝丈くらいの小さな生き物が、四本の足を素早く動かしてその少年を先導していた。
「フィア、どっち!」
『もっとずっと西のほうだって!』
 後ろを振り向いたフィア、と少年に呼ばれた生物が叫んだ。
 が、次の瞬間。フィアは細長い丸みを帯びた耳をピンと空に向けて伸ばし、また叫んだ。
『あぁっ、また逃げる!』
「うっそ!何とかしてよ、フィア!」
 少年が殆ど怒鳴り散らすような声量で言った。
 が、フィアだって負けてはいない。
『オレはただのイーブイなのっ、んな無茶言わないで!』
 もうお喋りはおしまい、と言わんばかりにフィアは加速した。
 少年もその意思を汲んだのか、何も言わずにスピードを上げた。



 ポケモントレーナーとは、ポケモンたちを捕まえて、育てたり、戦わせたりする人々のことだ。
 当時はそれが大人気の職業で、じいちゃんを始め、殆どの子供たちがポケモントレーナーに憧れた。
 じいちゃんも、旅に出たことがあると言っていた。
 まだ、ポケモンが僕たちの身の安全を保障してくれた頃の話。



『だめだった…テレポートで逃げられた』
 フィンが唐突に足を止めて、ほっそりとした耳と共に項垂れた。
 後ろを走っていた少年も、それに合わせて立ち止まる。
 息をハァ、ハァと荒げながら、少年はフィンに無理やり笑いかけた。
「連れて行かれちゃったね…」
『ヘラヘラしてる場合じゃないっ!』
 フィンは毛を逆立てて怒っている。
「でも、さ…こうなったら、どうしようもないんだよ」
 少年が殆ど落ちそうだった帽子を深く被りなおした。
 絶対、帰ってこさせる…そう、呟きながら。



 今からおよそ五十年くらい前だった。
 人間とポケモンの間で結ばれた友好関係が崩れ去る事件が発生した。
 ある組織が、とあるボールを開発したのだ。
 それは、今までの身体のみを拘束するボールとは違って、ポケモンの精神を拘束するボールだった。
 捕まえられたポケモンは、ただただ主の言うことを聞くだけのぬいぐるみのようになってしまうのだ。

 そして、

 今まで、人間と共に歩いてきたポケモンは、人間の前から姿を消した。




 積み重ねられた本、本、本。
 その本の林の隙間に、その人はいた。
 行儀悪く足を組みながら、古い本を片手に目の前のディスプレイを睨んでいた。
 彼は随分とヨレヨレになった白衣を適当に羽織っていて、指をひと舐めして本を捲る。
 そこに書かれていた小さな小さな文字を、すでに髪色も真っ白になった彼は読んだ。

「じいちゃん、ただいまー」
 そう、微かに声が聞こえた気がして、老爺は顔を上げた。
 元気な孫の声に、今まで強張っていた顔が自然と緩む。
「おお、カズ、こっちじゃこっち、ちょっと来てくれんかー?」
 久しぶりに大声を出した所為か、言い終わった瞬間老爺はむせた。

「じいちゃん、また研究室に篭りっぱなしかなぁ」
 少年が廊下を早歩きで歩きながら呟いた。
 隣を付いてきていたフィアが足取りも軽く少年の肩に飛び乗り、前足を丁度少年の頭に乗せた。
『多分そうだよ。昔っから研究を始めるとひたすら熱中するんだ。
 たぶん今からカズ、あれ持ってこいだのこれ持ってこいだの言われるに違いないね』
 カズ、とフィアに呼ばれた少年ががっくりと項垂れた。
「仕方ないよ…もうじいちゃんの世話をするポケモンはいなくなっちゃったし」
『全員逃がしたもんなー。とは言っても数匹は戻ってきてるはずだけど』
「へ、誰が?」
『烈火(バクフーン)とルファ(アゲハント)とジン(ハッサム)。
 カイトの一軍だったくらいなんだから、そうそう捕まりはしないんじゃない?』
「ならいいんだけど」
 カズはそう言って足を止めて、丁度目の前にあったアンティークな木の引き戸を開けた。
 その先に広がるのは、本の塔達だった。
 その隙間から老齢の男性の姿が見える。
「じいちゃん」
 カズが呼びかけると、老爺はカズを手招きして傍に呼び寄せた。
 本を器用に避けて、カズが老爺の隣に行く。
 老爺はそれを認めると、机の上のディスプレイを引き寄せた。
「カズ、久しぶりじゃの」
「うん。元気だった? じいちゃん」
「何を。わしはまだまだ現役じゃて」
「またまた…無理はしないでよ」
「わかっとうって」
「本当に?」
「本当じゃとも」
 目があって二人は笑う。
「それで――じいちゃん。何の用?」
「そうじゃったな。
 さて、カズ」
 急に老爺は真面目な顔つきになった。

