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小説置き場。
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 泣き声、響く。

 *

 あぁ、どうして気付いてしまったんだろう。気付きさえしなければ、何の罪悪感もなく知らないフリができたのに。
 ゴミ置き場より更に向こう、路地裏で一人女の子が泣いている。私の聴覚は確かにそれを聞き取ってしまった。僅かなしゃくり上げる声と空が号泣する音の二重奏。そこに私の足音も重なって音楽は三重奏に。そっと傘を差し出した。
「どうしたの?」

 *

 いらなくなったんじゃあない。ただ、私を必要とする人がいなくなってしまっただけ。マスターは死んでしまった。もうわたしに歌を作ってくれないし、頭をぽんぽんと叩くようにして撫でてくれることもない。わたしに優しく笑いかけてくれることもない。だってマスターは死んでしまったのだから。もう二度と動かなくなってしまったのだから。
 マスター、マスター、マスター。あなたが大好きです。だからもう、どうすればいいのかわからない。

 *

 泣きじゃくる彼女から話を聞き出すのは大変だった。どうやら、所有していたマスターが亡くなってしまったらしい。高級品だがそれが故に遺産相続するには面倒なアンドロイドは遺族達から敬遠されて路地裏に捨てられた、というところだろうか。一家に一台アンドロイドは庶民の夢ではあるが、言い換えると一台で十分ということだ。アンドロイドの維持費はロボットのそれの比ではない。
「とりあえず、私の部屋来る?」
 放っておけないから、という理由で無計画にも差し出した手を彼女はこくんと頷いて取った。それが大体三十分くらい前のこと。今はお風呂に入ってもらっているところだ。

 *

「んで、俺呼んだってわけか。お前さぁ……前々から思っとってんけど、阿呆ちゃう?」
「うるさい。で、どーすればいいのよ」
「それが人にもの頼む態度かぁ? まあえーけどさ。
 マスターが死んどる以上、法に障らんのに肝心なんはそのアンドロイドの意思や。風呂から上がったら聞いたってみ?」

 *

「それじゃあ、これからよろしくね、ミク」

 *

「まーすたー?」
「なんなん、自分」
「はい?」
「せっかく俺がプログラム改造してロボット三原則も完全無視できるようにしたったし、マスター登録無しでも動けるようにしたったのに、なんで自分はそんなんなん? 俺もうお前のマスターちゃうねんで」
「なんでって……なんででしょうね?」
「自分のことやんか。もうちょっと考えてみいや」
「……マスターって、無責任ですよね」
「喧嘩売っとんのか?」
「おれはアンドロイドで、機械なんですよ。人間に使われることが存在意義なんです。おれは生き方なんて知らないのに、突然好き勝手に生きろだなんていわれて、どうすればいいかなんてわかるわけないじゃないですか」

 *

「私、どうしてアンドロイドなのかな。どうして人間じゃあなかったのかな」
「ミクは、人間になりたいって思う?」
「うん」
「どうして?」

 *

「えっと……何とも、思わないんですか? おれとマスターの関係について」
「ぜんっぜん。カイトくん、あいつの初恋知ってる?」
「? 知りませんけど……?」
「実家にあった家事手伝い用ロボット。ボディは完全に外殻剥き出し、声も無けりゃあ感情も無い」
「え」
「一時期は自作のプロテクト破壊プログラムに真剣に惚れてた」
「…………」
「そんな変態がよ、人型で感情も持ってるアンドロイドを好きになるなんて、まともすぎてどうしたの? って感じ。正直機械だとか男性型だとかかなりどうでもいいわ」
「そ、そうですか……」

