小説置き場。
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アカイトの設定がどんどん厨臭くなっていく……
*
「触るなっ!」
「マスター!!」
「っ、カイト! あかん、やめ!」
「どうしてですか!」
「アカは錯乱しとるだけや。メモリーの強制再生が行われとるみたいやな」
「電源でも落としましょうか?」
「電源を無理に落とすんは危ないやろ。それよりもお前のその据わった目をなんとかしい。俺は大丈夫やから」
「でもアーくんの手、首に掛かってるじゃないですかっ!」
「改造でモーターの質が下げられとるからこいつめっちゃ非力や。しかもプログラムも書き換えられとるから俺の首を絞めることすらできんよ、こいつは」
「……でも見ていて気持ちいいものじゃあないです」
「そうやな。俺も落ち着かんし」
「ぅ……あ…………ます、たー?」
「アカ。落ち着いたか?」
こくん。
「……ねる」
「ん。おやすみ」
「っ!」
「カイト!? んっ……! ……どうしたんや、急に」
「マスターはおれのものですっ!」
「お前に所有された覚えはないで?」
「いじわる言わないでください」
「ごめんごめん。アカに嫉妬でもしたか?」
「っ、ちょっとはしましたけど」
「ちょっとねぇ……? その割には随分引っ付いてきてへんか?」
「気のせいです」
「アカがおらんかったらよかったのに?」
「……そう、思わなかったって言うと嘘になりますけど」
「俺、正直な子は好きやな」
「マスター……っ」
「ん?」
「マスターが、足りません」
「ええよ、存分に補給し。ただし、やんのは無しや」
「どうしてですか?」
「アカが起きたらトラウマなるやろー、流石に。自己修復履歴を読み込んだならわかるやろ? ケツの穴が切れるのは便秘以外にはどんな理由があると思う? わざわざ非力にダウングレードされてる理由は?」
「……酷い、話ですね」
「せやな。……お前やったらどうや? 所有者にそういうのを強要されたら、どう思う?」
「おれがマスターを慕う感情に、恋愛感情は入ってませんからびっくりするとは思いますけど……でも、マスターに望まれているのなら、多分、嫌だとは思わないんでしょうね」
「うん。大抵のアンドロイドもきっと、そうなんやろうな。でもAKAITOは違う。だからこそ、無理にでも手に入れたがるんやろうなぁ……」
「どうしてですか?」
「どうしてって、そりゃお前ガリガリ君とダッツやったらダッツの方がほしいやろ?」
「おれがガリガリ君でアーくんがダッツってことですかそれ」
「マスター登録をした時の心の手に入れやすさはな」
「おれ達は、本気でマスターのことが好きなんですよ?」
「わかっちゃいるが、それでも人は疑わずにはいられない。お前等が自分を慕うんはマスターやからなのか、それとも自分が自分であるからなのか。マスターじゃなかったら慕われることも無いんやろうなぁなんてアンドロイドのマスターやったら誰もが考える事や」
「おれ達だって、マスターがおれ達を大事にしてくれるのはおれがマスターのアンドロイドだからなんだろうなぁって思うんですよ。他の人のアンドロイドだったら、多分見向きもされないんだろうなぁって」
「……そうか」
「そうですよ」
「……お互い様やな」
「そうですね」
「なぁカイト」
「はい」
「それでも一つだけ知っていてほしいんはな、多分、俺はマスターとしてお前に好かれるんが嫌やったってことや。やからマスター登録も消したんやと思う。あの時の俺が何を考えてたんか、俺にはようわからへん」
*
義務で与えられる好意なんていらない。失うのが怖いから。だから失ってしまう前に手放せばいい。拒絶すればいい。
本当に信じられるのは彼女だけ。自分でさえも、信じられない。
いずれ失うのなら、この手で壊せばいい。
だから、彼の手を離したのだ。
*
「アーくんって、ホント器用ですね」
「ちょっとあれは予想外やわ」
「あれって、一人でハモれるようにするのが目的だったんですよね?」
「せや。やから人工声帯以外にスピーカーを足したったんや。本来は自分の声を録音して、再生させながら歌うっつー仕組みやねんけど、興が乗って合成音声も載せたったらあそこまで喋るとはなぁ」
「合成音声って流暢に喋ろうとするとすごく苦労するんですよね?」
「人間っぽくするのが妙に大変でなぁ、あれ。喋ったのを聞いて修正、を繰り返すんが普通やねんけど、人工声帯で発声した方が遥かに楽やからもう廃れとるねんな……で、何したん、あいつ」
