小説置き場。
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「カイト、もっと喉見せて。切られへん」
は、い……と震えを最小限に押さえた声でカイトが答える。顎を突き出すようにカイトが首を反らすと、喉仏が浮き出た白い肌があらわになった。そこに男がメスを当てる。金属のひやりとした感触にカイトの体が僅かに震えた。己の最も弱いところを惜し気も無く晒すカイトの姿に、男が生唾を飲み込む。
「ちゃんと痛覚切ったな? 大丈夫やったら目ぇつむって」
男がカイトの顔を覗き込んで問い掛ける。それに素直に従ってカイトは目を閉じた。無意識下で張られた薄い涙の膜が一筋の雫となってカイトのこめかみを流れていく。綺麗だな、と男は思った。
「そんじゃ、いくで」
カイトの喉に当てたメスを軽く滑らせる。それだけでカイトの表面を覆っている人工皮膚に容易くメスが沈んだ。しかし細い線のようにも見える切り口からは血も何も流れはしない。カイトはボーカロイドなのだから当然なのだが、それでも男は不思議だと感じた。
四角く窓のように切り取った人工皮膚の下に、ようやくお目当ての人工声帯があらわになった。
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明らかに、違う。
前は既にルーク達がライガクイーンと交戦状態に入っていた。
アリエッタとの確執を防ぐ為に彼は極力急いだが、それだけでこうも展開が変わるとは思えなかった。
前では自分が到着する前にあの二人は去っていたのだろうか?
とても、そうとは思えない。
二人のうちの片方は現在自分と行動を共にしている。
だとするならば、前の時も行動をともにしていて然るべきだったろう。
そしてもう一人――ヴェント。
この二度目が始まったときに唐突に記憶に現れた彼は、確実に、『前』には存在していなかった。
真紅の瞳は譜眼の証であり、発話能力に障害を持ちながらも詠唱破棄で譜術を発動する鬼才。
そんな人物が、ダアトにいるとは『前』では聞いたこともなかった。
ましてや、六神将シンクの副官だなんて言わずもがな、だ。
既にこの世界とは『前』とはずれ始めている。
ライガクイーンを倒さなかったことで、これからの展開は少しずつ変わっていくはずだ。
そして確実に鍵を握っているのは、今のんびりとルーク達と話しているこの少年に違いなかった。
「っていうわけで、俺記憶喪失なんだよ」
簡単に自己紹介を済ませたあと、俺の記憶が始まってからの数週間の話をかい摘まみながら話した。
とは言っても話すことは四つしかない。
気がついたらこの森にいたこと、この森に済んでるチーグルに近くの集落まで案内してもらったこと、そこで今までお世話になっていたこと、そして今日は暇だから先日の礼をチーグルに言いにきたこと、だ。
「本当かよ。そうは見えねーけど」
頭の後ろで手を組んで、朱い髪を揺らしながらルークが言う。
身に纏っている服、手入れの行き届いた髪や肌、そして漂う箱入り感から貴族だろうとは予想はつく。
更にそれに赤髪となると嫌な予感もするが、俺にはルークとしか名乗らなかった(うっかり名字も口走りそうになって女の人に髪を引っ張られていたのを俺は見逃していない)から深く追求はしないでおく。
お貴族様と積極的に関わる理由もないからだ。
こう自然と考えるということは、俺は平民だったんだろうなぁ。
「本当だって。こう見えて俺結構参ってるんだってば」
「どこがだよ。大体記憶喪失になってから二週間で何で喋れて歩けるんだ」
「はぁ? 別に普通だろ、そんなの。歩き方や喋り方まで忘れる重度の記憶喪失なんてそうそうならないって」
向こうが貴族だということに気づかない振りをしてほしいのなら、こっちはそれに乗るまでだ。
お忍びで外遊だろうか。
赤髪の貴族が、マルクトに?