 *

「やっぱりおれって、マスターからすれば他の機械達と同等なんでしょうか」
「どうしたの、カイトくん」
「だって、おれ一人であやめさんの家に行くっていうのにマスター平然としてるし。そりゃあマスターは機械にしか興味がないのはわかってますけど、でもおれの趣味は普通……のはずです。なのに心配の一つもしないなんて、まるでおればっかりが一方的にすき、みたいで…………って何言わせるんですかあやめさん!!」
「いや、カイトくんが勝手に喋っただけだからね?」
「ああもうっ、何でもないですから今の話は忘れてくださいっ!」
「あのね、カイトくん」
「なんですか?」
「私女の子にしか興味ないの」
「え」
「だからあいつは平然としてるのよ。多分私じゃない人のところに一人で行かせたりはしないと思うわ」
「ほんとですか……?」
「ううん、嘘」
「ええぇっ!? ど、どこからですか?」
「……っていうのも嘘」
「…………あやめさん」
「他人の話を信じるかどうかの判断を他人任せにしてはいけないわ。まぁ、おうちに帰ったらあいつに聞いてごらん」
「マスターもすぐおれをからかうんですよ。みんなひどいです」
「だってカイトくんすごく正直者だもの。捻くれ者の嫉妬みたいなものよ、負けないで」
「あやめさんが言わないでください!」

 *

「ま、マスター。おれが上……ですか?」
「初めてで騎乗位はキツイんとちゃう、お互いに」
「きじょーい?」
「……なんでもあらへん。てか俺、何すればええかわからんし。お前は知ってはいるんやろ?」
「い、一応ですけど……。でもマスター、おれには女性を抱くプログラムも男に抱かれるプログラムも入ってますけど、男の人を抱くプログラムは入ってないです」
「ええやん。プログラム通りに抱かれても俺つまらんし」
「いやだからおれだってやり方わかりませんって」
「でも抱かれるプログラムが入っとるっつーことは何されるんかは知っとるんやろ?」
「否定はしませんけど、マスターもそのくらいの知識はありますよね?」
「そりゃあな」
「じゃあマスターが下になる必要ないじゃないですか」
「なんやお前、抱かれたいんか? 変な奴やなぁ」
「マスターに言われたくないです」
「俺は気持ち良けりゃあええし。つかお前は『マスター』を抱くことに抵抗があるだけやろ?」
「……つまりはわざとってことですか」
「お、さっすがは俺のカイト。わかってるやーん」
「そんなことで褒められても嬉しくないです」
「拗ねんなって。ま、今晩は一緒に寝るだけで勘弁したるわ。おいで、カイト」
「……はい、マスター」
「……」
「……」
「えらい大人しなったな、カイト」
「……マスター」
「なんや?」
「おれのこと、嫌いになりましたか……?」
「何言うとんねん。繋がることだけが好きの伝え方やないと俺は思っとるよ。つかどっちかっていうと俺の性欲処理に付き合わせるようなもんやしなぁ……ごめんな、カイト」
「謝らないでくださいよ。ずるいです」
「でも、お前やからこないなこと言うてるねんで」
「……っ、マスター!」
「お、こっち向きよった」
「抱きしめてもいいですか?」
「そーゆーことは確認とらんくてええから。来てーな、カイト」

 *

「マスターのばかっ! ちょっとはムードとか気にしてくださいよ」
「なっ……カイト! お前馬鹿言うたな!? ここは阿呆を使うポイントやろうが!」
「こんの……マスターのっ、どアホっ!」
「わっ、ちょぉ待てっ」
「もう黙っててください!」
「……っ! …………!!」
「って、喘ぎ声まで抑えないでくださいよっ!」
「むちゃ、ゆうな……やっ!」

 *

「お前、なんで中古屋におったん? 初期化もせんと店頭に並ぶなんて珍しいやないか」
「前のマスターがお亡くなりになったんです。身寄りもいない方で、お葬式もあげられそうになかったんで……おれを売って、その費用に充ててもらおうと思いまして。初期化しちゃうと、お葬式の手配とかができないじゃあないですか」
「なーるほどなぁ……そのマスターはどんな人やったん?」
「歌が、好きな方でした。近所の子供達を集めて音楽教室を開いたりして、おれも一緒に歌って……そんなことをずっとしてました」
「亡くなったんはいつの話や?」
「もうすぐで一年になります……ってマスター」
「んじゃお前つれてご挨拶に向かわんとなぁ」

