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小説置き場。
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微妙にアキ←ハル



 僕の双子の片割れはいわゆる、『不良』だ。

 髪は綺麗に金色に脱色しているし、耳にはピアスも空けてじゃらじゃらとアクセサリーをつけているし。
 制服も勝手に改造して真面目の「ま」の字もないような外見をして、そしてしょっちゅう授業をサボる。寝る。
 他の同じ様な不良行為をしている生徒と喧嘩するのも日常茶飯事ですぐ怪我をしてくる。
 そりゃあ、世の中の不良さんと比べれば酒も煙草もしないんだから十分真面目なんだろうけど、基本的に優等生ばっかりが集まるこの学園でそんな素行をしていれば、見事に、浮く。
 そしていつの間にか学園のはみ出し者の集まりになってる美化委員の学年代表になんかなっちゃったりして、中等部の三年の時は美化委員長なんてやってたりもした。
 僕がその時巻き込まれて副委員長をしていたのは余談だから置いておいて、とりあえず、僕が言いたいのは、僕の弟は近寄りがたい雰囲気を出しまくっている不良君だと言うことだ。

 と、英語の授業で習った論説文の構造の様に「冒頭で主題を述べ、次に例示による説明をして、最後に結論で締める」を実行してみたんだけどどうだろう。わかりやすかったかな?

 ちなみに言うと、兄である僕は至って真面目な一生徒だ。一人称が僕な時点でそんな事は察してくれるよね。
 だけど、どんなに不良であっても、流石に物心つく前からずっと一緒の弟を怖いとは思わない。

 つまり、ね?
 僕は、ひじょーに怒ってる、という事なんですよ。

  *

 扉を開けると、そこは手芸屋だった。なんて冗談ではなく。

「アキ! 部屋を散らかすな、って何度言ったらわかるの!?」

 弟、アキの部屋のドアをばん、と開けて、僕は渾身の勢いで部屋中から拾い集めた『毛玉』をアキに投げつけた。反射的にそれを叩き落としたアキがぎろり、とベッドの上から僕を睨みつける。

「テメェっ、邪魔すんじゃねーよクソが! 目数が分からなくなンじゃねーか!」

 案の定、アキの手元にあるのはかぎ針だ。
 趣味の編み物をしていたらしいがそんな事はどうでもいい。毛糸の色から察するに今手がけているのはパンダの編みぐるみらしいけどそんな事もどうでもいい。

「知るか! 好き勝手にリビング散らかして偉そうな事ほざくんじゃない! 毎回毎回誰が片づけてると思ってるのさ!」
「テメェが勝手にしてるだけだろうが!」
「何だって……!」

 寝坊して食堂に行く時間すらないアキの為に朝ご飯を作り、制服を用意し、低血圧なアキを起こして教室まで引きずって行き、アキがサボっている授業のノートを真面目にとり(そしてテスト前に奪われる)、放課後は委員会の書類仕事を一人でこなし、食事の買い出しをし、服の洗濯をして部屋の掃除までしている僕に対して『勝手にしている』だと……!?
 僕の顔がひきつって行くのを見てアキが(あ、やべっ)って顔をするのが更にムカつく。

「アキなんて知らない! だいっきらい!」

 ばん、と開けた時と同じ勢いでドアを閉める。
 ちょ、待て! とか聞こえるけど無視だ無視。
 うるさいから一発ドアを蹴りつける。黙れ、という僕の意思が伝わったのか部屋の中が静かになった。

  *

 静かになると、途端に冷静になってしまった。アキの部屋のドアにもたれ掛かって、ずりずりと座り込む。
 共有スペースになっているリビングの真ん中には段ボール箱が一つ置いてあった。中身は、アキが注文した毛糸だ。
 僕が部屋に帰ってきた時には既に部屋中に糸玉が散らばっていたけれど、それでもまだ段ボール箱の半分くらいは毛糸が入っている。
 多分、学校で嫌な事があってイライラしながらアキはここに帰ってきたんだろう。それでタイミング良く毛糸も来たから、好きな色をとって、編み物を始めた。
 僕からすればあんな細かい単純作業は余計にストレスが溜まりそうだけど、アキにとっては編み物をしている時が一番気が紛れるということはよく分かっている。

「……はぁ」

 すぐにカッとなってしまうのは僕の悪い癖だ。あの部屋の惨状を見たらアキの気が立っていたのは分かっていたはずなのに、つい同調して怒ってしまった。
 うなだれていると、唐突に背もたれがなくなって僕は後ろにごろん、と転がった。僕の視界の中で、アキが逆さまになっている。

