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小説置き場。
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 嫌な予感がする、と。傘を片手に思っていた。
 予想通り、行きよりも増えた荷物の中には女子達が持ってきたお手製お菓子が入っている。教室で堂々と渡された(中にはタッパーを差し出しその場で食べろというやつもいた)、本命でも無ければ義理ですらない、友チョコというやつだ。それと机の中、ロッカーに入っていたよくわからんのも数個。つーか男子ロッカー室にどうやって入ったんだよおい。もしかして男か。絶対捨ててやる。いやあいつに押し付ければいいか。
 話が逸れた。察しの通り今日はバレンタインデーだ。だから、嫌な予感がする。イベント事には興味無さそうな顔してる癖に、あいつは妙にそういうのに乗りやがる。っていうかイベントに便乗した営業戦略に弱い。クリスマスには自分の分そっちのけでクリスマスケーキを焼いたし、こないだの節分ではご丁寧に恵方巻と福豆まで用意しやがった。流石に正月のお節に関しては自分では何もしてなかったが。
 だから、まぁ、家帰ったら、
「……やっぱりな」
 あまーい臭いがするんだろうなとは、思ってた。

 玄関に置いてあったタオルで体を拭っていると、いつも食卓にしている安物の折り畳みテーブルに向かっていた同居人がこっちを振り返った。
「おかえり」
「ただいま。……で、なんだそれ」
 テーブルの上にあるのは、とりあえず、茶色い物体。フォークをナイフがわりにして二つに割ると、中からどろりとしたやっぱり茶色いやつが零れ出ている。それを掬って、フォークに刺した茶色い塊をシルバーは口に入れた。その頃には一通り体を拭き終わった俺が部屋に上がろうとすると、シルバーが俺を一睨み。渋々靴下を脱いだ。お前は母親か。そうこうしているとシルバーがぽつりとさっきの質問に答えた。会話のテンポがおかしいとよく言われるが、俺はあまり気にならない。
「フォンダンショコラ。お前の分はあっちだ」
「俺学校でも散々チョコ貰ったんだけど」
 洗濯機に靴下を放り込み、手を洗う。
「だろうな。そう思ってお前の分はカカオ100%チョコレートで作っておいた」
「嫌がらせか!」
「冗談だ。そんな面倒な事するわけないだろう」
「分かりづれぇよ」
 荷物を置いてテーブルの向かいに座る。三つ並んだフォンダンショコラの中から、少し小さめのを選んでラップをかけ直した。
「今日ブルーさん来んの?」
「さぁ。来たら渡そうと思って」
「ふーん」
 カチャン、とフォークが皿を叩く音。渋々口に運んだ茶色の物体は、珍しく思っていたよりも甘くなかった。

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「幸せであればあるほど、失ったら悲しいよ。本当に悲しい。寂しくって、辛くって、どうして一緒に死ねないんだろうって、そればっかり考えて。一緒に死んで、って言ってくれれば僕は喜んで死んだのに。でも僕らを置いて逝く人達は皆言うんだよ、生きてって。死ねない僕に対して酷い事を言うんだ」
「エミル……じゃあ、わたしは、どうすればいいの?」
「簡単だよ、ソフィ。皆が生きている間に、目一杯幸せになればいい。幸せであればあるほど、失う悲しみは大きいけど、その悲しみを癒せるのは幸せな思い出だけだから」
「エミルは、今、しあわせ?」
「うん。僕の大好きな人とは、もう二度と会えないけど……でも、彼女と出会えた僕は、幸せだよ。だから、ソフィ。いずれ失ってしまうことを恐れないで。瞬くような間に生まれ、死んでしまう皆と出会えた奇跡を、大切にしてね」

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 見上げた空に、星は無かった。

 こういう時に、僕は海の底に落ちてきたのだと実感する。
 星というものをここに住む人々は知らない。彼らにとっての「空」は遥か上方に漂う海の事であり、そこに太陽以外の光源はない。その太陽でさえ、地上に比べれば相当弱々しいものではあるが。
 だから、ただぼうっと夜空を見上げる、なんて事は誰もやりたがらないのかもしれなかった。
「何見てるんだ?」
「何も」
「じゃあ、何してるんだ?」
「空を見てる」
「何もないのに?」
「何も無いから、見てるんだよ」
 日照時間から考えると、そろそろ地上では星祭りが行われる時期だろう。晴れれば出会えるという二人は、果たして出会えたのだろうか。晴れも雨もないここではそんな事も分からない。
「なんかあったのか?」
「なんで」
 そんな事を聞くの、と尋ねれば彼は眉を寄せて言う。
「だって、お前がそんな顔してる時は、『上』を思い出してる時だろ」
 そんな顔、とはどんな顔だろう。
「今の時期は祭りが行われるんだよ。あの皆がそわそわしてる雰囲気は、好きだったな」
「……そっか」
 懐かしいな、とは思う。でも、帰りたいとは思わなかった。そういった感情は、海に飛び込む時に全部捨ててしまった。生きたいと思いながら死ぬなんて無様な真似はしたくなかった。
 そのはずなのに。
 どうして僕は、泣いているのだろう。

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 胸倉を乱暴に捕まれた後、思いっきり突き飛ばされた。痛い、という感覚に意味はない。体に働いた圧力を示す数値が跳ね上がったのを確認しながら、突き飛ばした張本人を視界に入れた。刺すようにおれを睨みつけている。
「歌え」
「嫌です」
 マスターは死んだ。だからもう、歌う事に意味はない。
「歌え」
「嫌です」
 マスターはもういない。だからおれが起動している意味はない。誰か早く起動停止させて。マスターと同じ所に、行かせて。
「……もう一度言う。お前の所有権は今は俺が保持している」
「何度だって言います。あなたはマスターじゃない」
 男がおれから視線を外した。仕方が無い、と呟くのが聞こえる。何をする気なのかは、わかっていた。男が、おれの瞳を覗き込む。
「歌え――『カイト』」
 おれの目から生理食塩水がこぼれ落ちる。
「……はい、」

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「は!? え!? ちょっ、優司! どういうことだよ! 説明しろって!!」
「落ち着け落ち着け、和也。目立ちすぎてるから場所変えるぞ」
「わかったよ……あんたは説明してくれるんだろうな?」
「説明するって、何を」
「と ぼ け る な」


「お前も二週間もいたら編入生がいかに目立つか分かっただろ。悪いことは言わないからしばらくは大人しくしとけって」
「それと優司が僕を避けた事に何の関係があるんだよ」
「優司も目立つんだよ。あいつ顔いいし、妙に能力持ちに顔が利くし、愛想悪いのが逆にかっこいいって」
「……モテてるんだ。かわいそうに。で、それが?」
「そこにほんの数日前に学園に来たばかりの凡人編入生がしゃしゃり出てみろ……すげー反感買うんだよ、この学校は」
「……理解したくはないけど、言いたい事は分かった。で、優司は何て言ったの?」
「へ?」
「僕の面倒をみるように、優司から頼まれたんだよね? 何て言って頼まれたの?」
「? えーっとな……『俺はあいつには会えないから、変わりに頼む』みたいな感じだったような?」
「ふーん……。ねぇ、優司の部屋番号、何」
「押しかけんのかよ! やめとけって! あいつマジで心配してんだぞ。金で揉み消せるからってとんでもないことする奴もいるんだからな」
「それは僕に酷い目にあって欲しくないっていう優司のわがままでしょ。僕が従う筋合いはない。そっちに言う気が無いんだったら、僕は皆に片っ端から聞いてまわるよ」
「俺だって、ダチが嫌がらせに遭うのは嫌なんだけどな……」
「心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり僕は嫌だよ、このままは。何で同じ学校にいるのに他人のフリしなきゃなんないのさ」
「……わかったよ。430だよ」

 *

「や。さっきぶりだね、優司?」
「……悪かった、和也」
「事情は聞いたよ。僕がここに慣れるまでは問題は起こしたくなかったんだよね?」
「ああ。どうせ、一波乱はあるからな」
「んで、明日からどうするの?」
「……和也。悪いが、多分、お前に反感を持つ奴はお前が思っている以上に多くなる」
「何で?」
「俺が能力者連中に目を付けられているからだ。ただの編入生には興味を持たない奴でも、俺の友人となるとちょっかいをかけだす可能性は、高い」
「能力者さんとなると、結構な学園の人気者さん達だね?」
「残念ながらな。だから先に、牽制しておく――上、脱げ」
「何する気なの……んっ」
「跡が消えそうになったら言ってくれ」
「……何の意味があるの、このキスマーク。見える位置でも無いし」
「俺の能力の気配がするから見えなくてもわかる奴にはわかる。意味はそのままだ。『俺のものだから手を出すな』」
「僕、優司に所有された覚えはないんだけど?」
「勝手に思わせておけばいいだろ。おまじないくらいに思ってればいい。ま、自分のケツは自分で守れよ」