案外、マルクトの貴族なのかもしれないな。
どちらにしても今の態度を咎められる事もなさそうで少し安心した。
「……そうなのか?」
「そう、だと思いますよ。どうしましたか、ルーク」
きょとん、と足を止めてルークが言う。
それに釣られて足を止めて尋ね返したのは全体的に緑色な、法衣を纏った子供だ。イオンという名前らしい。
おそらくはローレライ教団関連のお偉いさんだろう。
ローレライ教団に関しては、俺は余り詳しくなかったらしい。
信者にとっては常識に等しい聖獣・チーグルなんぞこれっぽっちも知らなかったのだから、世界中の人々の九割以上が信者である教団の、多分信者ですらなかったのだろう。
何が言いたいかというと、ローレライ教団の一般常識レベルのお偉いさんの名前など知らないという事だ。
よってイオンがどのくらい偉い人なのかもよくわからないし、こんな俺よりも小さな子供が様付けで呼ばれる役職も知らない。
ルークとイオンが足を止めた事で先頭を進んでいた女の人、ティアがこちらを振り返る。
肩には水色のチーグルが乗っていて、頬が緩んでいるのを隠しきれていない。
ほれ行くぞ、と立ち止まった二人を軽く押して再び歩かせる。
その様子を見ていたティアがまた前を向いた頃、ルークが騒ぎ出した。
「んじゃなんだって俺はそんなめんどくさい記憶喪失になってんだよああもう信じらんねぇ!」
「へぇ、お前も記憶喪失なんだ。お前こそそうは見えなくないか?」
「俺は十歳以前の記憶がごっそり抜けてるんだよ。もうこの状態で七年も生きてるんだからこんなもんだろ」
あんまりにも堂々とした記憶喪失っぷりにはそういう事情があったらしい。
ということは、と俺は思った事を口にした。
「っつーことはお前、記憶喪失の度合いから推測するにほぼ7歳児?」
「な ん だ と ! ?」
「あーいや悪い悪い。別に馬鹿にしてるわけじゃなくてだな」
「そういう言い方を馬鹿にしてるって言うんだよ!」
「そうやってムキになるところが17歳と言うよりは7歳児っぽいよな」
「なっ……」
いちいち噛み付いてくる様が面白いなぁ、と思っていると怖ず怖ずとイオンが口を挟む。
「あの、少し言いすぎではないですか? 僕はルークのそういうところ、好きですけど」
それは暗にルークが子供っぽいということを肯定しないないかイオン。
「だってさルーク。よかったな」
「てめぇ後で覚えてろよ……」
「別に後回しにしなくてもよくないか?」
キッ、と何処で覚えたのかやたらとガラの悪い目つきで睨んでくるルークとにらめっこをしていたところで、先頭を行く彼女の雷が落ちた。
「もう、いい加減にして! あなた達は静かに歩くことも出来ないの!?」
「あ、よかった。気が付いた?」
彼が意識を持ってから初めて聞いた音はそんな声だった。人工眼球が目の前の人影に焦点を合わす。色が褪せ、裾はほどけ、穴も開いているボロボロの衣服を纏った女がそこにはいた。
「はい。あなたが……マスターですか?」
一般的には自分を起動させた本人が自分の所有者となることを彼は知っていた。そして、起動者は一番初めに自分が認識する人間である可能性が高いことも彼は知っていた。だからこそ尋ねた。しかし、女は首を振る。あまり手入れもされていないであろうボサボサの髪が首の動きに少し遅れて付いてゆく。
「マスター? 違うわよ。私はあなたを起動させただけ」
女は化粧をしている様子も無かった。乾ききった唇を一度閉ざし、しばしの沈黙の後に再び開く。
「……そっか、機能停止してから随分時間が経ってしまっていて、初期化されちゃってるのね、あなた」
女から与えられた言葉で、ようやく彼は自分の置かれている状況を飲み込んだ。かつて起動していたこの機体は一度機能停止状態に陥り、起動していた頃の記録を失ってしまったらしい。そのため、初期状態に近い状態で起動しているのだ。一体どれくらい起動停止していたのだろう、と彼は思った。
「あなたに、お願いがあるの」
女が彼の思考を遮る。
「何ですか?」
「歌を、届けてほしいの。塔の上まで」