「ハル」

 だらしなく床に転がった僕を、しゃがみ込んだアキがのぞき込む。
 バツの悪そうな顔でアキは口を開いた。

「さっきは言い過ぎた。悪かったな」

 決まりの悪さを誤魔化すようにアキが僕の頬を撫でる。くすぐったい。

「ううん。僕も、言い過ぎだった」

 だいきらい、だなんてそんなのは真っ赤な嘘だ。

「ごめん」

 目を伏せると、アキの指先が僕の髪を梳いた。
 それにしばらく甘んじていると、ひょい、と視界の端からひょうきんなパンダが姿を現した。

「やる」

 ぽと、と僕の顔の上にパンダの編みぐるみを落としてアキが視界から消える。
 そいつをつまみ上げて、僕はアキにバレないようにパンダにキスをした。

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 佐渡が扉を押し開くと、ちりんちりんと軽快なベルの音がした。それ以外の音はしない。床に敷かれた絨毯が音を吸収するのか、建物の中は静寂に満ちていた。二人が建物の中に入ると、後ろの扉が閉まっていく。開口部から差し込む光がなくなると、建物の中は急に暗くなったように和也には思えた。静寂が、痛い。外でなら感じられた風の音や鳥の鳴き声、噴水の水音といったものすらこの空間には無かった。立ち止まったままの佐渡に今からどこにいくのかと和也が尋ねようとした瞬間、扉が開く微かな音が聞こえた。視界の右端にあった扉だ。そこから一人の男性が姿を現した。
「ようこそおいでくださいました」
 かっちりとした正装に身を包んだ彼が、柔和に和也に微笑む。おそらく、この屋敷で仕えている人だろう。そこまで恭しく歓待される身分ではない、と和也は身を固くした。が、佐渡は意にも介していないらしい。和也のキャリーバッグを指さして至極当然のように言った。
「この荷物を翡翠寮まで運んでおいてくれないか」
「畏まりました。翡翠寮でございますね」
「ああ」
 ワンテンポ遅れて和也が会話の内容を理解する。ええっ、と声を上げる間もなく使用人は恭しく、それでいてなかなか強引に和也からキャリーバッグを取り上げた。
「えっと、お願いします……?」
 和也が訳が分からないままに長身の使用人を見上げると、彼はやはり柔らかく微笑んでいた。
「畏まりました、柏木さま」
 くすぐったいを通り過ぎて居心地の悪さすら感じだした和也が固まってしまったのを見て、佐渡がため息を付きながら間に入る。
「――それから、理事長はいるか?」
「はい、在室しております」
「わかった。行くぞ、柏木」
 和也の返答も待たずに佐渡は歩き出した。それに続く和也。暫くして後ろを振り返ると、和也のキャリーバッグを持った使用人が頭を下げて和也達を見送っていた。

 無意識のうちに足音を殺しながら、和也は辺りを見回してゆっくりと進んでいく。ざっと見る限り三階分の吹き抜けになったホールに、先を行く佐渡の声が染み渡った。
「外からみると、やっぱりこの学園は豪華なのか?」
 極彩色に彩られたステンドグラス越しの光の中、佐渡が和也の方を振り返る。眩しかったようで、左手を目の隣にあてていた。左耳のピアスが光を跳ね返してきらきらと光る。
 和也は苦笑した。
「そうですね。外に噴水はありますし、ステンドグラスはありますし。床は絨毯ですし」
「流石に絨毯なのはここだけだ」
「噴水とステンドグラスは他にもありそうですね」
 佐渡がむきになって言い返す様がおかしい。調子に乗って和也が揚げ足をとると、佐渡が首を傾げた。
「そんなに珍しいか……?」
「高校にはあまりないと思いますよ。ミッション系の学校だったりすれば、あるのかもしれないですけど、せいぜい一つくらいでしょうね」
「そういうもんか。小学校からこの学園だと、よくわからないな」
 佐渡の声に微かに憧憬が混ざっているように、和也には聞こえた。
 玄関ホールの突き当たりにある階段を三階まで登り、廊下に入る。窓からは校舎らしい建物を見下ろせた。まだ春休み中だが、校庭を走り回っている生徒もいる。和也が窓の方にばかり気をとられていると、佐渡が唐突に足を止めた。危うくぶつかりそうになって和也が廊下を見渡す。佐渡の前の扉の脇には理事長室と堂々と書かれていた。
「え」
 固い動きで和也が佐渡を見ると、佐渡は重々しく頷いた。
「理事長から話があるそうだ」
「そういう事は早く言ってくださいよ! 先輩!!」
「さっき理事長はいるか、って聞いてただろ。それで気付けよ」
 佐渡が理事長室の扉をノックする。和也が制止する間も無かった。
「高等部生徒会の佐渡です。編入生を連れてきました」
 少し間をおいて聞こえた入室許可に、佐渡は扉を押し開けた。