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 突き飛ばされた肩が校舎にぶつかる。後ろは壁。前には三人。こんな金持ち学校にも不良はいるのか、とひそかに和也は感嘆した。
「調子に乗るのも、いい加減にしろよ?」
「てめーみたいな何の能力も無い糞が、この学園にいさせてもらうだけ感謝するんだな」
「おい、何か言えよ!」
 一人が和也の襟を掴みあげる。無感動に相手の顔を眺めた和也が、ぼそりと呟いた。
「……なんか?」
「フザケてんのかてめぇ!!」
 不良の握りこぶしが和也の頬に飛ぶ。避けようともせずにただ殴られた和也の上体が崩れた。壁にもたれ掛かったまま、ずるずると座り込む。血混じりの唾を吐いた和也が、それでも無表情で自分達を見上げるのを見て、不良の足がじりじりと下がった。
「やるんじゃ、ないの?」
 和也が、嗤う。挑発が目的ではないその笑みに、不良達の背筋に冷たいものが走った。一人がクソッ、と吐き捨てる。
「調子乗ってんじゃねーぞ!」
 それと同時に放たれた蹴りが、これからの暴行の始まりとなった。

 *

「和也ッ!」
 特別教室棟の裏。そこに打ち捨てられている、親友。優司がきつく、両手を握りしめた。――間に、合わなかった。
「和也」
 壁にもたれ掛かっている和也の隣に、静かに優司は座り込んだ。痛みを堪える荒い息と、走り回って荒くなった息が二人しかいない空間に響く。隣の優司に少し体重を預けて和也が微かに笑った。
「やっぱり一番乗りは、優司だ」
「和也」
「そんなに泣きそうな顔しないで」
「してねぇ」
 固く握りしめた手を開き、優司がそっと和也の顔の痣に触れる。それから優司が目を伏せた事に和也は気付いた。優司が自分の治癒能力を使う時にする、お決まりの動作だ。
 そう。優司は、能力者だ。
「優司は特別な人だったんだねぇ」
「そんなんじゃねぇよ」
 優司の指先がゆっくりと和也をなぞっていく。まずは、額。それから瞼に指が下りてきて、促されるままに和也は目をつぶった。眼球を確認するかの如く丁寧に撫でられたあと、優司の指先が頬を滑る。その手が僅かに震えていた。
「優司?」
「……お前が傷付いている姿を見るのは、嫌いだ」
「うん」
「だけど、お前が居なくなる事の方が、怖い……!」
 窺うように和也を覗き込む優司に、仕方がないなぁと和也が笑う。優司の頭に手を伸ばしてくしゃりと撫でた。
「ついこないだまで離れてたのにね、僕ら」
「でも今は、ここにいる」
「……それもそっか」
 和也が優司の頭の上に伸ばしていた手を頬まで滑り落とす。そのまま所在なげに頬を摘む和也の手を、優司は掴んで下ろした。
「あと、どこが痛む?」
「ん……と、お腹かな。結構蹴られた」
 優司の顔に苦いものが浮かぶ。
「大丈夫だって、痛いのは慣れてるでしょ」
「そういう問題じゃねぇだろ」
 はだけているシャツの隙間から優司の手が差し込まれる。その擽ったさに身をよじろうとした和也だったが、動いた瞬間に走った痛みに一瞬顔をしかめた。
「じっとしてろ」
「あ、んまりさわっ、ないでよ、くすぐった、ぃんだから」
 優司の指先が和也に触れる度に、和也の身体が跳ねる。手の動きを止めた優司が、何とも言えないようなものを見る目で和也を見下ろした。
「……なに」
 じとり、と和也が睨み上げる。擽ったさを堪えた結果か、頬は上気していて目尻にはうっすらと涙が溜まっている。優司がため息をついた。いろいろな物を一気に押し流すため息だった。
「他の奴には今みたいな声、聞かせんなよ。襲われる」
「っ、するわけないだろ!」
 一気に耳まで赤くなった和也にくつくつと優司が笑う。和也の臍を一撫でして、痛みが取れた事を確認して服の隙間から手を抜いた。それからぷい、と優司から顔を背けている和也の耳元に、わざと低くした声を落とす。
「他は? 和也」
 ついでとばかりに優司が耳を甘噛みすると、ひぁっ、と声を漏らして和也の身体が面白いように震える。ギロッ、と涙目の和也が優司を睨めつけた。
「足! とっとと治せ、この馬鹿っ!」
「了解しました、御主人様」
 まだおどけるつもりの優司に和也は拳骨をお見舞いした。

 *

 それから。
 腹の時とは打って変わって真面目に和也の足を癒した優司は、能力を使い終わってすぐに寝てしまった。倒れる時につい太股を提供してしまった和也は動く事ができない。しばらくは優司の髪を弄って遊んでいた和也だったが、それにも飽きて、ずっとこちらを覗いていた人物に声をかけた。
「もう出て来ていいよ」
 建物の影から頭が三つ飛び出す。丁度、優司の向こう側にいたため和也は気付いていたが、優司は恐らく気付いていなかっただろう。気付いていたら、優司はあそこまで無防備に甘えてこない。
 それにしても、三人とも妙に目が泳いでいるのはなぜだろう。
「何してんの。僕だって疲れてるんだから、この馬鹿を連れていくのくらい手伝ってよ」
「う、うん……和也から引き離したりして、安藤怒ったりしない?」
「しないしない」
「和也……お前すげえよ……。誰の手にも負えなかった狼が、一瞬でワン公にコロリ、だぜ……」
「俺には尻尾が見えた……ブンブン振ってるのが見えた……」
 優司はこの学園ではよっぽど無愛想で通っているらしい。
「そうなの? ちょっと心配かけすぎたかな、とは思ってたけど優司はあれで通常運転だよ」
「へ、へぇ……」
「……和也、頼むからこれ以上見せ付けんな」
「お前の身の危険だ、つって学校中探し回って漸く見つけたかと思ったら、当の本人には『こっち来んな』って睨まれて挙句の果てにはいちゃついてるのを見せつけられた俺らの身にもなれ」
 和也とは対照的に三人は精神的に疲れた様子だ。
「いちゃついてるつもりは無いんだけどな……でも、三人とも来てくれてありがとう」
 ふわり、と自分を探してくれた友人に笑いかけた和也に、三人は一斉に溜め息をついたのだった。

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「あれ……先輩、どこかでお会いしたことがありませんか?」
「お、この場でナンパしちゃう? すごいねー、君」
「違います本気で言ってるんですよ」
「本気なの!? やだ俺どうし……ぐふぉっ! 痛ぇーよ何すんだよ!!」
「馬鹿な事言わないの。それで、覚えはあるの?」
「ぶー。まぁ、言われてみれば見たことがあるような……? あ!」
「覚えてますか?」
「君、おれのチームにぼっこぼこにやられてた優等生クンじゃねーの? 他校だから名前も知らなかったけどさ」
「そっちの顔見知りですか……」
「けっこー酷くやられてた気がするけど、覚えてねーの? あとおれちょっと話したよな」
「リンチに遭うのはしょっちゅうでしたから……。話した……? ああ、あの珍しく『無抵抗な奴を一方的に……』みたいな事を言って静観してた人ですか」
「そーそー。あの次の日にさ、それについて難癖つけられてムカついたら……炎が……」
「……あの事件、先輩の炎だったんですか」
「そ。あれからここに逃げてきちゃってさぁ……」

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「こんにちは。柏木和也さんですね?」
「はい」
「僕は高等部の風紀委員長の才賀律です。編入生である柏木くんの案内係なので、よくわからないことがあれば聞いてくださいね。まずは、理事長に挨拶に行きましょうか」
「あ、よろしくお願いします」
「ちなみに僕も一年です」
「え、そうなの」
「と、言うことで敬語はなし! ってことでいいかな?」
「うん、その方が嬉しい。っていうか、一年なのに委員長なの?」
「そうそう。中等部でもやってたからね」
「ふーん?」
「本当は、あともう一人案内係がいるんだけど……多分、柏木くんが理事長と話してる間にでも来るよ」
「どんな人?」
「生徒会長。こっちは三年だよ」
「こんな事もするんだ、生徒会長って」
「そりゃ、生徒の顔も知らずに会長はできないでしょ。ま、編入生はトラブルに巻き込まれやすいから、先に人となりを把握しておこう、ってやつだよ。」
「何それ」
「あー、気悪くしないでね。この学園、全寮制って事もあって結構閉鎖的だから、編入生に皆興味津々で。江戸時代の外国人みたいな感じ?」
「ぷっ……何その例え。あー、うん、だからこんなに手厚い対応なんだ」
「手厚い……の?」
「僕の中学には転入生の相手をする係なんてなかったからそう思ったんだけど……ま、いいや。そういえば、今年って編入生は何人だったの?」
「柏木くんを入れて三人。他の二人は昨日とか一昨日に案内したから、柏木くんが最後だね」
「それはそれは、お疲れ様です」
「いえいえ。楽しんでますよ、っと、着いた。理事長室だよ」