「自分の声とかおれとかマスターの話し声を逐一解析してパターン化したみたいです。まぁパターン化というよりも整理しただけといいますか……」
「自分の口の動きとかとの関連もチェックできるから楽ってわけか。今度プログラム見せてもらおかな」
*
食卓の椅子に座って、一人台所で料理をしているアカイトの後ろ姿をボーッと眺める。随分手慣れた様子でゆで卵の殻を向いたアカイトはそれをナイフで刻んでマヨネーズと和えると、今度は薄切りの食パンを取り出してバターを塗っている。そうしてあっという間に一人前のサンドイッチを作り終えると、それをオレに持たせてアカイトは大きなコップにわんさかと氷を詰めて僅かに水を注ぐ。
「水?」
「カイトの冷却水だ」
オレの疑問に一言で答えてアカイトは自分のマスターとカイトが篭っている部屋に向かって行った。
*
「マスター、飯」
「ん、あんがと。その辺にでも置いといて」
「ちゃんと食えよ?」
「わかってるって。今ええとこやねん」
「……。カイト、水」
「ありがと、アーくん。マスター、おれ体冷やすんでちょっと抜けますよ」
「はいよ。メンテはしっかりな」
「マスターも無茶しないでくださいよ」
*
「調子はどうなんだ?」
「マスターが所有者の方から、おれは製造番号の方から探してるんだけどなかなか見つからないね。もうバラされてるんじゃないかってマスターが。思考プログラムだけでも押さえたいんだけどなぁ」
「GPSは?」
「切れてる。レンくんも作動してないから売る前に切ったんだろうね」
「バラされる、か……」
「もう起動しなくなったアンドロイドの部品を使いまわすのはおれは平気だけど、今回はバラすために機能停止にまで追い込んでるっぽいんだよね……流石に気分が悪いや」
「その違いはどこから?」
「人間で言う所の臓器移植、ってところかな?」
*
「悪い、レン……これが精一杯やった」
この数日間ずっとリンを探していた人間が差し出したのは、片手で簡単に握れてしまいそうな大きさの電子回路のチップだった。それが何を意味しているのかは、流石にアンドロイドであるオレにはわかる。これは、リンの「心」だ。
世界で一番大切な、オレの片割れ。
今は、こんなに小さくなって。手も繋げなくなって。オレが、無力だったから……ッ。
「マスター、ひとまずオレが載せようか?」
「いや、ええよアカ。お前に悪影響が出かねんし。とりあえずパソコンや。……レン」
眉を寄せて、悔しそうに人間がオレを呼ぶ。
「これからどうするかは、リンと相談して決め。パソコン貸したるから意思の疎通はできるはずや。リンの体が欲しかったら、その辺のジャンク屋で買い揃えたる。どうするのかは、お前らで決め」
ぽすん、とオレの頭に手を乗せて、口を開いて息を吸って、そして何も言わずに人間は立ち去っていった。入れ違いに型の古いラップトップを持ってきたカイトにリンを手渡す。
――お前らで決め。
そんなこと、初めて言われた。
カイトがリンをパソコンに組み込んでいる。アカイトが部屋を出ていった。オレはただ呆然と、突っ立ってるだけ。
「レンくん。はい」
リンちゃんだよ、そう言ってカイトはオレの前に数世代前のラップトップを置いた。デスクトップにぽつんと置かれた長方形の枠。解像度の荒い画面にカクカクした文字が浮かんでいる。
『レン、レン? どこにいるの? ねぇ!?』
リンだった。ただの四角い箱の中に、ただの液晶のパネルの向こう側に、リンがいた。視覚情報が歪む。液晶に映った文字が滲む。
「音声認識はできないから、直接キーボードで文字を打ち込んであげて。そうじゃないと、認識できないから」
カイトの声が遠くに聞こえる。それでも聞こえるだけ、なんてオレは幸せなんだろう。リンは、体を奪われたリンは、誰の声も聞こえなくて、誰かの存在すらわからなくて。ずっと、一人だったんだ。なんの信号の入力もなく、ずっと独りぼっちで、いたんだ。
キーボードに指をたたき付ける。
オレだよ、リン。レンだよ。一人にしてごめんな。
言いたい事はいっぱいあった。リンに伝えてやりたいことはいっぱいあった。なのに言葉にしたらありきたりの言葉にしかならなくて、それが酷くもどかしい。
「レンくん。事情説明はおれがデータを送っておくから……。マスターは、何て言ってた?」
「パソコン貸すからこれからのことはリンと相談しろって」
「マスターらしいね。それと、今はリンちゃん文字情報しかわからないから、普通に打つだけじゃあ相手がレンくんだと確信できないと思うんだ。だからリンちゃんが『レンくんだ』って安心できるような事、言ってあげてね。きっとすごく怖かったろうから……」
言われてそうか、と思い至る。でも何て言えばいいんだ?