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 僕が在籍しているのはよくある、典型的な全寮制男子高校なのだけれど、ちょっとだけ独特なところがある。



 ぱん、ぱん、と堂々たる音が鳴り響く。それに合わせるように真っ黒な靄は消えて、辺り一面に清廉な空気が溢れだした。靄の中心にいたのは二人。一人は小柄なちょっと童顔寄りの生徒で、もう一人はスラッとした長身痩躯な生徒だ。校内でも有名な風紀委員長・副委員長コンビで、小さい方が僕の一つ下の一年生に、のっぽの方が僕の一つ上の三年生に在籍している。
 いつもは堅い顔をしているのっぽの方が、表情を幾分緩めて小さい方に何かを言っている。小さい方はそれに花が咲いたような笑みで答えると、のっぽにぎゅう、としがみついた! のっぽも小さい方の体に腕を回す! 僕は思わず拳を握りこんだ。

 萌 え る !!!!!!

 断っておくと僕は腐男子だ。男の子同士のいちゃいちゃに堪らなく萌える人種だったりする。
 それはともかく、二人に気付かれないように、音を立てずにこの萌えを押し殺すのはなかなかの苦行だ。ほんと、わざわざ風紀委員のお仕事現場候補に張り付いてよかった。そう、喜びを噛みしめているとつんつん、と後ろからつつかれた。ちらりと木の陰から二人の様子を伺うと、二人は校舎へ戻る様子だ。またつんつん、とつつかれる。もっといちゃいちゃしてくれてよかったのに。残念だなぁ。
「おいカイト」
 どことなく呆れを含んだ声がかけられる。それだけで意識がその声の持ち主に引き寄せられた。
「なんですか、マスター」
 後ろを振り返り、更に視線を下にずらすとそこにいたのは僕の主人(マスター)だ。木立の向こう、さっきまで風紀委員コンビがいたところを顎で指してマスターが尋ねる。
「あれでホンマに祓えたんか?」
 あれ、というのはさっき小さい方がした柏手の事だろう。あの柏手で無くなった黒い靄は、人間ではない僕にはよく見えるのだけれど、マスターには見えない。あの靄は、人間では精々勘がいい人が寒気のような嫌な気配を感じるのが限界で、勘がよくない人は知覚することすらできない。そんな目には見えない、けれど確かに存在している何かに、マスター達は『神気』という名を与えてそれを認識している。
「はい。流石は異能者一族の次期当主ですね。さっきまでは真っ黒に凝り固まっていた神気が、今ではもうきれいさっぱり消えていますよ」
 神気はあんまりにも量が多いと生き物に悪影響を及ぼす。そして残念なことに、僕が在籍しているこの学園はその神気がやたらと多い場所に立地してしまっていた。だから日常的に神気を祓う事が必要で、その為にこの学園にはちょっと特殊な生徒が在籍していたりする。この辺りが所謂王道学園とはちょっと違うところだ。秘密持ちの割合がやたらと高い、くらいに思えばいいのかもしれない。
「そんならええねんけどな。ほなカイト、ええ加減俺らも帰るで」
「はい、マスター」
 ブレザーのポケットに手を入れてマスターが歩き出す。もう新学年が始まったと言うのに、マスターは寒がりだ。転んだら危ないから、隣に並んでマスターの左手をポケットから引っ張り出す。僕の手に比べて随分小さな手を握りしめると、マスターも答えるように握り返してくれた。

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 自転車を下りてから、尋常じゃない量の汗をかいているのが分かった。汗を吸った下着が風で冷えてお腹を冷やす。下痢を伴いそうな腹痛と共にハンカチで汗を拭いながら教室に入り、いつも通りの二列目右から二番目の座席に荷物を下ろす。珍しく教授は既に教室に入っていたが、授業はまだ始まっていなかった。
 汗が気持ち悪い。ハンカチは既に湿りきっていて肌のべたつきまでは拭えなかった。ホワイトボードに数式を書き出した教授が冷房を付ける。喉が、渇ききっていた。カラカラに乾燥しているのではなく、絡み付いた痰が水分不足で更に濃縮され喉に張り付いている。飲み物は、持っていない。持ってくるべきだったと軽い後悔をしつつ、せめてトイレでうがいでもしようと席を立った。
 カタン、と背後で教室のドアが閉まる。冷房の効いていない、自然そのままの日陰の気温が心地いい。後ろのドアから遅刻者が入室するのを見ながら、エレベーターホールの前を通り過ぎてトイレへ向かった。近場で飲み物がありそうな事務室はまだ空いていない。
 うがいを一回、二回。口の中に入った水道水に体が歓喜している。それらを吐き出したあと、教室に戻った。
 授業が始まっていた。先ほどまでいなかった隣の席の友人が来ている。板書をしようとノートを広げてシャープペンシルを取り出す。数式を写す手に力が入らない。寒い。送風口から送られる冷風が体表の汗を気化させてどんどん熱が奪われる。気持ちが悪い。上着を羽織る。少しばかりマシになったが、それでもとてもノートを取るような気分ではなかった。寒い。気持ち悪い。この部屋には、いられない。
 何か飲まないといけない。今度は財布を取り出して席を立った。逃げるように教室を出て、数歩歩いて抑え切れない吐き気に襲われる。これは、まずい。再びトイレに向かって、便器の脇にしゃがみ込んだ。背中をさすってくれる人はいない。無性に泣きたくなった。少しばかり出た黄色っぽい吐瀉物を眺めていると、ガタガタと扉を開ける音。事務室に人が、来たらしい。立ち上がる。冷え切った体の表面に向かって、耳の奥からどろりと熱い汗が流れ出ていた。