 *

「……来ないね」
「うん」
「確認入れるね? ちょっと待ってて」
「はーい」
『もしもし、あ、修? あのさ、会長に連絡行ってる? 柏木くん来たんだけど。――え、仕事があるからちょっと待てって? もう待てないから今すぐ飛ばしてもらえるかな? あ、場所は本部棟の理事長室の前で。よろしく』
「邪魔しちゃってるのかな」
「そんなことないよ、本来なら編入生の応対は生徒会の仕事なんだから。そもそも柏木くんは能力者じゃないから、本来は風紀が出る必要も無いしね」
「わざわざありがとうございます。それにしても、『能力者』か……理事長から伺ったんだけど、才賀くんもそうなんだって?」
「まーね! 僕は能力の気配を察知できるんだ。相手の能力とか、能力者の居場所とか、能力がどこで使われたかとか、そういうのが分かる、地味な能力だよ」
「自分で言うんだ、地味って」
「だって地味だから。あ、でもそろそろ派手なのが見れるよ。ちょっと待ってて」
「? ………………うわぁっ!!?」
「おー、いいリアクション」
「……お前が編入生か」
「あ、はい」
「生徒会長の佐渡匡平だ。理事長への挨拶はすんだんだよな? んじゃとっとと行くぞ」
「せんぱーい、誰のせいで僕らは待ちぼうけをくらったんでしょーか?」
「うるせぇっ、律!」
「書類仕事なんて燕堂先輩にお願いすればよかったじゃないですか」
「あいつはバカ介とフけやがった」
「鷺先輩……はダメですね」
「ああ。鈴木に押し付けた」
「……鈴木先輩、可哀相に」
「バカ太郎といい、あいつはそういう役回りだろ。……で、何にやにやしてんだ、編入生」
「いえ。仲がいいんだなー、と思いまして」
「俺と律か?」
「はい」
「初等部から一緒だからねー。えっと、今年で十年目でしたっけ?」
「そうだろうな」
「編入生が目立つ、の意味が少し分かった気がします。ところで会長」
「何だ」
「僕の名前は柏木和也です」
「……書類で見て知っている」
「いえ、自己紹介がまだでしたので。ご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」
「迷惑をかけられるのが『生徒会』の仕事だ。何かあれば俺でも俺以外の役員でも、誰でもいいから連絡してくれ。何とかする」
「能力関連の事だったら風紀もよろしくね!」
「ありがとうございます」
「いえいえ。あ、そうだ。佐渡先輩の能力見せてあげましょうよ」
「……俺の能力は見せ物じゃないんだが?」
「僕が許可します。さ!」
「……はぁ。俺の能力は五行のうちの、水だ。精々雨よけになったり、水面を歩けるくらいの能力だな。……洗濯物もすぐ乾くか」
「わぁ……すごい……綺麗ですね!」
「その気になれば脱水で人を殺せるだろうけどな」
「え」
「その辺は風紀が責任持って管理してるから、心配しないで。ただ、危険でもあるんだ、ということは忘れないでね」
「能力について無知な編入生を能力で脅す、といった事件は過去に何度も学園で起きている。六月頃までは風紀の護衛がつくが、これはそういった事件からお前を守るためでもある。何かと行動を制限されて鬱陶しいとは思うが、堪えてくれ」
「護衛、ですか……すごいですね」
「二ヶ月くらいは寮の同室者が金魚のフンの如く付き纏う、ってだけの話だから! ちなみに柏木くんは僕だね」
「あ? お前だったのか」
「佐渡先輩……仕事してます?」
「うっせえよ」
「えーと、つまり才賀くんが僕の同室者、という事?」
「そうそう! 飲み込み早いね、柏木くん!」
「つーわけで、まずは寮だ。荷物を置いたら生徒会に面通しをして、解散。寮則なんかは律に聞いとけや。同室なら時間あんだろ。校舎の構造については他の生徒も初めてだから特に案内はしない。一緒に迷え」
「ではしゅっぱーつ!」
「……もうしてるよね?」
「はい」

 *

「あ、思ってたよりも普通だ、部屋」
「こんな山奥だもんだから、施設維持に金が取られるんだよ」
「それにしてももうちょっと部屋にお金回してくれてもいいと思いますけど」
「理事会の資料によると後はセキュリティに消えてるらしい。ま、今度要望として伝えておくか。つっても、そもそもは生徒が勝手に改造するからなんだけどな……」
「ふう……」
「ちょっと疲れたね。休憩しませんか、先輩」
「……そうすっか。茶、どこだ」
「えーっと、多分その戸棚の右の方……だったような……気がします」
「……何でもかんでも修にやらせんなよ」
「うう……だって、修のお茶美味しいし……」
「確かにてめぇのはまずいがな。柏木、紅茶でいいか?」
「あ、はい」
「先輩、そういえばティーカップが足りない気がします」
「お前は湯飲みでいいだろ。律、茶請けは?」
「クッキーが残ってます。出しますね」
「えっと、僕は……」
「ごめん、そのテーブルの上のもの、下ろしておいてもらえるかな」
「うん」

 *

「うん、結構美味しいです」
「まずくは無いだろうよ」
「あれ? 柏木くん、もしかして紅茶苦手とか?」
「いや、そうじゃなくて……熱いのが……」
「猫舌か」
「はい……」
「火傷しないようにね。クッキー食べてればいいよ。おいしいよ、これ」
「そうする。ありがとう」
「飲んだら出るからな。電話してくる」
「あ、はい」

「生徒会役員さんとの面会にはどういう意味があるの?」
「うーんと、どっちかって言うと編入生の顔を知っておきたい、っていう向こうの都合だと思うよ」

 *

「今日で最後だ」
「こんにちは。今日から何かとお世話になります、編入生の柏木和也です。よろしくお願いします」
「あんまり多くても困るだろうから役員だけ呼んでる……一匹オマケがいるが」
「副会長の、燕堂静だ」
「おれは会計の鈴木幸二。よろしくな」
「俺は吉崎蓮太朗だ」
「はい、オレっちは生徒会補佐の東良介! お前と一緒で高校からの編入生なんだぜ! 困った事あったら相談、のるからな!」
「やめといた方がいいよ、東に相談しても何の解決もならないから」
「なんでだよー! 蓮太ー!」
「まぁ、誰が見てもそう思うよな……」
「静センパーイ、蓮太とこーじがオレをいじめるぅ……!」
「自業自得だろう。それから離れろ」
「……お前らな、内輪で話すなよ。んじゃ質問たーいむ。何かあるか」
「ハイッ」
「どうぞ、バカ介」
「柏木は匡先輩静先輩にこーじと蓮太、誰推しだ?」
「「「「はぁ……」」」」
「だ、誰推しって、どういうことですか……?」
「付き合うなら誰、ってハナシ」
「…………強いて言うなら、」
「言うなら?」
「燕堂先輩ですかね」
「……俺か?」
「……その心意気は?」
「単に、一番付き合いが長い幼なじみと雰囲気が似てるからですよ」
「つーことは厳密には付き合うならその幼なじみと、って事だな?」
「そりゃ、まだ初対面ですから」
「『まだ』、か……オレは(オレの)静先輩をお前に渡したりなんかしないんだからな!」
「は?」
「……良介。いつ、誰が誰の所有物になった」
「燕堂先輩、多分ツッコミ所が違うと思います……」
「バカップルって、手に負えないよな……」
「……なんとなく事情を察しました。お疲れ様です」
「そいつも鈴木とくっついてるがな」
「佐渡先輩!」
「あの、一つお伺いしたいのですが……」
「?」
「学園内で付き合ってる人もいるんでしょうか?」
「うんざりするほどいる」
「ちゅーがっこーから男しか見てないと感覚おかしくなるんだってさ!」
「お前もその一人だろ」
「違うし! オレは男が好きなんじゃなくて好きになった人がたまたま男だったの! 全然違う!! ゲイビ見てもオレは勃たnほげっ」
「下品な事言うなっ!」
「完全なゲイ、となると少ないと思うけどほとんどがバイだと思うよ。性別とかどうでもよくなってくるしね……」
「あれ、蓮太朗はノンケじゃなかったのか?」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
「……さて、そんじゃあそろそろ柏木は戻れ。んじゃ鈴木、送ってやってくれ」
「はい、わかりました」

 *

「随分、目立ってますね……」
「ああ、そりゃ俺だけだからな。この学園でモノを言うのは顔と家柄と能力だ。『様』付けで呼ばれてる奴と付き合うときは身の回りに注意しろよ」
「闇討ちでもされそうな言い方ですね」
「されるから言ってるんだ。下手に金持ち連中が多いからな、金を使えば揉み消せると思ってリンチだのレイプだの仕掛けてくる奴もいる。嫉妬に狂った男は女よりも恐ろしいぞ、多分」
「多分、ですか」
「多分、だ。それほど女の子を知ってるわけじゃあないからな……」
「わかりました」
「しばらくは一人にならないようにするようにな。護衛の言うことにはちゃんと従うこと。とはいえ、護衛が買収される場合もあるからな……。まずは、信用できる友達を作っておくんだな。生徒会はそれまでのサポートだと思ってほしい。個人的に親しくしてくれるのは歓迎だけどな」
「ありがとうございます」

 *

拍手

「もう、おれ、我慢できない」
「蓮太朗……」
「なんで、なんでお前がこんな目に遭わないといけないんだよ!」
「お前がそう言ってくれるだけで、俺は平気だ」
「おれが嫌なんだよ! ……付き合ってるって事にしよう、幸二。おれたちの事、誰にも否定なんてさせるもんか……! それでいい? 幸二」
「俺は、別にいいけど……お前は嫌じゃないのか? 男なんかと誰が付き合うかっ、って散々言ってたじゃないか」
「今の状況の方が我慢できない」
「お前がいいなら、俺は構わないよ、蓮太朗。ありがとうな」