『本当、に……? なんか素直すぎて変。』
お前なぁ……っ! 人が心配してるって言うのに!
『あたしのこと、心配してくれた? 本当に?』
あたりまえだろっ! と打ち込んでみてちょっと照れ臭くなって慌ててバックスペースを連打する。けどあ、れ……? 消えない?
「ああ、確定させた文字は消せないよ。一度言った事を取り消すことはできないもんね」
床に座ってじっとしていたカイトが口を挟む。そこをリアルにする必要はあるのかよ!?
『あはははっ。レンってば焦りすぎ。』
「うるせっ!」
「口で言ったってリンちゃんには聴こえないよ。……うん、できた。ちょっとパソコン貸してね、レンくん」
左手をマフラーの下に突っ込んでごそごそさせながらカイトがオレの前からリンを奪い取る。カイトが首筋からコードを引っ張り出していて少しぎょっとした。それからコードをパソコンに繋げると凄い速さでキーボードに文字を打ち込んでいく。リンを探していた時から思っていたが、このカイトはアンドロイドのくせにどうも機械に強いらしい。
“レンくんから代わってカイトです。起動してばっかりで状況がわかってないと思うから、軽く事情説明をしたファイルを送るね。スキャンして中身を確認して、それからレンくんとこれからのことを相談してください。それでは。”
オレなんかと比べると本当に一瞬と言えるスピードで長文を打ち込むと、さっさと接続を解除して再びオレの前にリンを置きなおす。
『ありがとうございます、カイトさん。』
オレとはまるで違うリンの態度にちょっとイラっときた。
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「触るなっ!」
「マスター!!」
「っ、カイト! あかん、やめ!」
「どうしてですか!」
「アカは錯乱しとるだけや。メモリーの強制再生が行われとるみたいやな」
「電源でも落としましょうか?」
「電源を無理に落とすんは危ないやろ。それよりもお前のその据わった目をなんとかしい。俺は大丈夫やから」
「でもアーくんの手、首に掛かってるじゃないですかっ!」
「改造でモーターの質が下げられとるからこいつめっちゃ非力や。しかもプログラムも書き換えられとるから俺の首を絞めることすらできんよ、こいつは」
「……でも見ていて気持ちいいものじゃあないです」
「そうやな。俺も落ち着かんし」
「ぅ……あ…………ます、たー?」
「アカ。落ち着いたか?」
こくん。
「……ねる」
「ん。おやすみ」
「っ!」
「カイト!? んっ……! ……どうしたんや、急に」
「マスターはおれのものですっ!」
「お前に所有された覚えはないで?」
「いじわる言わないでください」
「ごめんごめん。アカに嫉妬でもしたか?」
「っ、ちょっとはしましたけど」
「ちょっとねぇ……? その割には随分引っ付いてきてへんか?」
「気のせいです」
「アカがおらんかったらよかったのに?」
「……そう、思わなかったって言うと嘘になりますけど」
「俺、正直な子は好きやな」
「マスター……っ」
「ん?」
「マスターが、足りません」
「ええよ、存分に補給し。ただし、やんのは無しや」
「どうしてですか?」
「アカが起きたらトラウマなるやろー、流石に。自己修復履歴を読み込んだならわかるやろ? ケツの穴が切れるのは便秘以外にはどんな理由があると思う? わざわざ非力にダウングレードされてる理由は?」
「……酷い、話ですね」
「せやな。……お前やったらどうや? 所有者にそういうのを強要されたら、どう思う?」
「おれがマスターを慕う感情に、恋愛感情は入ってませんからびっくりするとは思いますけど……でも、マスターに望まれているのなら、多分、嫌だとは思わないんでしょうね」
「うん。大抵のアンドロイドもきっと、そうなんやろうな。でもAKAITOは違う。だからこそ、無理にでも手に入れたがるんやろうなぁ……」
「どうしてですか?」
「どうしてって、そりゃお前ガリガリ君とダッツやったらダッツの方がほしいやろ?」
「おれがガリガリ君でアーくんがダッツってことですかそれ」
「マスター登録をした時の心の手に入れやすさはな」