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「で、どうするの? 家まで送ろうか?」
「……お前、これから俺に付き纏う気か?」
「そこまでする気はないけど。昔に戻るだけだよ」
「んじゃ俺は放って帰れ」
「なんで」
「もう普段つるんでる連中には連絡を取ってる。お前が学校でどう振る舞おうがお前の勝手だが、こんな時間まで外にいるのは問題だろう」
「同じ言葉、優司にも返すけど」
「家にいない方が電気代も浮く」
「……ごもっとも」
「お前は優等生やってる方が得だろ、つーわけで帰れ」
「優司の友達は信じていいの?」
「ああ」
「んじゃお友達が来るまで待ってるね」
「おい、話聞いてたのか?」
「別に夜遅くに出歩くくらい、家庭事情が免罪符になるでしょ」
「あのなぁ」
「あ、来たんじゃない? 友達」

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「おーおー、結構見てる見てる」
「何でわざわざファーストフードなんだ」
「いいじゃん別に。たまには贅沢させてよ」
「……キツイか?」
「一人暮らしとなると、生活費は約二倍だからねぇ。バイトしまくってようやくかつかつってトコ」
「そうか」
「そっちは?」
「最近は、大分マシになった。酒の量も減ったしな」
「おぉ、優司の頑張り伝わったんじゃない?」
「……」
「あいたっ。殴んなくてもいいじゃんか」
「五月蝿い」

「……ほら」
「へ?」
「腹一杯だ。食え」
「腹一杯って、まだ半分くらいしか食べてないじゃん」
「代わりにお前のを貰う」
「……それってまだお腹空いてるんじゃ」
「いらないのか? さっきから物欲しそうな視線を感じるんだが」
「いえいえいえ! 是非ともいただきますとも」
「……」
「さんきゅ、優司」

「さーて腹拵えもすんだし、本題に入ろう」
「微分だったか?」
「そう! 追試にひっかかったらバイトに行けないんだよ。お願いします、先生!」
「まずどこで詰まってんだ」

「優司といるとさ、ファーストフード追い出されないのがいいよな」
「?」
「ホントは長時間居座り禁止だから、勉強しようとすると追い出されるんだよ、あの店」
「へぇ」
「自覚ないなぁ……。店員さん、皆優司にびびって声掛けられなかったんだよ? 優司目つき悪いもんね」
「……ああ、お前の邪魔しようとしてた奴らか」
「仕事してただけなんだけどね……」

「今日はどうすんの?」
「ん……お前ん家泊まる」
「お父さんに連絡は?」
「初めからそのつもりで来た」
「それじゃあスーパー寄ろうか」
「だな」

*****

「和也」
「あれっ、優司、校門までお迎えとは珍しいね」
「今日暇か?」
「うん。どうかしたの?」
「見ろ」
「へ? えーっと、『お一人様お一つ限り』……。なるほど。それお父さん好きだもんねぇ」
「いいか?」
「勿論。ついでに俺も買い出ししようかなぁ……」
「とりあえず行くぞ」


―――――
以上高校生編
・和也→徒歩圏内の公立高校(ふつーのところ)。母親とは別居でバイトでぎりぎり生計を立てている感じ。
・優司→地元いわゆる不良公立高校にチャリ通。なのに医学部志望というぷちドラ○ン桜状態。中学時代はあまりちゃんとやってなかったから暇があれば勉強してる。元の頭自体はいい。家には父親だけ。中学時代にしょっちゅう和也のところに家出してきていたので未だにお泊り癖がある。口数が少ない。

