小説置き場。
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※下品なネタもあります
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静まり返った部屋の中、おれは聴感の精度を上げる。代償として動きが鈍くなるけれど、マスターの隣で寝転がっている今は大した問題でもない。暫く集中すれば、僅かなノイズが沢山混ざった静寂の中から、ボーカロイド特有の稼動音が聞こえてきた。やっぱり。アーくんはまだ起きてる。
すっかり寝入ったマスターの額に軽く口づけて、おれはそっとベッドを抜け出した。
完全にスリープモードに移行している帯人はともかく、マスターを起こすわけにはいかないので慎重にリビングへ続くドアを開ける。それでも鳴ってしまった開閉音に、ドアの向こうのアーくんが薄く目を開いてこちらを見た。
キィィと甲高い音を耳が拾う。人間の可聴域を越えた周波数の音の聞こえ方だ。慌てて可聴域を広げ、ついでに人工声帯も高周波が出るように調整。アーくんはスピーカーから合成音声で喋ってるだろうから、ちょっとずるい。
『……イト、聞こえるか?』
『聞こえるよ』
わざわざ人間の可聴域を外すのは、当然マスターの為だ。ただ部屋の防音効果が超音波にまで及んでいるのかはおれは知らないし、アーくんの横で三角座りをして寝ている帯人は起きかねない。
『で、何してんだお前』
『アーくんこそ、何してるの? 今日は様子がおかしいよ』
夜に、しかもおれとマスターが二人っきりの時にマスターの部屋に入ってくるし、しかも今だって寝ていない。例え機械であってもボーカロイドには睡眠が必要だ。メモリの整理は、外部からの入力信号があると上手くいかない。そしてそのメモリの整理を、おれ達は夢と呼ぶ。
『……邪魔して悪かったな』
『そんなことはどうでもいいの、アーくん。でもアーくんが部屋に入ってくるなんて珍しいよね、何かあったのかな、っていうのはおれもマスターも思った』
『マスターは?』
だからどうしたの、と聞こうとしたところでアーくんに遮られる。脈絡の無い問いでも、アーくんが聞きたいことはすぐにわかった。
『マスターはぐっすり寝てるよ。だから、どうしたの?』
アーくんの前に屈み込む。下からアーくんの伏せられた目を見上げると、紅色の瞳におれが映りこんだ。でもすぐにそれが消える。
*
『……マスターが、死ぬ夢を見た』
『うん』
『起きたときに、どうしても不安になって……でも生きてるマスターを見たら安心した』
『うん』
アーくんがぽつぽつと喋りだす。でも、ここまでじゃあまだ今起きている理由にはならないはずだ。黙って促すと、目をつむっていたアーくんがキッとおれを睨んできた。
『それで終わりだっ! 子供みたいで悪かったな!』
少し大きな声に帯人が寝ながら眉を寄せる。それで頭が冷えたのか、気まずそうにアーくんがおれから視線を外した。
『マスターが死ぬのが怖いのは、当然のことだよ。おれだって怖い』
*
「どうした、アカ? 寝られへんのか? 添い寝ならいつでも歓迎やけど」
「えーっ、ずるいですよ!」
「お前はしょっちゅうベッドの上で寝てるやろうが」
「あ、や、いい。それは」
「そうか? なんか言いたいことあったら俺に言うんやで」
「あぁ……悪ぃ、邪魔した」
(マスターが死ぬ夢を見た、なんてどう言えばいいんだよ)
「……どうしたんや、あいつ」
「いつもと様子が違ってましたね」
「…………」
「……マスター。続き、します?」
「うーん、なんか興が削がれたなぁ。お前は?」
「おれもです」
「んじゃ寝るか」
「そうですね。おやすみなさい、マスター」
*
「マスター。帯人くんも一緒に住む、っていうのは賛成なんですけど……彼に何させるんですか? 正直おれとアーくんで手は足りてるように思えるのですが」
