小説置き場。
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死者を蘇らせる能力と謳われているけれど、そんなものどこまで本当か分からない。本当に本人かもしれないし、それとも俺の記憶から再構成された偽者なのかもしれない。それでも、どっちでもよかった。俺はもう一度彼に会いたかったから。強烈な光であった彼を失う事で、壊れていくモノを見て見ぬフリはできなかったから。だから俺のチェインでできることがあるなら、やるしかないと、思った。
薄暗いパンドラ本部の俺の部屋。久しぶりにチェインの本体を呼び出して、俺は目を閉じる。
――代償は何か、わかっているな?
ああ。頭の中に直接響く掠れた声に答える。事前に警告をくれるのだから俺のチェインは酷く良心的だ。
「俺の記憶を代償に、あいつを……エリオット=ナイトレイを呼び出してくれ」
もう後戻りはできない。記憶の中の彼が俺に怒鳴り散らすのが簡単に想像できた。優しい優しい、あの頃の思い出。でも今こうやって思い出していることすら、俺は忘れる。
――承知した。
ぷつん、と重苦しい声が途絶える。流れるように思い出していた彼の事もぷつん、と止まる。それから意識が吸い込まれるように落ちていった。
あ、俺床で寝ることになるな。
*
「……っ! ローランド! ローランド!!」
耳元で必死そうに俺を呼ぶ声が聞こえた。体も結構な勢いで揺さぶられている。この声は、えっと……。
「ギルバート、さま……?」
思ったよりも声は出なかったが、それでも揺さぶりを止めるには効果があったらしい。重い瞼を上げると、随分と思いつめた金色の瞳が俺を見つめていた。くしゃくしゃの黒髪を揺らしながら、すとん、と座りだす。
「意識が戻ったんだな……」
「ええと、おかげさまで……?」
一体何があったんだ。どうしてギルバートがいる? っていうかここは……パンドラの自室だ。ベッドで俺は休んでいたらしい。
「あの、何か御用ですか?」
ベッドの脇、床にギルバートは座り込んでいる。様子が、多分おかしい。おそるおそる声をかけると、絞り出すような、微かな声で返答があった。
「お前まで……いってしまうのかと思った……」
右手をぎゅうと握りしめているギルバートの声は震えていた。よっぽど、堪えるような事があったらしい。俺はベッドから身を起こして、握りこまれた右手の指をそっと外してやった。
「何があったのかは存じ上げませんが……俺でよければ、お話くらいは伺いますよ?」
それは、俺にとっては何の他意もない問いかけだった。ギルバートが凹んでいるのなら、少しは慰めてやりたい。俺は従者だが、ナイトレイ家の裏稼業やパンドラにおいては俺とギルバートは同僚だ。人の上に立つ事をあまり良しとしないギルバートとは、身分的にはおこがましいものの、友人のような関係を築けていると思っていた。だからこその提案だ。
それに対するギルバートの答えは、驚愕に見開かれた目だった。
「存じ、あげな……い……だと!? お前、もしかして忘れたのか!?」
思いっきり俺の肩に手を置いて、またギルバートが俺をがくがくと揺らしにかかる。
「な、何をですか……?」
「エリオットだ! ナイトレイ家嫡男、俺の弟の、リーオの主人の!! 忘れたのか!?」
エリオット。その名前に聞き覚えはなかった。ギルバートの弟と言えばヴィンセントだ。だが彼の従者はエコーであって、リーオではない。リーオの主人は……と記憶を辿って、そこで俺は不自然な空白があることに気が付いた。きっと、そこに入るのがエリオットという名前だろう。
「……多分、忘れていますね」
「ローランド……」
ギルバートの手が、力無く俺の肩から落ちる。何があったのかは俺にはよく分からないが、ある可能性に俺は気付いていた。だが、それを確認する前に俺にはやらなければならない事がある。
「なので、何があったのか、俺に教えてくれませんか?」
それは、目の前の主人を落ち着かせる事と――俺がどんな記憶を失ってしまっているのかを、確認することだ。
*
ギルバートから聞いた話ではこうだ。
エリオットというのはナイトレイ公爵の実子、つまりギルバートからすれば義弟になる。そして末っ子。成人の儀は済ませているが、まだラトウィッジに通っているという事で一家の中ではまだまだ可愛がられていたらしい。俺は彼がラトウィッジに入学する前は彼の専属護衛だったらしい。確かに、誰かの護衛をしていたという記憶はある。性格は清廉潔白、貴族としての誇りを高く持っていた、と聞くと俺は苦手なタイプのような気がするが、同類のギルバート曰く、身分の別なく分け隔てなく接するタイプだったようで、そういえばあのリーオを自らの意志で従者にしたらしいということを思い出せばそれほど苦手なタイプではないだろう。お前とも仲は良かったよ、と湿っぽい声でギルバートは言った。
で、湿っぽい理由だが、そんな彼は先日亡くなった。だからこそのパンドラに漂う葬式ムードで、っていうか彼の葬式に俺は参列していた。そこからは結構覚えている通りだった。死因は全身の傷口からの失血死だが、状況は不明。唯一現場を目撃した生存者と思われるリーオは発狂しかけてロクに話を聞けていない、という状況でヴィンセントがナイトレイ公爵を殺害してリーオを連れて逃走。ヴィンセントはブラコンな割には兄の胃を痛くさせることに頓着はしない弟だった。
一通り話した事でギルバートは少しは落ち着いたらしい。取り乱して悪かった、と言って俺の部屋を出て行った。俺以外誰もいない部屋。決して広くは無いが、俺があまり物を置かない性格だからかガランとしている。その静寂の中、俺は静かに一人の名を呼んだ。
「――ミラ」
「はい、お兄様」
唐突に部屋に姿を表したのは、俺よりも少しばかり年下な、可憐な少女だった。というか、俺の妹。多少は兄の欲目もあるのかもしれないが、それを差し引いても十分可愛いと、俺は思っている。
ただし妹には、実体がなかった。彼女は疾うの昔に死んでいる。普通ならば幽霊と呼ばれる類なのだろう。
「人形(ドール)が一人、増えてやいないか」
「ええ、そうですわ。煩くて堪りませんの。お兄様、どうかお話しして差し上げて?」
妹は花も綻ぶような、小鳥が囀るような声で話す。
「ああ、そうする。けどその前に聞いておきたいことがあるんだが」
「なんですの? お兄様」
「お前はそいつのことを知ってるのか?」
けれど時折、その声が酷く無機質に聞こえることがある。
「いいえ、お兄様。私達チェインの記憶は、宿主であるお兄様に記録されます。ですから、お兄様が彼についての記憶をすっかり差し出してしまったのなら、私の記憶もその時に差し出されてしまうのですわ」
「そうか。分かった」
チェインとしての性質を話す時がその最たるもので、その度に俺は妹は決して人ではないのだということを思い出すのだ。人が死んだあと、その人物がどうなるのかは俺は知らない。知らないけれど、俺は自然の摂理にかなり反した事をやっているのではないかと、ぞっとする事はよくあった。
目を閉じて、何も無い宙に意識を凝らす。無意識も静まり返って、完全な静寂に俺の意識が満たされた頃、すぅっと光が見えた。その声に、俺は『命じる』。
「来い……! エリオット=ナイトレイ――!!」
光が、弾ける。急速に浮上した意識に従って目をあけると、そこにはやはり半透明の、少年がいた。
そして、
「何、してくれてんだこんっのドあほ!!!!」
怒鳴られた。
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