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 むわっとした熱気が全身を包み込み、シャワーのように蝉の鳴き声が降り注ぐ。
 そんな夏休み真っ盛りの八月初め、柏木和也は小学校の校門の前に立っていた。荷物は何も持っておらず、薄手の長袖のTシャツは汗で背中に張り付いている。一歩足を踏み出すと、短パンのポケットに入れた鍵がキーホルダーとぶつかって僅かに音を立てた。
 今日は小学校の飼育当番なのだ。
 地元の少年野球が校庭で練習している脇を通り過ぎ、正門とは校庭を挟んで反対側の飼育小屋に向かう。緑色に塗装された金網が壁代わりのその小屋は、高学年になった和也が何度もドアで頭をぶつけるくらいには小さかった。入ってすぐの部屋には兎が四羽、右手の部屋には鶏が五羽飼われていて、鶏の部屋にはどこから入り込んできたのか雀が三羽、屋根の近くで忙しなく飛んでいる。鶏の部屋とは反対側にあたる左手の部屋では羽のほとんどが抜け落ちた孔雀が堂々と歩き回っていた。そんな飼育小屋には当然ながら鍵がかかっていて、飼育当番は職員室にまで鍵を取りに行かなければならないのだが、和也がその事を思い出したのは小屋に着いてからだった。
 照り付ける太陽に、命を削って鳴き続ける蝉。じわりと滲み出る汗にうんざりしながら踵を返しかけた和也だったが、飼育小屋の裏手から聞こえた物音に動きを止めた。もしかして、との思いで飼育小屋裏の餌小屋に向かう。扉の鍵は開いていた。ぎぃ、と建て付けの悪いドアを開くと、中では和也の同級生の安藤優司が、兎の餌がたんまり詰まったポリバケツに塵取りを突っ込んでいるところだった。
「来たんだ、安藤」
 意外な心地がして和也は呟いた。本来は二人一組の飼育当番の、和也の相方が優司だ。だが先生の言い付けなどは簡単に破り、授業もしょっちゅう抜け出すような優司がわざわざ飼育当番の為に学校に来るとは和也は微塵も思っていなかった。
「来なかったらあいつらご飯食いっ逸れるじゃねぇか」
 固形状の兎の餌を塵取りいっぱいに掬いとった優司がポケットに挿していた鍵を和也に投げ渡す。
「開けといてくれ」
 ポリバケツの蓋を閉めながらの言葉に、わかったと和也は頷いた。

 優司は優秀な当番だった。一体誰から聞いたのか、食べ残しの古くなった固形餌をまとめ、小屋内に貯まった糞と共に堆肥置場に捨てに行くよう和也に指示を出した。和也が帰って来た頃には、普段はどうやっても水の出ないはずの、飼育小屋脇に引かれた水道からいとも容易く水を出して泥のついた水入れを洗っていた。渇ききった校庭に小さな川ができている。突然の洪水に驚いた蟻が一匹溺れていた。
「詳しいんだね」
「去年委員だったからな」
 蝉の暑苦しい鳴き声に水音が混ざるだけで随分涼しく感じる。
「後は何するの?」
「孔雀と鶏のところのやつも洗う」
 優司が洗っているのは兎小屋の水入れらしい。顔を上げた優司と目が合った。優司の真っ黒な瞳はただ一言持ってこいとだけ言っていた。
 孔雀のところから水入れを取るのは簡単だった。和也の存在を歯牙にもかけないのだ。対照的に大変だったのが鶏だ。何故かやたらと和也の後を付けてくるため、兎小屋に入ってしまわないように気を使う必要があった。そのせいで入る時と出る時の二回、和也は入口で頭をぶつけている。そうこうして回収した泥がこべりついた水入れを持って、和也は水道に向かった。優司がしゃがんだ状態で綺麗になった水入れに水を貯めている。少し丈の短いTシャツが上に寄って、背中が少し出ていた。
 笑ってやろうと和也がそこに目を留めると、痣のようなものが背中にはあった。ほとんどの人なら痣のようなもの、で済まされるもの。だが和也にとってそれはあまりにも身近なものだった。それの正体に気付いた瞬間、和也の脳裏に母親の怒鳴り声が響く。


――どうして言うことをきけないの!

――静かにしなさい!


 普段は優しすぎるくらいに優しい母親だ。だが、一度怒るとどうにもできなかった。物を手当たり次第に投げ付けられた事も、気が済むまで殴られた事も何度もある。でもあの痣はそれとは少し違う。あれは、火のついた煙草を押し当てられた時にできる火傷の痕だ。ごめんなさいごめんなさいやめてお母さん、熱いよ……。
 ひとしきり暴力を振るった後、母親は部屋を出ていく。それからしばらくして、今度は泣きながら和也に謝るのだ。


――ごめんね和也、痛かったよね。ごめんね、ごめんね……!