「話が見えませんが」
至極真面目に女が言う。しかし、彼には何のことやらさっぱり分からなかった。そういえばあなたは戦争を知らないものね、と女は呟いて、おもむろに立ち上がる。
「ごめんなさい。説明が足りなかったわ。外に出ましょう」
女が彼に手を差し出した。その手を取って、彼は慎重に立ち上がった。重心移動がスムーズに行える事を確認して、手を引かれるままに階段を昇る。女が壁のハンドルを回して天井の扉を開けると、階段の先から光が溢れ出した。そのまま階段を昇り、頭が地上へ顔を出す。周りの光景を見て、彼は息を飲んだ。
直方体型の構造物が斜めに地面に突っ込んでいた。その周囲はきらきらと光を反射している。倒壊した建物だと気付くのに一瞬の間が必要だった。剥き出しになった鉄筋が雨風に晒され朽ちている。赤茶けた土の上にコンクリートの舗装がひっくり返って散らばっている。空だけがやたらと広い。地面に顔を出した状態で立ちすくんでしまった彼の手を女が引いて、彼はようやく地上に出た。
「後ろを見て」
女が彼の後方を指で指し示す。ぐるり、と彼が振り返ると、遠くで空が二つに裂けていた。雲をも突き抜けて天高く聳え立つ、巨大な塔。
「あれが、塔」
ぽつり、と女が言う。
「十二年前に終わった戦争で多くの人が亡くなったの。彼らの魂を無事に天国まで届ける為に作られたのが、あの塔」
「人工物としては信じられないほどの高さですね」
「途中からは神の助けがあったと言われているわ」
耳慣れない言葉に彼はえ、と意味もない呟きを落とした。
「かみ、ですか?」
神。機械である彼には最も縁遠い言葉のように思われた。
「じゃなきゃあんなもの完成しないわよ」
女は彼の困惑を一蹴する。
「『神』は実在する。宗教的な神が本当にいるのかは分からないけれど、この世界を観測し干渉してくる何かがいることは確認されているの」
彼が意識を持ってから初めて聞いた音はそんな声だった。人工眼球が目の前の人影に焦点を合わす。色が褪せ、裾はほどけ、穴も開いているボロボロの衣服を纏った女がそこにはいた。
「はい。あなたが……マスターですか?」
一般的には自分を起動させた本人が自分の所有者となることを彼は知っていた。そして、起動者は一番初めに自分が認識する人間である可能性が高いことも彼は知っていた。だからこそ尋ねた。しかし、女は首を振る。あまり手入れもされていないであろうボサボサの髪が首の動きに少し遅れて付いてゆく。
「マスター? 違うわよ。私はあなたを起動させただけ」
女は化粧をしている様子も無かった。乾ききった唇を一度閉ざし、しばしの沈黙の後に再び開く。
「……そっか、機能停止してから随分時間が経ってしまっていて、初期化されちゃってるのね、あなた」
女から与えられた言葉で、ようやく彼は自分の置かれている状況を飲み込んだ。かつて起動していたこの機体は一度機能停止状態に陥り、起動していた頃の記録を失ってしまったらしい。そのため、初期状態に近い状態で起動しているのだ。一体どれくらい起動停止していたのだろう、と彼は思った。
「あなたに、お願いがあるの」
女が彼の思考を遮る。
「何ですか?」
「歌を、届けてほしいの。塔の上まで」
「話が見えませんが」
至極真面目に女が言う。しかし、彼には何のことやらさっぱり分からなかった。そういえばあなたは戦争を知らないものね、と女は呟いて、おもむろに立ち上がる。
「ごめんなさい。説明が足りなかったわ。外に出ましょう」
女が彼に手を差し出した。その手を取って、彼は慎重に立ち上がった。重心移動がスムーズに行える事を確認して、手を引かれるままに階段を昇る。女が壁のハンドルを回して天井の扉を開けると、階段の先から光が溢れ出した。そのまま階段を昇り、頭が地上へ顔を出す。周りの光景を見て、彼は息を飲んだ。
直方体型の構造物が斜めに地面に突っ込んでいた。その周囲はきらきらと光を反射している。倒壊した建物だと気付くのに一瞬の間が必要だった。剥き出しになった鉄筋が雨風に晒され朽ちている。赤茶けた土の上にコンクリートの舗装がひっくり返って散らばっている。空だけがやたらと広い。地面に顔を出した状態で立ちすくんでしまった彼の手を女が引いて、彼はようやく地上に出た。
