忍者ブログ
小説置き場。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 まさかの前マスターがヤンデル。ヤンデレじゃなくて病んでる。(大事なことなので二回言いました)
 我ながらびっくりするくらいダークです。ご注意を。

 *

 ぽろり、とカイトの目から涙が溢れる。虚空を見つめていた瞳に光が戻ると、しがみつくかのように僕を抱きしめた。そしてみっともなくも大声で泣きだした。
「……見たんだ」
「ごめっ、たい、に干渉、しよ、っとする、と、どうして、もっ」
 あの後連れていかれた警察での反応もこうだった。もっとも、外部からの反応を受け付けなくなった僕からメモリを抜こうと干渉してきたロイドは僕のメモリに触れた瞬間に機能停止に陥っていたけれど。カイトが泣くだけで済んでいるのは、僕と同じ旧型のKAITOシリーズだからなのだろう。
 僕とマスターの事件は社会に大きな衝撃を与えた。アンドロイドがマスターを手に掛けたのだから当然だ。僕の事件が起きた原因は、KAITOシリーズに設定されていたエクセプションだった。メーカーによると、本来は安楽死を想定して、マスターが死を望んだ場合にだけロボット三原則の例外が発生するように設定していたらしい。が、自殺の幇助をアンドロイドにさせていいのかと大バッシングを食らい、それ以降に生産されたKAITOシリーズではではこのエクセプションの発動条件はかなり厳しくなったようだ。それでも安楽死という選択肢が存在するのは、成人男性型ボーカロイドは介護用ロイドとしての需要が大きいのが関係しているのだろう。
「落ち着いた?」
「うんっ……。行こう、帯人。マスターのところに、帰ろう?」

 *

「嫌だっ! マスター、外してください!」
 首と、両手と、両足と。もう慣れた金属の冷たさが僕を拘束する。いつもだったらマスターから逃れないためなのに、今日は違う。僕が、マスターの邪魔をしない為。
「お前は私に『嫌だ』ばかり言うね」
「あっ……ふぅっ、んっ」
 いつも通りの強引な口づけ。自然と目尻に涙が滲むけれど、マスターはそれを丁寧に舌で拭い取った。僕が、絶対に見逃さないようにするため。
「いい? ちゃんと最後まで見ておくんだよ」
「嫌ですっ……お願い、マスターやめてっ」
「んー、どうしようかなぁ?」
 意地の悪い顔でマスターが僕の顔を覗き込む。よかった。少しでも考えてくれるんだ。じゃあ、何とかして説得しないと。
「お願い、しますっ! 僕何だってしますから!」
「本当に?」
 マスターの顔がちょっと明るくなる。後が怖いけど、でも今はそんなこと言ってられない。じゃあ……と言いながらマスターが僕の耳に口を寄せた。

「私の死に方、お前が選んでよ」

 僕に酷い事を言うときの、楽しそうな声が耳からどろりと流れ込んでくる。ぞっとした。息が詰まった。駄目、駄目、駄目。そんなの駄目。声も出なくてひたすら首を横に振る。金属の首輪が首に食い込んで痛いはずなのに、そんなことも感じなかった。嫌だ、お願いだからマスター、やめてっ……!
「実は私もどうするか悩んでて、いろいろ用意したんだよね。首を絞めるのが一般的だけど、お前に刺してもらうのもいいし、毒でもいいよね。飛び降りはつまらないからやめにしたけど。さぁ、お前はどれがいい……?」
 つぅーっとマスターの細い指が僕の頬を撫でる。そんなの選べない。選べる訳がない。さっきマスターに拭ってもらった涙は、もうボロボロと溢れ出てる。
「泣き虫だねぇ、お前は」
 仕方が無い子だ、と言いながらマスターが僕の両手の拘束を外す。
「マス、ター?」
「お前が決められないのなら私が決めるよ」
 マスターが僕の手をマスターの首に当てる。嫌な予感がするけれど、でも僕はただ茫然と従うだけだ。マスターが柔らかく笑う。僕の一番好きな笑顔。その後にはいつも酷いことをしてくるのはわかっているのだけれど、それでも僕が一番安心できる表情。そしてマスターはすぅっと息を吸って、そして僕に告げた。