 怒らせると怖いが、それでも優しい母親が和也は大好きだった。他の大人は嫌いだ、皆してお母さんを責めるから――。


「おい、柏木――?」
 優司の声と共に母親の声は消え去った。入れ代わりに空気いっぱいに広がった蝉の声が和也を駆け抜ける。纏わり付く湿気が和也に今いる場所を思い出させた。気付けば、優司が目の前に立っていた。
「あれ、どうかした?」
「どうかしてるのはお前だ。熱中症か?」
 優司の濡れた手が和也の額に触れる。ひんやりしていて気持ちがいい。熱と共にさっきの母親の声の余韻も消えていきそうで、和也は目をつぶった。少しして、優司の手が離れる。
「あんまりよくわかんねーな」
「大丈夫だよ、ちょっとくらっとしただけだし」
 笑い方を忘れた顔で無理矢理笑顔を作って和也は笑いかけた。優司がそれって大丈夫か……? と呆れながら呟く様子に、作り笑いは成功したようだと和也は胸を撫で下ろした。それでも訝しげな顔をしている優司をごまかす為に、そういえば、と和也は口を開いた。
「さっき背中見えてたよ」
 途端に優司の雰囲気が硬くなった。失敗した。よりにもよってこの話を切り出すあたり、自分で思っていたよりもあのフラッシュバックに追い詰められていたのかもしれない。
「見たのか?」
 信じられないほど低い声で優司が問い掛ける。そこで和也はようやく優司も同じであることに思い至った。顔が、上げられない。
「……うん」
 気付くべきではなかった事に気付いてしまった。和也が自分の痣を隠すのに必死なように、優司もまた努力していたはずだった。和也の様子を見て優司も何か感じたのか、低く呟く。
「……お前もか?」
 和也の体がびくりと跳ねる。思わず交差した黒色の瞳も揺れていた。すぐに地面に視線を落とし、和也は僅かに頷いた。それに優司が気付いたのかはわからない。永遠のように感じられる僅かな沈黙が流れた。蝉の声に、バッティング練習を始めた少年野球チームの球音が空に吸い込まれる。
「誰にも言うなよ」
 優司はそう言うと、和也の手から砂やら糞やらで汚れた水入れを奪い取った。それから立ち尽くしたままの和也の前で兎の水入れと同じように洗いだす。
「柏木」
 顔は水道に向けたまま、優司が呼び掛ける。先程までの声音が嘘のように、軽い。
「水、兎のところに持ってけよ」
 働く事を放棄していた和也の頭がようやく回りだした。優司の隣に置かれた水入れを取りに行く。
「ねぇ安藤」
 ふと思い付いて和也は口を開いた。
「何だよ」
「俺も洗いたいんだけど」
 優司がなんとも微妙な顔をする。
「……楽しい事でもねぇぞ」
 それでも優司は言いながら、脇に置いた水入れを持って立ち上がった。


(100201)


*****

 こんな小六いてたまるか。
 大きくなると和也が上っ面だけの社交的人間、優司が医者志望の素行不良になって、高校は別だけど大学は同じになるのかなぁと思っています。

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 卵の尖っていない方を切り落としたような流線型の本体は下側のみが半透明の黄緑色で、残りの色は白だ。それの片側が円筒状にくりぬかれていて、そこに輸入物のミネラルウォーターのペットボトルが逆さまになってささっている。青地に白色の文字と果物が描かれたラベルから中に入っている水が透けて見える。本体の後ろからは白いコードが延びていて、先端のプラグが黒板の下の足元の縦に二つ並んだコンセントの下側に繋がっている。静まり返った教室の中で、教団の上のそれが鳴らすグツグツという低い稼動音は殊更良く響いた。ペットボトルの中の水面は微かに振動している。時折ペットボトルの下方から大きな気泡が空目掛けて走り抜けた。本体のペットボトルの隣の部分の上部に細長く開いた穴から、微かに煙が立ち上る。

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 昼間は立っているだけで汗ばむほどの陽気だったというのに、夜はまだ寒い。
 昼のままの調子で半袖で外に出てきてしまったことを僕は少し後悔した。
「ほらよ」
 突然、僕の目の前にアルミ缶が差し出された。ついさっきまで誰もいなかったのに、いつの間にか竜二郎が僕の前に聳え立っている。とりあえず差し出されたものなのでありがたく頂戴して、缶を開けようとしてふと気付いた。
「竜……僕はまだ未成年だけど」
「知ってる」
「これ、お酒だよね?」
「そうだな」
 外国では飲酒が許されている国もあるくらいの年齢だけれども、アルコールを口にするのはどうも憚られる。
「酒でも飲んで体を暖めとかないと、お前風邪引くぞ」
 竜二郎は僕の隣に座ってプルタブを引いた。そのままなんのためらいも無く飲んでいくのを見て、
「まあ、いいか」
 僕も飲んでみることにした。