「後ろを見て」
女が彼の後方を指で指し示す。ぐるり、と彼が振り返ると、遠くで空が二つに裂けていた。雲をも突き抜けて天高く聳え立つ、巨大な塔。
「あれが、塔」
ぽつり、と女が言う。
「十二年前に終わった戦争で多くの人が亡くなったの。彼らの魂を無事に天国まで届ける為に作られたのが、あの塔」
「人工物としては信じられないほどの高さですね」
「途中からは神の助けがあったと言われているわ」
耳慣れない言葉に彼はえ、と意味もない呟きを落とした。
「かみ、ですか?」
神。機械である彼には最も縁遠い言葉のように思われた。
「じゃなきゃあんなもの完成しないわよ」
女は彼の困惑を一蹴する。
「『神』は実在する。宗教的な神が本当にいるのかは分からないけれど、この世界を観測し干渉してくる何かがいることは確認されているの」
ルース 黒長髪プリンス
王位なんか狙ってもないのに王位継承権争いの内乱に巻き込まれて嫌になって逃げ出した王子。一人称は私。本名ルーファス。腹違いの兄弟姉妹がうんざりするほどにいる。口調は貴族っぽい感じだが話す内容は案外砕けている。
ローランド おっさんファランクス♂
幼い頃からルースに使えてきた騎士。超堅物で主人至上。無口。ずっと誰かに従う立場だったため、自分の意思に無頓着。まあ基本的にはルースを子供のように可愛がっているので意思に反した行動はとってない。一等奴隷の間に生まれた子で一等奴隷。王家によってルースに買い与えられた。
ハイト 若い金髪パイレーツ♂
元ルースの国の二等奴隷(奴隷とはいってもそれほど扱いは悪くない。金で売買されるが、自分でお金を貯めて自分を買い取る事も可能。そういった奴隷が一等奴隷。肌の色が白い人が奴隷階級。奴隷と平民の混血児は殆どいない)。内乱が始まる前に買われていた所を逃げ出し、アーモロードにやってきていた。ルースに銃の扱いを教えるが本人はさほど得意ではない。
ランス 黒長髪バリスタ♀
アーク 黒髪おさげモンク♀(性別は男)
リン 金髪若ウォリアー♂ レンとは双子。鎚っ子。
レン ファーマー♂ リンとは双子。マッピング係。とにかく性格(口)が悪い。農民なのは外見だけで実際は首切で敵をばっさり処分。
二人して第一階層で詐欺紛いのことをしていた。ハイトもかつて騙されたクチ。
ソール 普通ゾディアック♂ ルースを見て運命を感じてギルドに入団。場の雰囲気が読めない。
トト 子供ビーストキング♂
イサギ 軽装シノビ♂
アルデバラン アンドロ♂2Y
王位なんか狙ってもないのに王位継承権争いの内乱に巻き込まれて嫌になって逃げ出した王子。一人称は私。本名ルーファス。腹違いの兄弟姉妹がうんざりするほどにいる。口調は貴族っぽい感じだが話す内容は案外砕けている。
ローランド おっさんファランクス♂
幼い頃からルースに使えてきた騎士。超堅物で主人至上。無口。ずっと誰かに従う立場だったため、自分の意思に無頓着。まあ基本的にはルースを子供のように可愛がっているので意思に反した行動はとってない。一等奴隷の間に生まれた子で一等奴隷。王家によってルースに買い与えられた。
ハイト 若い金髪パイレーツ♂
元ルースの国の二等奴隷(奴隷とはいってもそれほど扱いは悪くない。金で売買されるが、自分でお金を貯めて自分を買い取る事も可能。そういった奴隷が一等奴隷。肌の色が白い人が奴隷階級。奴隷と平民の混血児は殆どいない)。内乱が始まる前に買われていた所を逃げ出し、アーモロードにやってきていた。ルースに銃の扱いを教えるが本人はさほど得意ではない。
ランス 黒長髪バリスタ♀
アーク 黒髪おさげモンク♀(性別は男)
リン 金髪若ウォリアー♂ レンとは双子。鎚っ子。
レン ファーマー♂ リンとは双子。マッピング係。とにかく性格(口)が悪い。農民なのは外見だけで実際は首切で敵をばっさり処分。