「せやねんなー。うーん、自宅警備員でもやってもらうかなぁ……」
「武器の改造はほどほどにしてくださいよ」
「いやいや、人間に体弄られるのは嫌やろ。やから何かソフトをインストールして、って形になるんやと思うわ」
*
「カイト、お前何やってんだ?」
「あはは……凄く喉が渇いたから水を飲んだんだけど、タンク外しっぱなしだったこと忘れてて、ね」
「それでそのまま床に水がぶちまけられたってことかよ。……アホだな」
「うわーんいじめないでよアーくんのあほー! おれだってちょっとは後悔したんだから!」
「(こいつが年上、ねぇ……)」
*
「暑い……マスター、給水してきます」
「ん。ちょっと待って俺も小便行きたい」
「え、ちょ、マスター! ……いいです、台所に流しますっ!」
「なっ……流石の俺でもキ○タマから出た液体をそのまま流しに流されるのは嫌やで!」
「変な言い方しないでください! ただの冷却水じゃないですか! 大体、そのくらいの常識はありますよ!」
「あー、あのちびタンク取り外すんか」
*
「なぁ、……マスターに先立たれたら、お前はどうする?」
「おれ? おれは……何もしないでゆっくりと朽ちていきたいな。いつまでかかるかわからないけれど。……ああそうか、でも動力の確保ができないね。アーくんは?」
「オレは……わかんねぇ。想像もできねぇんだ。マスターがいなくなったら、オレ、は……」
「マスターも、寿命が近づいてきたらそれなりに考えるでしょ。それよりも、おれは急な事故死とかが心配だな。マスター鈍臭いし」
「……制度的にはどうなるんだ?」
「現行の制度ではおれ達のとれる道は三つ。マスターの後追いをして廃棄してもらうか、初期化してまた他の所有者の元へ行くか、もしくは記憶を残したままマスター登録だけ書き換えるか、だね」
「あのリンは最初のを選んだ、ってわけか……」
「ちなみにおれは最後のやつね」
「……へ!?」
「おれ、こう見えても結構なおじいちゃんロイドなんだよ? マスター三人目だし。まぁ、ボディは数回乗り換えてるけどね。稼動時間が長いおれみたいなのもみんな丁寧に扱ってくれて、ロイド冥利に尽きるってのはこのことだよ、うん」
「そ、そうか……」
「ちなみにマスターの目当てはおれの使い込まれた論理回路だったみたい。おれみたいな人格が完成されたロイドは人気ないからね、お店の人も扱いに困ってたところにマスターがやって来て、舌先三寸で丸め込んでタダでおれをお持ち帰り、だったなぁ……」
「じゃああいつ今までアンドロイド金払って買ったことないのかよ!」
「マスターならどんな欠陥も自力で直せるからねぇ」
*
「最期にあなたのような人に出会えて、よかったです」
*
「わたしを機能停止状態にしてください」
「ホンマに、ええんやな?」
「はい。最期までご迷惑をおかけします」
「それはええんやけど……その後、お前のボディはどうする? 希望はあるか?」
「特には、ありません」
「ふむ……んじゃ、ものは相談やねんけどな、今俺ボディを無くした子を預かってんねや。そいつに譲ったってええかな?」
「初めからそれを考えていたんではないですか?」
「まぁ否定はせん。でもお前さんの意思を踏みにじってまでとはおもっとらんし、ええやん」
「……一度、会わせてもらえますか?」
「構わんよー。ただな、ボディ無くしてるから今俺のパソコンの中に住んでんねや。お前と接続すると同化が怖いから、文字情報の入力でしか意思疎通できひんねんけどそれでもええか?」
「はい。お願いします」
「おっけ。相手は鏡音シリーズのリン、要するにお前と型は同じや。もっともレンとの同時発売モデルやから、そういう意味ではお前とは違うんかな。まぁ漏れなくレンが着いてくんでーってことだけは理解してな」
*
「ごっつ酷い怪我やんか。大丈夫か、お前」
「……っ! マスター、ちょっと待て!」