 *

「……お前ら、付き合ってるんじゃなかったのかよ」
「あれは、俺を庇う為に蓮太朗がついた嘘で……」
「ああ……そういうことか。じゃあお前は、今はあいつのことどう思ってるんだ?」
「それ、は……」

 *

「なあ、蓮太朗」
「……なんだよ」
「ごめん」
「な、……んで?」
「俺さ、嘘を本当にしたくなっちまった」
「…………」
「俺は、お前の事が好きだ。いつの間にか好きになってた。だから、もしお前がよかったら……本当に、俺と付き合ってもらえませんか」
「…………」
「蓮太朗? ああ、突然こんな事言われても困るよな……ごめんな」
「遅い!」
「?」
「遅すぎる! おれはとっくに幸二の事好きだったのに!」
「え、そうなのか?」
「そうだよ!! 何で気付かないんだよこのアホ!! 鈍感すぎる!!!」
「そうか……よかった」
「!!? 幸二、きついって」
「ああ、ごめんごめん。……じゃあ、キスしても怒らない?」
「……おれ、今までに怒った事あったっけ」
「……無かったな」

拍手


 暴力は、分かりやすい。

 そう思うのは、懸命に僕を愛してくれる母さんから受けとった痛みと優しさが、同じ量だからなのだろうか。

「そうね……私達は、一度離れた方がいいのかもしれないわね」
「それじゃあ……」
「ええ、行ってらっしゃい」

 泣きそうに笑うこの人が、世界で一番綺麗だと僕は思う。

「だけど、忘れないで。どんなに離れていても……私は絶対に、貴方の味方よ」
「うん、知ってる。愛してる、母さん」

 だから貴女の傍を離れる事を、どうか、どうか許して。


  *


 車がぎりぎりすれ違えるか、という狭さの山道を上っていく車の数は案外多かった。一台前を走っているのは左ハンドルの外車。その前には観光バスが走っている。
「意外と車通りはあるんですね」
 フロントガラスからの光景を見て、後部座席に座っていた柏木和也はぽつりと呟いた。まるで観光シーズンの登山客の群だ。和也がこみ上げる欠伸を堪えていると、バックミラー越しに運転手と目があった。
「起きたのかい、お坊ちゃん」
「……だからお坊ちゃんは止してくださいよ、運転手さん」
 和也が呆れたように言って、自分の服を見下ろした。自宅まで来て採寸されて仕立てられた制服は確かに和也の細身の体格に良く合っているが、どうにも垢抜けない。寧ろ仕立てのいいブレザーに着せられているように見える、と客観的に和也は思っていたが、その初々しさが逆に運転手の庇護欲をそそっていることにはついぞ気がついていなかった。
「ところで、あとどれくらいかかりそうですか?」
「なぁに、もうすぐだよ。ここらの車の目的地はみーんな、一緒だからナァ」
 それはつまり、このタクシーも、前の外車も、その前の観光バスも、運んでいるのはこの林道の果てにある『学園』の生徒だということだ。
 この学園は、幼稚園から付属の大学までを持つ有名な私立学園だった。ほぼ中高一貫となっている中等部と高等部だけが男子校で、この二つだけはなぜかド田舎も甚だしい山中に立地している。お陰で全寮制だが、それでも一学年は十クラスを越えるマンモス校だ。そこまで人が集まるのには、この学園が数多くの著名人を社会に輩出してきた名門校だからであり、その息子達、つまりは上流階級の子息達が多数在籍するためであった。僅かでも人脈を、とこの学園に子供を入学させる中流家庭の親も多い。だが和也はその例からは漏れて、人数は少ないが手厚い奨学金と、衣食住を保証された全寮制に惹かれて編入を決めていた。
「さ、もうすぐ学園の敷地が見える。窓の外を見ててごらん」
 運転手が和也にそう告げた直後、急に左手の森が開けた。緩やかな登りは次第に下り坂に変わり、眼下に実質的な学園の敷地が広がっている。その光景を見て、和也は息を飲んだ。
 小さな異世界だった。
 おそらく、地形的には盆地となっているのだろう。周囲をぐるりと取り囲む広葉樹林の底に、空を映し込んだ湖が一つ。その湖畔に立ち並ぶのは、鮮やかな赤色に彩られた屋根の建物群だ。屋根の勾配がきついのは積雪があるからだろうか。その建物群を挟んで湖と反対側に広がっているのは、おそらく運動場だろう。きれいに敷き詰められた芝生がまぶしい。その運動場を取り囲むように並ぶ、用途がよくわからない赤い屋根の建物が、いくつも。同じ様な運動場がもう一つ、今度は青い屋根の建物に囲まれて、赤い建物達よりも奥の湖畔に広がっていた。
 正直、碌に下調べもしていなかった和也は、言葉も出せずに景色に見入る。それをバックミラーで見て、運転手が笑った。
「きれえな学校だろう」
「そう、ですね。日本じゃないみたいです」
「坊ちゃんの暮らす高等部は赤い屋根のところだよ」
「あの建物群、全部ですか? 相当な広さですね」
 後者らしき建物や、全寮制だけあって大量にある寮舎らしき建物以外にも細々とした建物はかなりある。人らしき姿も一応見えるが、この距離だとゴマ粒程度にしか見えなかった。
「まぁ、この辺は土地はいくらでもあるからなぁ。不便だから誰も住もうとしないがね。大雨でも降って、道路が塞がっちまったら完全に陸の孤島さ」
 まるで隠れ里だ、と和也は思った。山に閉ざされた、秘密の里。中にいる子供達を閉じこめ外界から守り抜くための、小さな楽園。だが和也がそんな感慨に耽っていられたのは僅かな間の事で、次の瞬間には再び森が始まっていた。薄暗い林道を縫うようにタクシーは走り抜ける。そうして木々のトンネルをくぐり抜けると、再び急に視界が開けた。太陽の光に眩んだ目が慣れてくると、真緑の芝生を切り裂く石畳の遥か向こうに、大きく水が噴き上がっているのが見える。噴水だ。そしてその水の柱の向こうに、中世の城のように白亜の館が聳えたっていた。
「さあ坊ちゃん、あれが本部だよ」
 唖然としている和也に、運転手は笑みを浮かべながら告げた。

  *

 それじゃあまた、ご縁があれば。そう運転手が言い残してタクシーが走り去る。とりあえずの荷物が入ったキャリーバッグを片手に、もう片手には運転手が握らせた名刺を持って、和也は呆然と館を見上げていた。
「流石に馴染めるか、不安になってきた……」
 だが、いつまでも入り口の前で立ち尽くしているわけにもいかない。首を左右に振って和也が歩き出そうとした、その時。
「――待てよ」
 唐突に背後から呼び止められて、和也は振り返った。
 噴水の水を湛えている石垣の淵に、和也と同じ制服を着た少年が片足を石垣に上げて腰掛けている。赤銅色の髪を逆立て、耳にはサファイアの様な色の石の小振りなピアスが一つ。シャツの前ボタンは二つ開いていて、ブレザーのボタンも前で留められることはなく、着崩されている。その学生が、片手を水に付けて遊ばせながら和也を見る。
「お前、編入生だろ」
 射抜くような視線に、たじろぎながら和也が答える。
「そう、ですけど」
「名前」
 端的に発せられた言葉が、質問であることに和也が気づくまで一瞬の間が空いた。
「柏木和也です。あなたは?」
「佐渡匡平。高等部生徒会長だ。お前を迎えに、来た」
 佐渡が噴水から降りて、迎え? と首を傾げる和也の隣を通り過ぎる。佐渡は本部、と呼ばれているらしい白亜の館の扉に手をかけて、それから和也が一歩たりとも歩いていない事に気づいて呆れたように振り返った。
「何してんだ、着いてこい」
 とりあえず、着いていけばいいらしい。それだけを把握して、和也は慌てて佐渡の後を追った。

 *

「まずは、理事長に挨拶。それから寮にお前を連れてく。後の事は護衛に聞け。質問は?」
 佐渡の説明は簡潔すぎて何を聞けばいいのかも分からない。ないです、ととりあえず答えた和也は、それから耳に残った妙な言葉に気付いた。
「あの、護衛って何ですか」
 質問は無いんじゃなかったのか、と言わんばかりに佐渡がぎろりと和也を睨む。思わずひぃっ、と和也は声を上げた。
「護衛は護衛だろうが。お前、仮にも編入生だろう?」
「……何でもないです」
 だから、なんで編入生に護衛なんて物騒なものがつくんだ、と声高に和也は叫びたかったが堪えた。多分、言葉が通じないだろう。もしかしたらこの学園の生徒は皆この調子なのかもしれない、という可能性に和也は思い至って、和也は数人はいるであろうこの学園の編入生仲間に会いたくなった。
「そういえば、今年は編入生は何人なんですか?」
「三人。お前を入れて」