「おれ達は、本気でマスターのことが好きなんですよ?」
「わかっちゃいるが、それでも人は疑わずにはいられない。お前等が自分を慕うんはマスターやからなのか、それとも自分が自分であるからなのか。マスターじゃなかったら慕われることも無いんやろうなぁなんてアンドロイドのマスターやったら誰もが考える事や」
「おれ達だって、マスターがおれ達を大事にしてくれるのはおれがマスターのアンドロイドだからなんだろうなぁって思うんですよ。他の人のアンドロイドだったら、多分見向きもされないんだろうなぁって」
「……そうか」
「そうですよ」
「……お互い様やな」
「そうですね」
「なぁカイト」
「はい」
「それでも一つだけ知っていてほしいんはな、多分、俺はマスターとしてお前に好かれるんが嫌やったってことや。やからマスター登録も消したんやと思う。あの時の俺が何を考えてたんか、俺にはようわからへん」
*
義務で与えられる好意なんていらない。失うのが怖いから。だから失ってしまう前に手放せばいい。拒絶すればいい。
本当に信じられるのは彼女だけ。自分でさえも、信じられない。
いずれ失うのなら、この手で壊せばいい。
だから、彼の手を離したのだ。
*
「アーくんって、ホント器用ですね」
「ちょっとあれは予想外やわ」
「あれって、一人でハモれるようにするのが目的だったんですよね?」
「せや。やから人工声帯以外にスピーカーを足したったんや。本来は自分の声を録音して、再生させながら歌うっつー仕組みやねんけど、興が乗って合成音声も載せたったらあそこまで喋るとはなぁ」
「合成音声って流暢に喋ろうとするとすごく苦労するんですよね?」
「人間っぽくするのが妙に大変でなぁ、あれ。喋ったのを聞いて修正、を繰り返すんが普通やねんけど、人工声帯で発声した方が遥かに楽やからもう廃れとるねんな……で、何したん、あいつ」
「自分の声とかおれとかマスターの話し声を逐一解析してパターン化したみたいです。まぁパターン化というよりも整理しただけといいますか……」
「自分の口の動きとかとの関連もチェックできるから楽ってわけか。今度プログラム見せてもらおかな」
*
食卓の椅子に座って、一人台所で料理をしているアカイトの後ろ姿をボーッと眺める。随分手慣れた様子でゆで卵の殻を向いたアカイトはそれをナイフで刻んでマヨネーズと和えると、今度は薄切りの食パンを取り出してバターを塗っている。そうしてあっという間に一人前のサンドイッチを作り終えると、それをオレに持たせてアカイトは大きなコップにわんさかと氷を詰めて僅かに水を注ぐ。
「水?」
「カイトの冷却水だ」
オレの疑問に一言で答えてアカイトは自分のマスターとカイトが篭っている部屋に向かって行った。
*
「マスター、飯」
「ん、あんがと。その辺にでも置いといて」
「ちゃんと食えよ?」
「わかってるって。今ええとこやねん」
「……。カイト、水」
「ありがと、アーくん。マスター、おれ体冷やすんでちょっと抜けますよ」
「はいよ。メンテはしっかりな」
「マスターも無茶しないでくださいよ」
*
「調子はどうなんだ?」
「マスターが所有者の方から、おれは製造番号の方から探してるんだけどなかなか見つからないね。もうバラされてるんじゃないかってマスターが。思考プログラムだけでも押さえたいんだけどなぁ」
「GPSは?」
「切れてる。レンくんも作動してないから売る前に切ったんだろうね」
「バラされる、か……」
「もう起動しなくなったアンドロイドの部品を使いまわすのはおれは平気だけど、今回はバラすために機能停止にまで追い込んでるっぽいんだよね……流石に気分が悪いや」
「その違いはどこから?」
「人間で言う所の臓器移植、ってところかな?」
*
「悪い、レン……これが精一杯やった」
この数日間ずっとリンを探していた人間が差し出したのは、片手で簡単に握れてしまいそうな大きさの電子回路のチップだった。それが何を意味しているのかは、流石にアンドロイドであるオレにはわかる。これは、リンの「心」だ。
世界で一番大切な、オレの片割れ。
今は、こんなに小さくなって。手も繋げなくなって。オレが、無力だったから……ッ。