「ん? アカ、なんや?」
「オレの、知り合いだ」
「せやったら尚更ほっとかれへんやん」
「だからっ、」
「アーくんがやんちゃしてた頃の知り合いだから人間嫌い、とか?」
「そうなん?」
「ちがっ……ああっ、もうそれでいい! んで帯人ッ! お前は笑い堪えてるんじゃねぇ!」
「あっはははは! 突然姿を消したと思ったら、随分変わったんだね、アカイト」
「うるせぇっ! とっとと出すもん出しやがれ!」
「うわーすっごく悪役じみてるその台詞」
「アカ、カツアゲはあかんよ」
「外野は黙ってろっ!」
「出すものって、何のことかな?」
「アイスピックに決まってんだろーが」
「どうして出さないといけないの?」
「オレの阿呆マスターがどうせお前を家まで強制連行しそうだからだ。凶器持った奴を迂闊に近づけられるかっ」
「へぇ……。人間が、僕に何の用?」
「用があるんはお前の体や。そないにボロボロなん見てほっとけるわけないやろ?」
「そこは是非放っといてほしいね。人間の助けなんて借りてたまるもんか」
「帯人。お前らでどうこうできるレベルの損傷じゃないだろ、それ。マスターに診てもらった方がいい」
「マスター、ねぇ……あのアカイトが、随分とほだされたみたいだね。あれほど人間が憎いと言っていた君はどこに行ったの? それとも都合の悪い記憶は全て忘れた? 僕たちをモノとしてしか見なかった所有者のことなんか。君に乱暴だってはたらいたのにそれも都合よく消去してもらったのかい? 優しい優しいゴシュジンサマに」
「てめぇっ!」
「……アカ」
「マスター。……悪い。気ぃ悪くさせた」
「何言うてんねや。全部そいつの妄想やろ?」
「……こいつを、助けてやってくれないか。このまま放っておいたら、電源が切れて止まっちまう。頼むっ、なぁ!」
「だから俺は別に気ぃ悪くなんかしてへんって。カイト、運んだげてくれるか?」
「はい、マスター」
「マス、ター……」
「ようセーブモードに落としたな。偉いで、アカ。……偉いついでに、カイト手伝ったってくれるか?」
「……ああ」
*
「帯人。どいて」
「やだ」
「なーんかさぁ、俺ってボカロに一回は押し倒されなアカンの?」
「へぇ、カイトだけじゃあなかったんだ」
「一回だけな。首締められかけて危うくぶっ潰れるところやってんで」
「ふーん(……何が?)。で、この状況に対する感想は?」
「今日はえらい構ってちゃんやなぁ、どうしたん?」
「もし今押し倒してるのが僕じゃなくてカイトだったら?」
「……変なこと想像させんといてくれる、帯人」
「ホント、アンタって最悪」
「カイトとお前らで扱いが違うってことは始めに言うたやろ」
「なに、やってるんですか……?」
「カイトー助けてくれぇ帯人がどいてくれへんねん……っ!?」
「帯人! マスターに何するんですかっ!」
「痛っ。何って、キスだけど?」
「こんの……っ」
「何やってんだよお前ら……。帯人、カイトをからかうのもいい加減にしろよ……。とばっちりを食らうのはマスターなんだからな」
「ふんっ。いい気味だね。それじゃあマスター、お邪魔虫は退散しますからどうぞカイトとごゆっくり」
「近所迷惑だからさっさと防音室に引っ込めよ。じゃ」
「お前らなぁ……っ」
「カイト……?」
「何ですか、マスター」
「怒っ、とる……?」
「ええ。……おれ自身、こんなにも自分は狭量だったのかと驚いています」
「ゆーておくが、絶っ対に俺のせいちゃうからな!」
「そうですね。でも折角二人とも気を利かせてくれましたし……イイコト、しません?」
「……っ! 耳元で囁くなっ!」
「マスター耳弱いですもんね……」
「っ! カイトッ!」
「わかりました。ちゃんと部屋に連れて行きますから……マスターの声、いーっぱい聞かせてくださいね?」
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