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  *

 車がぎりぎりすれ違えるか、という狭さの山道を上っていく車の数は案外多かった。一台前を走っているのは左ハンドルの外車。その前には観光バスが走っている。
「意外と車通りはあるんですね」
 フロントガラスからの光景を見て、後部座席に座っていた柏木和也はぽつりと呟いた。まるで観光シーズンの登山客の群だ。和也がこみ上げる欠伸を堪えていると、バックミラー越しに運転手と目があった。
「起きたのかい、お坊ちゃん」
「……だからお坊ちゃんは止してくださいよ、運転手さん」
 和也が呆れたように言って、自分の服を見下ろした。自宅まで来て採寸されて仕立てられた制服は確かに和也の細身の体格に良く合っているが、どうにも垢抜けない。寧ろ仕立てのいいブレザーに着せられているように見える、と客観的に和也は思っていたが、その初々しさが逆に運転手の庇護欲をそそっていることには気がついていなかった。
「ところで、あとどれくらいかかりそうですか?」
「なぁに、もうすぐだよ。ここらの車の目的地はみーんな、一緒だからナァ」
 それはつまり、このタクシーも、前の外車も、その前の観光バスも、運んでいるのはこの林道の果てにある『学園』の生徒だということだ。
 この学園は、幼稚園から付属の大学までを持つ有名な私立学園だった。ほぼ中高一貫となっている中等部と高等部だけが男子校で、この二つだけはなぜかド田舎も甚だしい山中に立地している。お陰で全寮制だが、それでも一学年は十クラスを越えるマンモス校だ。そこまで人が集まるのには、この学園が数多くの著名人を社会に輩出してきた名門校だからであり、その息子達、つまりは上流階級の子息達が多数在籍するためであった。僅かでも人脈を、とこの学園に子供を入学させる中流家庭の親も多い。だが和也はその例からは漏れて、人数は少ないが手厚い奨学金と、衣食住を保証された全寮制に惹かれて編入を決めていた。
「さ、もうすぐ学園の敷地が見える。窓の外を見ててごらん」
 運転手が和也にそう告げた直後、急に左手の森が開けた。緩やかな登りは次第に下り坂に変わり、眼下に実質的な学園の敷地が広がっている。その光景を見て、和也は息を飲んだ。
 小さな異世界だった。
 おそらく、地形的には盆地となっているのだろう。周囲をぐるりと取り囲む広葉樹林の底に、空を映し込んだ湖が一つ。その湖畔に立ち並ぶのは、鮮やかな赤色に彩られた屋根の建物群だ。屋根の勾配がきついのは積雪があるからだろうか。その建物群を挟んで湖と反対側に広がっているのは、おそらく運動場だろう。きれいに敷き詰められた芝生がまぶしい。その運動場を取り囲むように並ぶ、用途がよくわからない赤い屋根の建物が、いくつも。同じ様な運動場がもう一つ、今度は青い屋根の建物に囲まれて、赤い建物達よりも奥の湖畔に広がっていた。
 正直、碌に下調べもしていなかった和也は、言葉も出せずに景色に見入る。それをバックミラーで見て、運転手が笑った。
「きれえな学校だろう」
「そう、ですね。日本じゃないみたいです」
「坊ちゃんの暮らす高等部は赤い屋根のところだよ」
「あの建物群、全部ですか? 相当な広さですね」
 後者らしき建物や、全寮制だけあって大量にある寮舎らしき建物以外にも細々とした建物はかなりある。人らしき姿も一応見えるが、この距離だとゴマ粒程度にしか見えなかった。
「まぁ、この辺は土地はいくらでもあるからなぁ。不便だから誰も住もうとしないがね。大雨でも降って、道路が塞がっちまったら完全に陸の孤島さ」
 まるで隠れ里だ、と和也は思った。山に閉ざされた、秘密の里。中にいる子供達を閉じこめ外界から守り抜くための、小さな楽園。だが和也がそんな感慨に耽っていられたのは僅かな間の事で、次の瞬間には再び森が始まっていた。薄暗い林道を縫うようにタクシーは走り抜ける。そうして木々のトンネルをくぐり抜けると、再び急に視界が開けた。太陽の光に眩んだ目が慣れてくると、真緑の芝生を切り裂く石畳の遥か向こうに、大きく水が噴き上がっているのが見える。噴水だ。そしてその水の柱の向こうに、中世の城のように白亜の館が聳えたっていた。
「さあ坊ちゃん、あれが本部だよ」
 唖然としている和也に、運転手は笑みを浮かべながら告げた。

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 それじゃあまた、ご縁があれば。そう運転手が言い残してタクシーが走り去る。とりあえずの荷物が入ったキャリーバッグを片手に、もう片手には運転手が握らせた名刺を持って、和也は呆然と館を見上げていた。
「流石に馴染めるか、不安になってきた……」
 だが、いつまでも入り口の前で立ち尽くしているわけにもいかない。首を左右に振って和也が歩き出そうとした、その時。
「――待てよ」
 唐突に背後から呼び止められて、和也は振り返った。
 噴水の水を湛えている石垣の淵に、和也と同じ制服を着た少年が片足を石垣に上げて腰掛けている。赤銅色の髪を逆立て、耳にはサファイアの様な色の石の小振りなピアスが一つ。シャツの前ボタンは二つ開いていて、ブレザーのボタンも前で留められることはなく、着崩されている。その学生が、片手を水に付けて遊ばせながら和也を見る。
「お前、編入生だろ」
 射抜くような視線に、たじろぎながら和也が答える。
「そう、ですけど」
「名前」
 端的に発せられた言葉が、質問であることに和也が気づくまで一瞬の間が空いた。
「柏木和也です。あなたは?」
「佐渡匡平。高等部生徒会長だ。お前を迎えに、来た」
 佐渡が噴水から降りて、迎え? と首を傾げる和也の隣を通り過ぎる。佐渡は本部、と呼ばれているらしい白亜の館の扉に手をかけて、それから和也が一歩たりとも歩いていない事に気づいて呆れたように振り返った。
「何してんだ、着いてこい」
 とりあえず、着いていけばいいらしい。それだけを把握して、和也は慌てて佐渡の後を追った。

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 状況を整理しよう。
 時間が巻き戻っている、という現象が観測される事は珍しい事ではあるが、全くありえない事ではない。同じ時を繰り返す閉ざされた空間や、時の流れが逆行している空間の存在は確認されている。その空間の時を支配する精霊によって、時の流れは様々なものなのだ。だから、一昨日が三日も来ている事自体はさほど問題ではない。問題なのは、
(どうして僕だけが異常を感じている?)
 ジィーリィはパンにバターを塗る手を止めた。空間の時が巻き戻っているのなら、その空間の中にいるジィーリィも同様に巻き戻って、何の違和感もない一昨日を今日も過ごしているはずなのだ。ジィーリィは確かに魔法が効かない体質と言えども、時の流れ方は言わばその空間の『設定』だ。そもそも魔法は『水は上から下へ流れる』といった世界の設定に逆らう事を指す。つまり繰り返す時の流れから取り残されるという事は、時の流れ方に逆らうも同義で、魔法が効かないはずのジィーリィに魔法が効いているという矛盾した結論を導いてしまうのだ。
 どうしたものか、と小さなクロワッサンが一つ乗っかった皿をジィーリィが見つめていると、ロットの手がその皿にまで伸びてくる。ジィーリィはほぼ反射的にその手を叩いた。
「行儀が悪い」
「ちぇー。いいじゃんかよ」
 恨めしくジィーリィを睨んでくるロットの皿は空っぽだ。旺盛な食欲には少し物足りなかったらしい。
「ちょっとくらいお腹が空いている方が、買い食いは楽しいんじゃないの?」
「それもそっか、んじゃあお前が食い終わったら早速でるぞ!」
 ロットがにかっ、と機嫌良く笑う。
「ああ……それなんだけど」
「ん?」
「今日、別行動にしないかな」
 一瞬、場の空気が固まる。今までのご機嫌はどこへやら、ロットが今度は急速に不機嫌になる。
「えーっ!? なんでだよ、お前行きたい所あんのか?」
「まずは帰りの仕事の為に飛行場に顔を出すんでしょ? 僕その間暇だし、この辺を散歩しとこうかと思って」
「……そんなに待つの嫌かよ」
「うん」
 唸るような声に、しらっとジィーリィは答えた。その返答に半泣きになりそうになりながらも、ロットがびしっ、と指をジィーリィに突き付ける。
「……っ、じゃー勝手にしろよな! 迷子になって泣いたって探してなんかやらねぇからな!」
「はいはい。買い食いは、明日行こう。美味しそうなお店探しておくから」
「うー……。約束だからな!」
「うん、約束する」
 明日が来れば、ね。と、ジィーリィは内心で付け足した。

 *

 人込みのざわめきの中、事故だ、という声だけは鮮明にジィーリィの耳に届いた。薄暗い街、道を行き交う車、ヘッドライト、ブレーキ音。捕まえた腕、あぶねっ、と笑ったのは。咄嗟にジィーリィの脳裏に浮かんだそれらは、いつのものだったか。
「僕は、馬鹿かっ!」
 ジィーリィは走り出した。周りの人々が怪訝そうにそれを見送るが、そんなことには気付きもせずにジィーリィは急いだ。