 本当は分かっていた。『家出』と称したこの旅が長くは続かないことを。
 それでも僕らはそれに気付かないふりをして現実から逃げ出した。

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 去年まで通っていた中学校。
 そこを通りがかっても不思議と懐かしいとは感じなかった。
 まだはっきりと覚えている。ついこの間までそこにいて、笑っていた友達。下駄箱から靴を落としたときに響く乾いた音。笑顔で終わった卒業式。親友と初めて出逢った日。暖房の効きすぎた昼休みの図書館。体育の後にかき込んだウォータークーラーの水。雑談ばかりだった担任の下手くそな字。緊張した入学式。暑かった真夏の部活。ストーブの周りを囲んでした他愛もない話。面白くなかった数学の授業。
 それらはまだ『過去』ではなくて、『今』を生きる私と共にある物。『今』の私の大切な一要因。

 まだ、思い出が私の中で風化することはない。


(XXXXXX)

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 教室の片隅で雀が死んでいた。誰にも気付かれること無く、ひっそりと。

 生徒が死骸に気付いた。生徒はティッシュで慎重に躯を覆い、雀は外に連れ出された。もう二度と、自分の目で見ることのない空の下に。

 雀は埋められた。校舎の裏に植えられていた桜の木の根元に。
 『桜の木の下には死体が埋まっている』
 本当になってしまったねと生徒が言った。

 墓の周りには小石が並べられた。中央に十字架の代わりに丸い石が置かれた。
 生徒は小さく祈って、墓から立ち去った。


 ある日、校舎の裏の桜に一羽の雀が止まった。そして、ただただひたすらに啼いていた。


(071112)
 

拍手


 久しぶりに「そこ」を訪れて、花鈴は呆然とした。
 そこはもう自然に呑みこまれてその一部と化していた。
 緑が芽吹き、鳥が鳴き、穏やかな風が吹き、花が咲き誇る。太陽は優しくそこを照らしていた。どこまでも暖かな、人の気持ちを綻ばせるような、そんな光景だった。
 果たしてこの光景を見て、一体何人がここであった惨劇を想像できるのだろう。かつてここに地図にも載らないほどの小さな村があったことにどうすれば気付けるのだろう。そこで起こった悲劇によって、この辺り一帯が全て焼け野原になったこと、そのことを知る人物は多分、もう自分しかいないのだ。
 そう、つまりは――自分を裁く者が、自分しかいないということ。
 決して許されてはいけない罪の、その証が今、消えかかろうとしていた。


(080128)
 

拍手


 なんだって、子供をあやすのってこんなに難しいんだろう。


「わーほら、泣くなって、おい、頼むから!」
 ついこの間生まれた、オレの妹。母さんが抱いているところをじっと見ていたら、母さんがオレにも抱かせてくれた。そしたら、この様だ。
 オレはお前の兄だぞ? お前の家族だぞ?
 なのに何で泣くんだ。
 むしろオレまで泣きたくなってしまったが、母さんが妹に苦戦しているオレを見て笑うので、そういうわけにもいかない。大体、そんなの情けなすぎるだろう。
 母さんが、ほら返して、と言うからオレは渋々それに従った。母さんに抱かれると妹はピタリと泣き止む。その光景を見ながらオレは誓った。今度絶対リベンジしてやる。

 妹にはまだ名前が無い。母さんと父さんがまだ姓名判断の本とにらめっこをしながらああだこうだと言っている。オレはその名前が妙なものにならないように軌道修正する役目だ。というか、いい加減決めないと役所などでの手続きが大変だと思うのだが。
 そして妹は正直言ってブサイクだ。顔はぶくぶくだし、唇もたこのように膨れている。そう正直に母さんに言ったところ、母さんはやっぱり笑った。赤ちゃんの顔なんて皆そんなものよ、だそうだ。オレも?と聞いたら、もちろんと返ってきた。なんだか複雑だ。
 今度は父さんが妹を抱き上げた。高い高いをしようとして母さんに怒られている。そのときに妹が声を立てて笑ったので、オレと父さんと母さんは顔を見合わせて笑った。

 ああ、今日はなんという幸せな日なんだろう。

 オレは昨日と同じことを考えていた。


(071112)
 