「さぁ、私の首を絞めて」

 それは絶対の響きを持った命令だった。ちぎれそうな程に首を振る。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! でも命令には逆らえない。ぐっと僕の手に力が入ってマスターの首を絞める。気道を塞ぐ。ロボット三原則の禁を犯そうとする僕に警告のアラームが鳴り響いた。アラームを鳴らすくらいなら僕を強制的に機能停止に追い込んでくれればいいのに! 役立たず!
 マスターは苦しそうに表情を歪めて笑っていた。途切れ途切れに漏れる声がどうか僕を止める命令であるように、祈るような気持ちで耳を澄ませた。名を呼ばれた。はっと僕は首を絞めているマスターを見つめた。マスターが弱々しく僕を抱きしめる。そして僕の耳に言葉を落とすと、ふわっと力が抜けた。
「……マス、ター?」
 ようやく僕の口から零れた声は震えていた。返事が無い。見開かれた目は瞬きもしない。息を、していな……い?
「あ、あぁ……」
 がくん、と僕の背に回っていた腕が落ちた。生体センサーが、目の前の肉塊はもう生きてはいないことを告げた。途端にマスターの首を絞めていた手が自由になった。


 僕は、人間を、マスターを、ころした。


 とすん、と全身の力が抜けた。足の力も抜けてがくん、となると全体重が首輪にかかって首輪が首に食い込んだ。息ができない。でも僕は、死なない。マスターは死んだ。僕が殺した。僕が首を絞めた。僕が、僕が、僕が、僕が…………っ!

「あぁああああああぁぁあぁああぁああぁあ!!」

 喉が潰れるのもお構いなしに僕は絶叫して、僕は意識を失った。

 *

 このカラーリングも、この包帯も。他よりは一回り小さいこの機体も。全部全部あの人がくれたもの。
 今だったらわかる。嫌いじゃなかった。好きだった。でも、あの人の気持ちには応えられなかった。マスターの望みを叶えられなかった。だから僕は欠陥品。できそこないのゴミロイド。僕を散々罵倒して、そしてマスターは命を絶った。死にながら壮絶な目で僕を見つめて言った言葉が耳から離れない。

 ーーこれでお前は私のものだね。

 嘘でも貴方に『好き』と言っていたら。そうすれば、結末は変わったの? それでも僕は貴方を愛せなかった。貴方の愛はとてもわかりにくくて、僕には理解できなかった。愛を知らなかった僕には受け入れられなかった。
 でも貴方が好きだった。嫌いじゃあなかった。その事だけでも伝えられれば、貴方は死なずに済んだのですか?

 ねぇマスター。どうか教えてください。


 *

「人を殺したロイドが今も起動してるわけないだろ。何言ってんだマスター」
「じゃあなんで帯人は『人を殺した』って言ったんや?」
「オレも詳しくは知らないが、あいつが拒絶したのを苦に自殺した奴がいるんだと。それが最初のマスターで、あいつのトラウマ」
「……人と人の出会いは、常に人生を狂わせるものやからなぁ」
「あいつを買う前までは、まともな奴だったんだと。それがあいつに異様に執着するようになって、それを帯人は受け入れきれなくて、その結末が、な。」
「じゃあ帯人は何もしてへんやないか」
「そりゃそうだ。ってかマスター、まさか本当に帯人が殺人を犯したと思ってたのに『それが何だ』って言ったのか……?」
「当たり前やろ?」
「そりゃ帯人が怯えるわけだな……」
「なんでだよ」
「重いからに決まってんだろ。カイトはそれでも平気かもしれねぇけど、帯人はそれだと潰れちまう。怖いんだよ、『マスター』に愛されるのが。だからどこに行っても上手くいかなかった」

 *

「人を殺したよ、僕は」
「それが、なんやって言うんや。お前は俺のもんや。勝手に出ていくなんて、俺は許さへん」
「あんたねぇ……っ、僕が、何を思ってこんなことしたか、まだわかんないの……っ!?」
「わからん。わかって堪るか。俺はお前のマスターなんや。お前を棄てるなんて、そんな最低なこと俺にさせんといてくれ。なぁ帯人。絶対に、俺が守ってやるから」
「守る……? 何も知らない子供がっ、偉そうな事言うな!」
「帯人っ!」

「どうするんですか、マスター」
「追いかける。当たり前や」
「……おれは、帯人に賛成ですけどね」
「カイト……?」
「あなたはそうやって他人の業も全て背負い込もうとするから。あなたにそんなことをさせるくらいなら離れた方がマシって気持ち、おれは分かります」
「それが俺は不快やって言ってんねやろうが。お前らとおりたいって思う俺の気持ちを踏みにじって満足か? 下らん自己犠牲に陶酔してお前らはいい気分かもしれへんけどな、俺はそういうのは大嫌いや。やからお前らに嫌われても俺はやる。カイト、帯人はどこや」
「……郊外の方に向かってます」
「よし、行くで」
「はい」

 *

 マスター。
 あなたの為だったら、おれは何だってできる。

拍手

PR
この記事にコメントする
NAME
TITLE
MAIL
URL
COMMENT
PASS   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
プロフィール
HN:
天樹 紫苑
性別:
非公開
カウンター







忍者ブログ [PR]

Designed by A.com