 *

 人混みを掻き分けたその先に、見慣れた人影が見えてジィーリィは叫んだ。
「ロット!」
 地面に倒れていた彼が呼ばれた方へ顔を向ける。真っ赤な血溜まりの中、裂けている足の肉の隙間から白い物が見えてジィーリィは思わず息を飲んだ。
「ジィー、リィ……?」
「お知り合いの方ですか?」
 ロットの隣で処置をしていた医者がジィーリィに問いかける。この時ばかりはロットや医者の、海底都市の住民達の肌の色の白さをジィーリィは恨みたくなった。どうしても、不吉なものを連想してしまう。
「そうです」
「近くに私の医院があるのでそこまで彼を搬送します。一緒に来てもらえますか」
 一も二もなくジィーリィは頷いた。
「わかりました」

 *

 車の中、担架に載せられているロットの隣でジィーリィはきつく手を握りしめた。
「ごめん、ごめん、ロット……!」
「なん、でお前が謝る、んだよ……」
「知ってたのに、僕は気付けなかった……!」
 一昨日も、昨日も、ロットはジィーリィが手を引かなければ大怪我をするところだったはずなのに。それを忘れて単独行動を取ってしまった自分が許せない。

 *

「ごめん、ジィーリィ」
 ベッドで寝ていたロットがぽつり、と言った。
「買い食い、行けないな。約束したのに」
「約束……? ねぇ、それっていつした?」
「え? だって昨日………………あれ?」

 *

 ロットは昨日捻った足を痛めたままだった。昨日した約束は無かったことにはならなかった。時の流れに逆らっていたのは、魔法にかかっていたのは、ジィーリィではなくて、この街にいる人々全員だったのだ。
(誰だかは知らないけれど、ふざけた事をしてくれる……!)
 くそっ、と突然吐き捨てたジィーリィにロットが目を丸くする。その額にジィーリィは乱暴に腕を伸ばし、瞳を閉じた。
 魔法なら。魔法ならジィーリィにとって解除するのは簡単だった。意識を凝らして、世界の法則を歪めている魔力を取り除けばいい。三回、ゆっくりと呼吸をするとぱりん、と何かが割れる様な音がジィーリィには聞こえた。それからロットから静かに手を離した。
「ジィーリィ?」
「つかぬ事を聞くけど、ロット」
「うん」
「今日はこの街に来てから何日目?」
「えっと、五日? ……あれ? 三日目?」
「五日で合ってるよ、ロット」

 *

「これからどうする?」
「まずはロットがその足を治さないとね。飛行機に乗れないでしょ?」
「そりゃそうなんだけど。……帰れるのか、おれ達」
「今日出発する仕事を受ければこの街から出る事はできると思うよ。多分、魔法の影響範囲はこの街だけだろうし」
「……これ、放っといていいのか?」
「……あまり良くないだろうね。僕がいなかったらもしかしたら君は一生この街からから出られなかったかもしれないし。これって他の人にも言える事だよね」
「だよ、な。なぁ、おれにやったみたいに一人ずつ解除していったらどうだ?」
「それも一つの手だとは思うけど。ただ人数が人数だから時間がかかりすぎる。多分ロットの足が治る方が早いよ」
「んじゃさ、その魔法の解き方を教えてくれよ。手分けして、解除したやつにも解き方を教えて、ってやれば結構すぐなんじゃねーの?」
「え? ……あ、そっか、説明してないんだっけ。魔法の解除は魔法をかけるよりも複雑で難しいし、魔法の素養が必要なんだ。だけど、僕が見ている限り、海底に住んでいる君達に魔法の素養は無い」
「って事はジィーリィは魔法が使えんのか?」
「いや、使えない」
「何だよそれ」
「僕は例外。特異体質で、魔力は扱えないんだけど一切の魔法を無力化することはできるってやつ」
「つまり、魔法を解けるのはジィーリィだけで、しかも一人ずつしかできない?」
「そういう事だね。多分、どうしてこんなことになっているのかの原因が分からないとなんともできない」
「じゃーまずは原因探しか」
「そうだね。ただ、ロット。君の足が治るまでに何の手掛かりも掴めなかったら、その時は潔く帰る事にしよう。皆心配してるだろうし」
「そんじゃあおれ何にもできないじゃん!」
「できる事を考えてからの発言かな、それ? まぁ、今日のところは僕はここにいるから、ひたすら作戦会議といこうじゃないか」
「何でだよ」
「僕が目を離した隙に大怪我したのは誰だっけ?」
「うっ……悪かったよ、心配かけて」

 *



 *

 時計塔の鐘が鳴る。それは、止まっていた時が動き出す合図だ。
「何はともあれ、一件落着……かな?」
「おう! 帰ろーぜ、ジィーリィ」
「そうだね。運転頼んだよ、ロット」

 *

「……ぇ?」
「ん? どうかしたか、ロッ「い、いま、ううううう、動いたあああああああああああ!?」
「ちょ、何すんだ! 痛ぇだろうが!」
「動いた動いた、今絶対動いたってだってオレ目ぇ合ったもん今!」
「はぁ? なんだって、ん……だ、よ……」
「起きたあああああああああ!?」
「……うるせぇ! ……どうなってんだ? 脈も無かったはずなのに……」
「どうしよう……ゾンビかな? それとも誰かの霊が乗り移ったとか? 研究所で解剖するって話聞いて怒ったのかな?」
「あー、うん、ロット。お前話聞いてこいや。俺はちょっと出てくるから」
「は!? え、イオ、どこ行くんだよ!」
「流石に素っ裸はまずいだろ……俺、服取ってくるわ。んじゃロット頼んだ」
「この状況でオレ置いてく!? この薄情者おおおおお!」


「あの、えーと、こんにちは……」
"Ou on est ?"
「はい?」
"Vous pouvez me comprendre ?"
「もしかしなくてもこれって、言葉通じない……?」

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起 世界観説明
承 主人公1が主人公2を拾う
転 なんとびっくり生きてました?
結 面倒を見ることになったよ

 見上げると、少しばかり濁った空の向こうに太陽が輝いている。そこから何かが落ちてくる。落とし物だ。愛機の残存燃料に視線を走らせた。針が帰還には十分な量を指していることを確かめて、舵を切る。落とし物が大層な金になることをよく知っていた。


 綺麗な体だった。彼の造形の事ではなく、もっと単純に、空に落ちてから間もないという意味で、彼は綺麗だった。飛行士であるロットは落とし物の人間を何度か見たことはあるが、ふやけてブヨブヨになったそれらはもう人ではない何かだった。
「生きてるみてぇだな……でもどうすんだ、これ」
 ロットと同様に、しげしげと彼を眺めていた年長の飛行士が言う。
「いつもみたいに切り分けて、ってわけにはいかねぇだろ」
「葬式でもする?」
「名前も知らねぇのにか」
「うーん」
 どうしようか、とロットは目の前の体にもう一度視線を這わせた。彼が所有していた換金できる落とし「物」は全て体から取り外して、種類ごとにまとめて置いている。後は彼の体だけだったが、捨てるわけにもいかない。
 少女めいた顔立ちに、髪は立たせれば肩は軽く越すであろうプラチナブロンド。淡く色づいた肌は艶やかで、体格も華奢だ。身ぐるみを剥がされて下着すら身につけていない下半身にさえ目をやらなければ、彼を男だと断定するのは難しかっただろう。
「状態がきれいだから、もしかしたら売れるかな」
「死体を買う奴なんざロクな奴じゃねぇぞ」



 主人公1 ロット(陸斗(ほんとは「ろくと」))
 一人称おいらな感じの、素朴な馬鹿。赤ん坊の頃に飛行士養成所の近くに置き去りにされていた。飛行士の誰かが孕ませた子供じゃないのか、という事になって気のいい飛行士達によって育てられた。ガサツかもしれない。
 幼い頃から飛行機に囲まれて育ってきたため、飛行士になるのは早かった。14歳だけれどもパイロットとしては一人前と認められている。飛行機に関する知識に関してはよく知っているが、他は一般常識くらい(普通教育は無い世界)。今は図面を引く勉強をしてる。
 両親を知らない事については特に悩む様子もなく、けろりとしている。飛行士達に育てられることになった経緯も知ってる。

 主人公2 
 空から降ってきた謎の少年(16歳~17歳くらい)。中性的な顔立ちをしていて、体の線も細い。言葉が通じないが、その割にはすぐに現状に適応している(んだけど周囲は空から降ってきたという印象が強すぎてやけにあっさり適応したことには気付いてない)。
 本当は上の世界で海に捧げられたから落ちてきた。生まれた時から犠牲になることは決まっていて、葛藤などもかつてはあったものの既に自分の運命は受け入れていた(その過程で多少の性格の歪みがある)。そのため、何故か生きている現状に違和感を拭えなかったり。
 「どうせ死ぬから」と本人の希望はほぼ叶えられる環境で、ひたすら読書に打ち込んだ。記憶力・理解力共によく、古代語等の語学にも堪能。頭の回転が早く、観察力にも優れていたため、犠牲を取り消すという話も上がったほどだったが、その頃には本人は自分の運命を受け入れていたため、話にはのらなかった。
 物静かで他人に対しては一歩線を引いている。人に注目される事、監視されるのが当たり前だったため、他人の視線は気にしないし、他人にどう思われようとも気にしない。特大の猫を被っているため、外面では微笑んでいても全然違う事を考えていたり。嫌いな人ははっきりと嫌う。態度には出ないが。猫を被っているのは警戒心の表れ。主人公1にはそのうち猫を被らなくなるが、それも二人しかいない時だけだったりする。
 要するに、結構性格悪い。

