小説置き場。
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「ごめん。ごめん、ね……エリオット」
「どうしたんだよ、突然」
「出会わなければ良かったんだよ、僕たちは。係わり合うべきじゃあなかった。そうすれば、君が、あんな風に死ぬことも無かったのに」
「おいリーオ」
「だけどね、だからと言って君のいない日々なんて、僕にはきっと選べないんだ」
「……人の死因を勝手に自分のものにするな。あれは俺の責任だったんだから」
*
「――。久しぶりだな」
彼がおれの名前を呼ぶ。けれど、違う。彼に呼んで欲しい名前はもっと別の名前だ。どうして、そう思うかは分からないけど。
「久しぶりという程でもないよ。また来たんだ、鴉(レイブン)」
どうして有力貴族の嫡男である彼が、こんな年下のおれに仕えたがるのかは分からない。それでも彼が本心で、本気でおれに忠誠を誓っているのは分かる。そして、おれを通しておれじゃない誰かを見ていて、けれども、確かにおれを見ている事も。
「ああ。暫くは会いに来れなくなるからその挨拶と、弟を連れて来た」
「なんだか凄く違和感のある用事の組み合わせだね」
彼はおれに忠誠を誓っているけれど、だからといっておれの命令に従うとは到底思えなかった。彼はおれの従者らしいが、おれは彼の主人じゃあない。彼が従うのは本当の主人の言葉だけだ。そうでなければ、勝手に従者になっておいて、主人の許可も得ずに『暫く来ない』だなんて言えないだろう。彼は矛盾に満ちている。それでいいのだと思う自分は、もっと矛盾に満ちている。
「唐突ですまないな、――」
また呼ばれた名前は、ノイズが走ったように聞こえない。それはおれの名前じゃない。ただの音の羅列。だけどおれの頭に載せられた彼の掌の温もりは本当だった。
「エリオット、入っていいぞ」
彼がドアに向かって声をかける。その名前に、おれの心臓がどきん、と高鳴った。エリオット。おれはその名前を知っている。胸にぽっかり開いた穴のような喪失感と共に、おれは知っていた。
扉が開く。初対面であるはずのエリオットはそこから姿を現わして、そして真っ直ぐにおれを見て、呆然とおれの名前を呟いた。視界がぼやける。慌てておれに駆け寄ってきたエリオットはそのままおれを抱きすくめて、そして誰にも聞こえないような大きさの声で言った。よかった、と。
おれの涙は止まらない。どうして泣いているのか分からない。悲しさと懐かしさと嬉しさがごっちゃになって、ぽろぽろと涙を流すおれを、彼とエリオットは何も言わずに抱きしめてくれた。何も言わなくても、よかった。
彼の本当の名前は知っている。主従の契約を交わす時に、一度だけ呼んでほしいと伝えられたから。名を呼んだ時の彼は、自惚れではなく本当におれを慈しんでいるのだと見ただけでわかるような眼差しをしていた。だから、彼の本当の名前は呼ばない。まだ呼べない。あの眼差しに答えられるようになるまでは、まだ。
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