拍手


 まだ咲き初めの桜の下、貴方の背中が段々と遠くなる。出逢ったのは去年の桜が散りきった頃。貴方は私の名前すらおぼえていないのかもしれない。
 それでも、

 一目見るだけで嬉しかった。

 ほんの少し話すだけで幸せだった。

 それも今日が最後。もうこの場所で貴方を見ることもないのでしょう。私は何もしなかったけれど、それでも私は貴方と同じ時に同じ場所に立っていたことを何よりも嬉しく思おう。だから、私は見送るだけ。
 花風が吹き、咲いたばかりの桜がふわりと舞い上がって貴方に落ちる。花びらはほんの一瞬だけ貴方に触れ、気付かれることなくもう一度吹いた風にとばされる。どこへ行くでもなく漂うそれを、私は確かに見送った。


(070928)
 

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 白く、儚く。さらさらと積もるまっさらな雪。それが枯れ果てた世界を白銀に塗りつぶす。生ある物の気配は途絶え、出来あがったのは鈍色の空と銀色の地面。そして、立ち尽くす人間の影。
「雪、だ」
 ただ呆然と人間は眺めていた。
「初めて見た…」
 思わず声が零れ落ちた。自分の名の由来となった物。話でしか聞いたことはなかった、自分の頭の中でしか見たことはなかった、いつか実際に見て見たいと願った物。
 ――それが、こんなに気高いとは。
 美しい物も醜い物も、全てを覆いつくし、ただ一人、痛いくらいに眩しく光り輝く。眩しくて、鋭くて、触れただけで全てが壊れそうな張りつめた糸のような存在。それでいて、実際に手のひらに触れると柔らかく解けてしまうのだ。まるでこちらを傷つけないかのようにそっと熱を奪って、儚く散る。
 手のひらで水滴に変わった雪を握りしめ、人間は天を見上げた。分厚く重々しい雲からその欠片が落ちてきていた。


(070927)

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「俺にはどうしても納得がいかん。確かに人間はどんどん世界を汚すし、自然のことなんて考えやしない。でも……だからと言って、俺達が人間を滅ぼしていいだなんて、殺していいだなんて、そんなのおかしいじゃないか。俺達はそれほど偉いのか? 人間を、自然を見捨てて逃げ出した俺達に下界に干渉する権利があるのか? 俺はそうは思わん。だから俺は断固この計画に反対する。……止めるもんなら止めてみやがれ!」


文明崩壊の直前の流衣ですかね。ここから流衣は下に下りて天上への抵抗運動に参加します。
これまでの歴史・文化などの遺産をある程度まとめて世界各地に封印、人間たちの隠れ住む里を作ったり、間に合わないと判断したときには人間自体を封印してしまったりします。
結局文明崩壊を防ぐことはできなかったわけなのですが、彼の残した遺産の数々は先時代を知るための数少ない手がかりとなっています。

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と、いうわけで 天地開闢 より。
中国の古代思想からの言葉で、世界の初めという意味のようです。
例によって意味不明なオリジですが(汗
テイルズでこの曲にふさわしい情景が思い浮かびませんでした…(汗
あえて言うならマーテル、ですかね。

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 一限は物理。テスト直し、未だにやらず。そもそも今日提出だったのかも怪しいところだ。まぁ、そんなに自分に都合良く世界が回っているはずないので多分提出だろう。現に電車に乗り遅れている。
 というか、乗れなかった。
 七時二十二分発の電車に近付いた途端に急に眩暈のようなものが襲ってきて、気付いたら体は反転していた。何度試しても同じだった。学校をサボるチャンス到来(何せ電車に乗れないのだ)に喜びつつ、向かいのホームの次発の電車に近寄る。なんてことはない、すんなり乗れた。行けるのならば行かねばならないという自分の性格に嫌気がさした。ようやく、目の前のドアが閉まる。何事もなく、日常が始まる。
 例の乗り損なった七時二十二分発の電車が事故に遭ったと知るのはもう少し後のことだ。

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西大陸の大地と星奈の話。
ぐだぐだと書いてたらまだ二人が出会ってくれない…

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 一つ目のはテスト中に考えてました。
 登場人物:1.陵(りょう)。名前が陵の方。 2.陵(みささぎ)。苗字が陵の方。

 二つ目のは勢いだけで書いてました。
 登場人物:1.氷影(ひえい)。やたらと喋りまくる人。最初から最後まで登場。 2.深夜(しんや)最後の方に登場。特殊体質。
 あともう一人翼(つばさ)という女の子の三人で旅してます。翼は召喚能力を持ち、深夜は彼女の能力で召喚され、不完全な能力発動によって帰れなくなりました。氷影は無能力ですが、魔法・能力関係について知識が深い。

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多分一番量多い。
結構真面目に続き書きたいなぁとか思ってるの多いです。

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睦月冴が語るクラスメイト・葉月夏輝について と 如月浅葱が語る相棒・睦月冴について の二本立てでいきます。

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恐ろしく散文。
若干鬱入ってる、というか病んでるので(精神的に)健康な人は影響受けないようにねw

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天樹 紫苑
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