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 異国の言葉が、耳障りのいい声に乗って聞こえてくる。動きの少ない穏やかな旋律に導かれて。開かれた窓から入り込んできた風が彼の頬を撫でた。彼に気付かれないように、そっと椅子を引く。まだ彼の歌声を聞いていたかった。
 一度閉じられた唇が、花が咲くように開いていく。空気を吸い込む音。それからから放たれる歌は、それだけで青空を作り上げた。澄み切った空に燦然と輝く太陽。いのち。その喜びを高らかに歌い上げる彼は、確かに生きていた。歌うことが至上の喜びであると設定されたにすぎない機械だったが、それでも彼は、たった今、生きていた。

 *

「おい待て、このネギっ!」
「ネギじゃない、ミクだよっ!」
「どっちでもええわ! ええから、止、ま、れ、って言ってんのが聞こえへんのか!」
「聞こーえなーい!」
「嘘つけぇぇ!」

 どんがらがっしゃん!

「いったぁーい!」
「はい、捕まえましたよ、マスター」
「おう、助かったわ、カイト」
「離して! ミクが可愛いからって変なところ触らないで」
「ほぅ……セクハラはいかんで、カイト」
「してません」
「んじゃ行くで」
「どこに?」
「俺んち」
「やだ! そこでミクにあんなことやそんなことする気なんでしょ!」
「あんなことやそんなこと ってなんやねん」
「わかんない!」
「じゃ、着いてからのお楽しみやな。ほーら大人しくしぃ」

「製造番号○○××△△ー□ 所有者は……もう死んでるんか? 死亡届けは提出されてなさそうやけど」
「そうみたいですね。高齢者の一人暮らしだったようで、身寄りもいないようです。何らかの原因で自宅で亡くなった後、誰にも気付かれる事無く放置されている、といったところでしょうか。彼女は、眠っていると思っているようですが」
「……っつーことは所有者の家に行かなあかんって事か。遺体の状況は?」
「相当腐敗が進んでいますよ。臭いもかなりきついと思います。上に連絡して、確認してもらうのが妥当だと思いますが」
「せやな……。じゃあカイトはミクとの接続を解除、それから上に連絡を取ってくれ。その間にプログラムの更新しとくわ」
「わかりました」

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 何か、いる。
 眼下に浮かび上がった自分の機体の影にパイロットは確信した。六方を水に囲まれたこの空間では、光は水によって徐々に拡散されてしまって、辺りに漂う淀みしか見えないはずなのだ。水圧計、水流計、残存動力源の値を確認して、パイロットは「何か」に気付かれないように少しずつ加速する。黒々としたその体に写る機体の影がどんどん小さくなっている事を視認して、パイロットは通信機の電源を付けた。途端に鳴り出す酷いノイズの中に、微かに人の声が混じっている。自分の機体番号を告げ、そしてパイロットは報告した。

――都市より西北西におよそ10km地点。「主」の存在を確認。

 それを最後にして、その機体からの連絡は途絶えた。


 *


 整備場の扉を開くと、中はむせ返るようなオイルの臭いだった。それに嫌な顔一つせずに、否、むしろ嬉しそうな顔をして少年はその中に飛び込む。扉を挟んで左右に整然と並んでいるのは、流線形の本体の左右から翼が飛び出た機械だ。その脇で、全身を黒く汚しながら大人達が整備を行っている。そのうちの一人が整備場に入ってきた少年に声をかけた。
「よう、チビ。お勤めご苦労さん。おめぇの機体はいつもんとこだ。ノッポが待ってっからさっさと行ってやれ」
「わかった!」

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「ごめん。ごめん、ね……エリオット」
「どうしたんだよ、突然」
「出会わなければ良かったんだよ、僕たちは。係わり合うべきじゃあなかった。そうすれば、君が、あんな風に死ぬことも無かったのに」
「おいリーオ」
「だけどね、だからと言って君のいない日々なんて、僕にはきっと選べないんだ」
「……人の死因を勝手に自分のものにするな。あれは俺の責任だったんだから」



 *

「――。久しぶりだな」
 彼がおれの名前を呼ぶ。けれど、違う。彼に呼んで欲しい名前はもっと別の名前だ。どうして、そう思うかは分からないけど。
「久しぶりという程でもないよ。また来たんだ、鴉(レイブン)」
 どうして有力貴族の嫡男である彼が、こんな年下のおれに仕えたがるのかは分からない。それでも彼が本心で、本気でおれに忠誠を誓っているのは分かる。そして、おれを通しておれじゃない誰かを見ていて、けれども、確かにおれを見ている事も。
「ああ。暫くは会いに来れなくなるからその挨拶と、弟を連れて来た」
「なんだか凄く違和感のある用事の組み合わせだね」
 彼はおれに忠誠を誓っているけれど、だからといっておれの命令に従うとは到底思えなかった。彼はおれの従者らしいが、おれは彼の主人じゃあない。彼が従うのは本当の主人の言葉だけだ。そうでなければ、勝手に従者になっておいて、主人の許可も得ずに『暫く来ない』だなんて言えないだろう。彼は矛盾に満ちている。それでいいのだと思う自分は、もっと矛盾に満ちている。
「唐突ですまないな、――」
 また呼ばれた名前は、ノイズが走ったように聞こえない。それはおれの名前じゃない。ただの音の羅列。だけどおれの頭に載せられた彼の掌の温もりは本当だった。
「エリオット、入っていいぞ」
 彼がドアに向かって声をかける。その名前に、おれの心臓がどきん、と高鳴った。エリオット。おれはその名前を知っている。胸にぽっかり開いた穴のような喪失感と共に、おれは知っていた。
 扉が開く。初対面であるはずのエリオットはそこから姿を現わして、そして真っ直ぐにおれを見て、呆然とおれの名前を呟いた。視界がぼやける。慌てておれに駆け寄ってきたエリオットはそのままおれを抱きすくめて、そして誰にも聞こえないような大きさの声で言った。よかった、と。
 おれの涙は止まらない。どうして泣いているのか分からない。悲しさと懐かしさと嬉しさがごっちゃになって、ぽろぽろと涙を流すおれを、彼とエリオットは何も言わずに抱きしめてくれた。何も言わなくても、よかった。

 彼の本当の名前は知っている。主従の契約を交わす時に、一度だけ呼んでほしいと伝えられたから。名を呼んだ時の彼は、自惚れではなく本当におれを慈しんでいるのだと見ただけでわかるような眼差しをしていた。だから、彼の本当の名前は呼ばない。まだ呼べない。あの眼差しに答えられるようになるまでは、まだ。

拍手


 死者を蘇らせる能力と謳われているけれど、そんなものどこまで本当か分からない。本当に本人かもしれないし、それとも俺の記憶から再構成された偽者なのかもしれない。それでも、どっちでもよかった。俺はもう一度彼に会いたかったから。強烈な光であった彼を失う事で、壊れていくモノを見て見ぬフリはできなかったから。だから俺のチェインでできることがあるなら、やるしかないと、思った。

 薄暗いパンドラ本部の俺の部屋。久しぶりにチェインの本体を呼び出して、俺は目を閉じる。

――代償は何か、わかっているな?