「おまえ、ポケモントレーナーになる気はないか?」


 カズはしばらくの間、老爺の言っている意味が分からなかった。
 ポケモントレーナー? なる?
 ポケモン? トレーナー?
 ・
 ・
 ・
「はぁ!?」
 ようやく意味を理解する。
 ポケモントレーナーとは、もう何十年も昔に消え去った職業だ。
 大まかに言うと、ポケモンを『モンスターボール』と呼ばれるボール類で捕獲し、育て、賞金を賭けて戦闘させることで資金を得て町から町へと旅する職業ということになる。
 この表現では何だかとんでもない人々のようだが、ここで言う戦闘とはスポーツと似たようなもので、ルールも明確に決まっているし、ポケモン達だって嫌がりはしなかった、らしい。むしろ喜んでトレーナーと旅をするポケモンは数多くいたようだ。
 が、現在はとある事情でポケモンが人間の前に現れることすらほとんど無い。
 肝心の『捕まえる』工程ができなければ、この地方の人間は誰もポケモントレーナーになれないのだ。
「そう驚くな。実はわしの古い友がサイハテに住んでおるのだがな、そいつに昔の預け物を返してもらいたいのじゃよ。
 じゃが、わしももうこの年じゃ、流石にサイハテまではよう行かんわい。
 そこで、おまえに取って来てもらいたいんじゃよ。別に時間はいくらかかっても構わん。
 フィンもおれば、大抵のことは何とかなるじゃろう」
「へ、あ、う? サイハテ!? あんなところまで俺行くの!?」
 この地方は北にある大きな島の一部と南にあるそれよりも少し小さな島でできている。
 ここは北地域の東南端、対するサイハテシティは南地域の北東端。
 直線距離なら近いが、北地域と南地域の間には年中荒れる海があり、そこを渡るにはひたすら西に行って、比較的海が穏やかなところで定期船に乗らないといけないのだ。
 要するに、この地方の殆どを歩くことになる。
「別に行けんことは無い」
「ってかお金は!? それにフィン取られたらお仕舞いじゃん俺!?」
「フィンはおそらく大丈夫じゃ」
「何その自信!?」
「まぁまぁ落ち着け」
 老爺はそう言って、一息つく。
 カズの肩に乗っていたフィンがするすると机の上に降りた。
『まぁ例のボールは普通のポケモンにしか通用しないからね。
 一部人間に偏ってるオレは捕まえられないはずだよ。そういうことだよね、カイト?』
「その通りじゃ。精神のみを拘束するボールで助かったの、フィン」
 カイト、と呼ばれた老爺がフィンのふさふさの頭を撫でる。
 何だか誤魔化されている気がして、カズはぶんぶんと頭を振った。そうだ、お金!
「ってじいちゃん、お金はどうするのさ!」
 サイハテまで歩いて行くとなったら軽く1年はかかる。
「なぁに、何とかなるわい。おまえは若いしな」
「んな無茶な!」
 思わずカズは叫んだが、だからと言ってカイトの意思が変わるわけがない。
『諦めたら? カズ。
 こうなったカイトは何処までも頑固だよ?』
「うん…そうする」
 フィンにまでダメ押しされて、がっくりとカズは項垂れた。
 それとは対照的に、カズに肯定の返事を貰ったカイトは嬉しそうだ。
「それじゃあ行ってきてもらうかの。
 預け物はわしの若いときのスケッチブック。預かってるのはアカネというやつじゃ」
「アカネ? じいちゃんの元彼女とか?」
「ふぉっふぉ。会ってみればわかる」
 カイトはただただ笑うだけだった。
 ふーん、とカズが呟く。
「じゃあ、適当に道具準備してくる。何かあったほうがいい物ってある?」
「旅は半分以上が野宿じゃ。そのときに困らんようにな」
「うん、わかった。明日来るよ」
「うむ。また明日、カズ」
 本の山を崩さないようにカズが部屋を出る。
 それを見送って、部屋に残ったフィンが口を開く。
『…父さんから聞いたカイトの旅立ちのときとそっくりだね、強引なところとか』
「そうじゃったか?」
『ってかさぁ、カイト』
「なんじゃ?」
『カズの両親に無断でこんなこと決めてよかったの?』
「向こうから頼まれたのじゃよ、もうちょっと視野を広げてやれ、とな」
『でも危ないよ、一人旅なんて』
「可愛い子には旅をさせよと言うじゃろうに。それに一人旅ではあるまい?」
『…そうだね、オレが頑張ればいいだけか』
「そういうことじゃ。頼んだぞ、我が友の息子よ」
『任されたっ! じゃあオレはカズの手伝いでもしてくるよ』
「ふぉっふぉっふぉ。行ってくるがええ」
『うん!』
 カイトはフィンが部屋を出て行くまで、ずっと笑っていた。

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