「マスター、ひとまずオレが載せようか?」
「いや、ええよアカ。お前に悪影響が出かねんし。とりあえずパソコンや。……レン」
眉を寄せて、悔しそうに人間がオレを呼ぶ。
「これからどうするかは、リンと相談して決め。パソコン貸したるから意思の疎通はできるはずや。リンの体が欲しかったら、その辺のジャンク屋で買い揃えたる。どうするのかは、お前らで決め」
ぽすん、とオレの頭に手を乗せて、口を開いて息を吸って、そして何も言わずに人間は立ち去っていった。入れ違いに型の古いラップトップを持ってきたカイトにリンを手渡す。
――お前らで決め。
そんなこと、初めて言われた。
カイトがリンをパソコンに組み込んでいる。アカイトが部屋を出ていった。オレはただ呆然と、突っ立ってるだけ。
「レンくん。はい」
リンちゃんだよ、そう言ってカイトはオレの前に数世代前のラップトップを置いた。デスクトップにぽつんと置かれた長方形の枠。解像度の荒い画面にカクカクした文字が浮かんでいる。
『レン、レン? どこにいるの? ねぇ!?』
リンだった。ただの四角い箱の中に、ただの液晶のパネルの向こう側に、リンがいた。視覚情報が歪む。液晶に映った文字が滲む。
「音声認識はできないから、直接キーボードで文字を打ち込んであげて。そうじゃないと、認識できないから」
カイトの声が遠くに聞こえる。それでも聞こえるだけ、なんてオレは幸せなんだろう。リンは、体を奪われたリンは、誰の声も聞こえなくて、誰かの存在すらわからなくて。ずっと、一人だったんだ。なんの信号の入力もなく、ずっと独りぼっちで、いたんだ。
キーボードに指をたたき付ける。
オレだよ、リン。レンだよ。一人にしてごめんな。
言いたい事はいっぱいあった。リンに伝えてやりたいことはいっぱいあった。なのに言葉にしたらありきたりの言葉にしかならなくて、それが酷くもどかしい。
「レンくん。事情説明はおれがデータを送っておくから……。マスターは、何て言ってた?」
「パソコン貸すからこれからのことはリンと相談しろって」
「マスターらしいね。それと、今はリンちゃん文字情報しかわからないから、普通に打つだけじゃあ相手がレンくんだと確信できないと思うんだ。だからリンちゃんが『レンくんだ』って安心できるような事、言ってあげてね。きっとすごく怖かったろうから……」
言われてそうか、と思い至る。でも何て言えばいいんだ?
『本当、に……? なんか素直すぎて変。』
お前なぁ……っ! 人が心配してるって言うのに!
『あたしのこと、心配してくれた? 本当に?』
あたりまえだろっ! と打ち込んでみてちょっと照れ臭くなって慌ててバックスペースを連打する。けどあ、れ……? 消えない?
「ああ、確定させた文字は消せないよ。一度言った事を取り消すことはできないもんね」
床に座ってじっとしていたカイトが口を挟む。そこをリアルにする必要はあるのかよ!?
『あはははっ。レンってば焦りすぎ。』
「うるせっ!」
「口で言ったってリンちゃんには聴こえないよ。……うん、できた。ちょっとパソコン貸してね、レンくん」
左手をマフラーの下に突っ込んでごそごそさせながらカイトがオレの前からリンを奪い取る。カイトが首筋からコードを引っ張り出していて少しぎょっとした。それからコードをパソコンに繋げると凄い速さでキーボードに文字を打ち込んでいく。リンを探していた時から思っていたが、このカイトはアンドロイドのくせにどうも機械に強いらしい。
“レンくんから代わってカイトです。起動してばっかりで状況がわかってないと思うから、軽く事情説明をしたファイルを送るね。スキャンして中身を確認して、それからレンくんとこれからのことを相談してください。それでは。”
オレなんかと比べると本当に一瞬と言えるスピードで長文を打ち込むと、さっさと接続を解除して再びオレの前にリンを置きなおす。
『ありがとうございます、カイトさん。』
オレとはまるで違うリンの態度にちょっとイラっときた。
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