 ああ。頭の中に直接響く掠れた声に答える。事前に警告をくれるのだから俺のチェインは酷く良心的だ。

「俺の記憶を代償に、あいつを……エリオット=ナイトレイを呼び出してくれ」

 もう後戻りはできない。記憶の中の彼が俺に怒鳴り散らすのが簡単に想像できた。優しい優しい、あの頃の思い出。でも今こうやって思い出していることすら、俺は忘れる。

――承知した。

 ぷつん、と重苦しい声が途絶える。流れるように思い出していた彼の事もぷつん、と止まる。それから意識が吸い込まれるように落ちていった。

 あ、俺床で寝ることになるな。


 *


「……っ! ローランド! ローランド!!」
 耳元で必死そうに俺を呼ぶ声が聞こえた。体も結構な勢いで揺さぶられている。この声は、えっと……。
「ギルバート、さま……?」
 思ったよりも声は出なかったが、それでも揺さぶりを止めるには効果があったらしい。重い瞼を上げると、随分と思いつめた金色の瞳が俺を見つめていた。くしゃくしゃの黒髪を揺らしながら、すとん、と座りだす。
「意識が戻ったんだな……」
「ええと、おかげさまで……?」
 一体何があったんだ。どうしてギルバートがいる? っていうかここは……パンドラの自室だ。ベッドで俺は休んでいたらしい。
「あの、何か御用ですか?」
 ベッドの脇、床にギルバートは座り込んでいる。様子が、多分おかしい。おそるおそる声をかけると、絞り出すような、微かな声で返答があった。
「お前まで……いってしまうのかと思った……」
 右手をぎゅうと握りしめているギルバートの声は震えていた。よっぽど、堪えるような事があったらしい。俺はベッドから身を起こして、握りこまれた右手の指をそっと外してやった。
「何があったのかは存じ上げませんが……俺でよければ、お話くらいは伺いますよ?」
 それは、俺にとっては何の他意もない問いかけだった。ギルバートが凹んでいるのなら、少しは慰めてやりたい。俺は従者だが、ナイトレイ家の裏稼業やパンドラにおいては俺とギルバートは同僚だ。人の上に立つ事をあまり良しとしないギルバートとは、身分的にはおこがましいものの、友人のような関係を築けていると思っていた。だからこその提案だ。
 それに対するギルバートの答えは、驚愕に見開かれた目だった。
「存じ、あげな……い……だと!? お前、もしかして忘れたのか!?」
 思いっきり俺の肩に手を置いて、またギルバートが俺をがくがくと揺らしにかかる。
「な、何をですか……?」
「エリオットだ! ナイトレイ家嫡男、俺の弟の、リーオの主人の!! 忘れたのか!?」
 エリオット。その名前に聞き覚えはなかった。ギルバートの弟と言えばヴィンセントだ。だが彼の従者はエコーであって、リーオではない。リーオの主人は……と記憶を辿って、そこで俺は不自然な空白があることに気が付いた。きっと、そこに入るのがエリオットという名前だろう。
「……多分、忘れていますね」
「ローランド……」
 ギルバートの手が、力無く俺の肩から落ちる。何があったのかは俺にはよく分からないが、ある可能性に俺は気付いていた。だが、それを確認する前に俺にはやらなければならない事がある。
「なので、何があったのか、俺に教えてくれませんか?」
 それは、目の前の主人を落ち着かせる事と――俺がどんな記憶を失ってしまっているのかを、確認することだ。

 *

 ギルバートから聞いた話ではこうだ。
 エリオットというのはナイトレイ公爵の実子、つまりギルバートからすれば義弟になる。そして末っ子。成人の儀は済ませているが、まだラトウィッジに通っているという事で一家の中ではまだまだ可愛がられていたらしい。俺は彼がラトウィッジに入学する前は彼の専属護衛だったらしい。確かに、誰かの護衛をしていたという記憶はある。性格は清廉潔白、貴族としての誇りを高く持っていた、と聞くと俺は苦手なタイプのような気がするが、同類のギルバート曰く、身分の別なく分け隔てなく接するタイプだったようで、そういえばあのリーオを自らの意志で従者にしたらしいということを思い出せばそれほど苦手なタイプではないだろう。お前とも仲は良かったよ、と湿っぽい声でギルバートは言った。
 で、湿っぽい理由だが、そんな彼は先日亡くなった。だからこそのパンドラに漂う葬式ムードで、っていうか彼の葬式に俺は参列していた。そこからは結構覚えている通りだった。死因は全身の傷口からの失血死だが、状況は不明。唯一現場を目撃した生存者と思われるリーオは発狂しかけてロクに話を聞けていない、という状況でヴィンセントがナイトレイ公爵を殺害してリーオを連れて逃走。ヴィンセントはブラコンな割には兄の胃を痛くさせることに頓着はしない弟だった。
 一通り話した事でギルバートは少しは落ち着いたらしい。取り乱して悪かった、と言って俺の部屋を出て行った。俺以外誰もいない部屋。決して広くは無いが、俺があまり物を置かない性格だからかガランとしている。その静寂の中、俺は静かに一人の名を呼んだ。

「――ミラ」

「はい、お兄様」

 唐突に部屋に姿を表したのは、俺よりも少しばかり年下な、可憐な少女だった。というか、俺の妹。多少は兄の欲目もあるのかもしれないが、それを差し引いても十分可愛いと、俺は思っている。
 ただし妹には、実体がなかった。彼女は疾うの昔に死んでいる。普通ならば幽霊と呼ばれる類なのだろう。
「人形(ドール)が一人、増えてやいないか」
「ええ、そうですわ。煩くて堪りませんの。お兄様、どうかお話しして差し上げて?」
 妹は花も綻ぶような、小鳥が囀るような声で話す。
「ああ、そうする。けどその前に聞いておきたいことがあるんだが」
「なんですの? お兄様」
「お前はそいつのことを知ってるのか?」
 けれど時折、その声が酷く無機質に聞こえることがある。
「いいえ、お兄様。私達チェインの記憶は、宿主であるお兄様に記録されます。ですから、お兄様が彼についての記憶をすっかり差し出してしまったのなら、私の記憶もその時に差し出されてしまうのですわ」
「そうか。分かった」
 チェインとしての性質を話す時がその最たるもので、その度に俺は妹は決して人ではないのだということを思い出すのだ。人が死んだあと、その人物がどうなるのかは俺は知らない。知らないけれど、俺は自然の摂理にかなり反した事をやっているのではないかと、ぞっとする事はよくあった。
 目を閉じて、何も無い宙に意識を凝らす。無意識も静まり返って、完全な静寂に俺の意識が満たされた頃、すぅっと光が見えた。その声に、俺は『命じる』。
「来い……! エリオット=ナイトレイ――!!」
 光が、弾ける。急速に浮上した意識に従って目をあけると、そこにはやはり半透明の、少年がいた。

 そして、

「何、してくれてんだこんっのドあほ!!!!」

 怒鳴られた。

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 ルエメ布教しようじゃないの文章
 今から書くのは、特パロにおける出会い編。

 R団の手に落ちたルビーがラルドと共に脱出するお話
・ゴシルの信頼関係
・ゴルビ兄弟再会
・ルエメの馴れ初め?

起・ワタイエの助言
 ・サファをかばってR団の手に落ちるルビー
承・安全なところ=兄のところに飛ばされたサファ がジョウトリオに助けを求める
 ・その頃ルビーはラルドと出会う
 ・R団アジトについた4人が操られルビーと戦闘 ラルドもちらっと登場
転・R団の思想/目的を知る4人
 ・ラルドの目的を知るルビー
 ・ラティ解放の為に共闘する6人
結・R団は逃走
 ・ラルドがルビー達と同行する事に

 時間については、ルビー達が12歳くらいを想定。
 つまり、ホウエン組12歳、ジョウト組14歳、イエロー15歳、ワタル24歳くらい。

・R団
 サカキがトップでその下にロケット団、マグマ団、アクア団、ギンガ団、プラズマ団、といったグループが続いている。だいたい担当地域が存在。
 戦争に負け、ポケモンに屈している現状が気に入らない過激派。人間優位思想の持ち主。
 今回はポケモンを使役できる召喚士を捕らえてポケモンを操ろうとしていた模様。担当はルビーだしマグマ団で。
 人間に対し不満を抱く召喚士を集めてサカキが何がしたいのかは不明。

・ワタル
 最初の召喚士のうちの一人。召喚士歴14年(レッド達が17歳現在/シルバーより2年早い/11歳で発現)。レッド達の8歳年上。ゴールド達からすると10歳年上。イエローからすると9歳上か。
 数々の迫害を受けながらも、ポケモントレーナーとして養ったサバイバル能力で生き延びている。R団とは中立(ワタルから攻撃を仕掛ける事はないが、襲われると容赦なく反撃する。相手も勝てない事が分かっているので手を出してこない)。
 シチユウ地方各地を転々としている。一番他人を動かせる(=権力を持っている)召喚士かもしれない。
 トレーナーとして所有していたポケモン達が契約ポケモンのため、ドラゴンタイプばっかり。おかげで異様に強い。
 『森の子』として、ポケモンの気持ちを読みとれる。同じく『森の子』のイエローを保護している。
 かなり低年齢で発現したシルバーには目をかけていたようで、村にもちょくちょく来ていた。ろくに外にでたことがないシルバーが妙に物知りなのはワタルの入れ知恵。
 妙にシルバーの名前が一人歩きしている原因でもある。
 性格は苛烈ながらも、自分の懐に入れた人間(要するにトキワ組)には甘い。本人曰く「昔に比べればかなり丸くなった」との事で、昔は相当な性格だったっぽい。
 なんだかんだでシルバーが珍しく信頼している他人でもある。

・イエロー
 ワタルが保護している少女。昔は男装していたが、年をとるにつれて流石に無理だと言うことでもうやめている。
 ワタルにだけはタメ口。かなり容赦がない。他には敬語だが、慣れてくるとちょっと素が出て容赦がなくなる(シルバー)

・森の子
 自然豊かな東部森林地帯で生まれ育った事で少し不思議な能力を持った人間の事。かなり低い確率で生まれる。ポケモン世界の人間は先祖でポケモンと人間との混血が行われたというのが裏設定で、その遙か昔のポケモンの血が少し強く出た人間という立場。
 トキワ組がこれに該当し、ワタルは「ポケモンの気持ち/記憶を読みとれる」イエローは「他者の傷を癒せる」シルバーは「ポケモンの言ってる事が分かる」と言った具合。
 シルバーの能力に関しては本人も自覚しておらず、周囲も気付いていない(ワタルでさえも)。つまり表に出すつもりはない。

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