 *

「カイト。お前そのお嬢ちゃんお持ち帰りしてどうすんねん」
「お持ち帰り……?」
「んなボッロいアパートに連れて来られたら嬢ちゃんかてびっくりするやろーが。……ほら、小遣いやるからファミレスでも行ってきい。飯でも奢ったり」
「あ、あのっ……そんな、いいですよ!」
「気にせんくてええって。俺はこいつに小遣いをやってるだけや。それをこいつがどう使うかはこいつの自由。好きなだけアイス買うてもええねんで?」
「うっ……そんなことはしませんよ!」
「一瞬迷った奴がよう言うわ」
「でも……」
「可愛え女の子は、奢られてやるのも仕事のうちや。ちょっとくらいおっさんにもいい顔させてーや、な?」
「……ありがとうございます」
「うん、ええ子や。んじゃカイト、ちゃんと安全な所まで送ってやるんやで」
「わかってますよっ!」
「ほな気ぃつけてなー」

 *

「えっ!? マスターってNEETじゃなかったんですか?」
「……その驚きは何や」
「す、すみません……でも、マスターいっつもパソコンでゲームしてません?」
「あれは動作確認や! しょっちゅうやってるゲーム変わってるやろーがっ!」
「……? 動作確認ってあんなに頻繁に必要でしたっけ?」
「……チッ」
「マースーター!」
「金はあるんや」
「仕送りですか?」
「……カイト。お前が俺の事をどう思ってるんかよーわかった。一週間アイス抜きな」
「そんなぁっ! 横暴ですよマスター!」
「やかましいっ! 今更んなこと言うんやない!」

 *

「あいつの生活費がどっから沸いてくるのか?」
「……あやめさんは知ってるんですか?」
「まぁ、幼馴染みだしねぇ」
「なんか、ずるいです。あやめさんはおれの知らないマスターをたくさん知ってるんですよね」
「これからあなたしか知らないあいつの事を増やしていけばいいのよ」

 *

「ふっと、もどかしく思う時があるんです。マスターが今までに何を見て、聞いて、感じて、考えてきたのか、おれは全然知らない。そう思うだけで、マスターが遠い人のように感じるんです」
「それは俺かて同じや、カイト。せやけどな? だから俺達が一緒におる今って凄いことやと思わへんか?」

 *

 離れるんじゃなかった
 何度後悔したかわからない
 初めて歩く町並みの中
 気がつけばいつもあなたを探していた

 もう一度あなたと出逢うために
 巡った世界は美しかった
 そんなことに気付いたのも
 すべてあなたのお陰なんです

 あなたと出逢い愛を知って
 あなたを知り生きる意味を
 このちっぽけな世界が 回りつづける価値を 知ったんです

 夢見てた楽園なんて無かった それでもあなたは待っていた
 わたしの姿は変わらないけれど
 あなたは少し変わりましたね

 あなたは人でないわたしを愛してくれたのだから
 あなたが人でなくなったことなんてどうだっていい

 だから

 『安らかに眠れ』だなんて唄えない 唄いたくない
 あなたはここにいるのに
 この声が届かないなんて 知りたくない

 つらい 寂しい 会いたい
 こんな思いは自分だけでいいと
 あなたはわたしの手を放した

 わたしはあなたを愛しているのに
 わたしを愛していたとあなたは言う
 あなたをひとりにさせたわたしが
 幸せでよかったとあなたは笑う

 この命が尽きたのなら 真っ先にあなたの許へ 駆け付けると誓います
 その時までどうか少し 待っていてください

 *


 長い長い夢を見てたんだ
 泣きたくなるくらいに優しい夢を



 閉じ込められた閉ざされた世界
 ルールはただ一つ
『生きて出られるのは一人だけ』
 最後に残ったのは
 屍を積み上げた男と無力な子供

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