小説置き場。
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「マスターは、」
俺と二人だけになった部屋で、カイトはぽつりと言った。
「ずるい人ですね」
「なんでや?」
カイトの蒼い瞳が真っ直ぐに俺を写す。
何の歪みも生まずに、ただ、そこにあるものを写し取る。
この機械の純粋さが、人によっては気味が悪いと言うのだけれど、俺は嫌いではない。
「ルカの気持ち、知っているんでしょう?」
ルカ。
この研究室で所有している女性型ボーカロイドの一人だ。
確かにカイトの指摘する通り、俺の自惚れでなければ彼女は俺に好意を抱いているのだろう。
けれども彼女にとっては残念なことに、俺は彼女に対しての特別な好意は持っていない。
あるとすれば研究対象としての興味、ただそれだけだ。
「分かっとる。でも俺はどうとも思っとらんねや」
「あれだけ思わせぶりな態度をとっておいて?」
カイトが驚きと呆れを滲ませた声をあげる。
声音だけで、カイトは感情が読み取れる。
ボーカロイドがここまで情緒豊かなことを俺はこいつを買うまで知らなかった。
研究室のボカロ達はどうにもまだ感情が薄い。
「思わせぶり、って何のことや」
「データの測定が終わったら絶対に声かけてますし、そもそもおれを見つけた時だって彼女の修理のためだったんじゃあないんですか? 扱いも他の皆と比べると丁寧ですし」
「そりゃああれやろ、巡音は女性型やから」
「相手が女性型だったら誰にだって同じ事をするんですか」
「まぁ、そうやろ」
俺は別段巡音を特別扱いした覚えはない。
カイトがゆるゆると首を振った。
「マスター。貴方はボーカロイドに対して普通に接しすぎです」
「それのどこがあかんねん」
「普通は、そんな人格を認めたような態度はとらないんですよ。人間っていうのは」
嫌に冷めた声だった。
「表面的には人間と同じような扱いをするんですけどね、誰でも。でもおれたちのことを機械だと認識しているから、どこかで物扱いするんです。貴方にはそれが無い」
「俺かてお前らは機械やと思ってるで?」
「でも物扱いは絶対にしない」
「なんでお前が言い切るんや」
「それは、おれが貴方のボーカロイドだからです。マスターのことは誰よりも見ているんですよ。マスターの望むロイドになる為に」
これがもっと熱っぽい言い方だったら、また今の場面は異なったものになるのだろう。
でも今は違う。
人間に仕える機械としての、諦観が籠った言葉だった。
こいつに感情があると知っている身としてはそれが、どうしても苦しい。
「……行きましょうか、マスター」
カイトが俺の隣を通り過ぎて部屋の扉に手を掛ける。
俺はその背中に問うた。
「お前の観察の結果、俺はお前に何を望んでるんや?」
こいつは俺が何を望んでいると思っているのだろうか。
カイトは振り返らずに答えた。
「何も。貴方はおれに何かを望んでいるようには思えません」
そのまま先に出て行った背中に、多分俺の言葉は届かなかっただろう。
「違う。違うでカイト」
俺がお前に望むのは。
「俺は、」
ただお前がお前であれば、それでいい。
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