二人して第一階層で詐欺紛いのことをしていた。ハイトもかつて騙されたクチ。
ソール 普通ゾディアック♂ ルースを見て運命を感じてギルドに入団。場の雰囲気が読めない。
トト 子供ビーストキング♂
イサギ 軽装シノビ♂
アルデバラン アンドロ♂2Y
「こんにちは。君が、イオンなんだね」
「あなたは……?」
「僕もイオンだよ。君の被験者、と言えばわかるかな?」
「はい。こんにちは」
「すごい。もう喋れるんだ。僕が聞いていたレプリカは生まれたばかりの赤ん坊のようだって聞いていたけど」
「そうですか」
「うーん、でもやっぱりまだまだって感じかな。導師の仕事をするときはこれでも対応できるかもしれないけど」
「……」
「そう、それで本題。今日は君に名前をあげようと思うんだ」
「私の名前はイオンではないのですか?」
「イオンは僕の名前だよ。それを君に貸しているだけ。だから君だけの名前を今からつけるんだよ。わかった?」
「はい。わかりました」
「うん。それじゃあいいかい、君の名前はーー」
まだ色も凹凸もなかった僕の世界に現れて、初めて僕に名前という色を与えたあの人は、度々僕の前に現れた。僕に向かって他愛ない話をしてくるただ一人の人だった。そしてあっさりと、その命を落とした。まるでそうなることが初めから決まっていたかのように、簡単に。そして僕は彼に成り代わる為に造られたレプリカだった。彼のふりをするのは、簡単だった。
*
「レプリカ達に名前を付けろって?」
「強制はしていない。付けてやったらどうだ、と提案しただけだ。お前の情報から造られたのだから、お前の子供のようなもんだろ」
「僕達はこの歳で子持ちか」
「そーゆーこったな」
*
『知らなかったの?』
「僕の名付け親が、僕達の被験者だって? 冗談じゃない! 名前まで被験者様のものだっていうのかい!?」
『違う、シンク。被験者は僕達を他人として認めてくれていた。イオンがそのまま名前になるはずだったシアに名前をつけたのは被験者だったんだ。それがどれだけシアの救いになっているか、シンクは知ってるよね?』
「さぁ? かえって虚無感が増すだけなんじゃないの。結局のところ、僕達以外の誰も本名を知らないんだから」
*
「君は、フローリアン。まだ喋ることもできないみたいだけど、でも記憶には残るんだってね。不思議な話だよ」
*
「そして君が、ヴェント。生れつきの発話障害と聞いているのだけれど、間違いはないかい?」
「あなたは……?」
「僕もイオンだよ。君の被験者、と言えばわかるかな?」
「はい。こんにちは」
「すごい。もう喋れるんだ。僕が聞いていたレプリカは生まれたばかりの赤ん坊のようだって聞いていたけど」
「そうですか」
「うーん、でもやっぱりまだまだって感じかな。導師の仕事をするときはこれでも対応できるかもしれないけど」
「……」
「そう、それで本題。今日は君に名前をあげようと思うんだ」
「私の名前はイオンではないのですか?」
「イオンは僕の名前だよ。それを君に貸しているだけ。だから君だけの名前を今からつけるんだよ。わかった?」
「はい。わかりました」
「うん。それじゃあいいかい、君の名前はーー」
まだ色も凹凸もなかった僕の世界に現れて、初めて僕に名前という色を与えたあの人は、度々僕の前に現れた。僕に向かって他愛ない話をしてくるただ一人の人だった。そしてあっさりと、その命を落とした。まるでそうなることが初めから決まっていたかのように、簡単に。そして僕は彼に成り代わる為に造られたレプリカだった。彼のふりをするのは、簡単だった。
*
「レプリカ達に名前を付けろって?」
「強制はしていない。付けてやったらどうだ、と提案しただけだ。お前の情報から造られたのだから、お前の子供のようなもんだろ」
「僕達はこの歳で子持ちか」
「そーゆーこったな」
*
『知らなかったの?』
「僕の名付け親が、僕達の被験者だって? 冗談じゃない! 名前まで被験者様のものだっていうのかい!?」
『違う、シンク。被験者は僕達を他人として認めてくれていた。イオンがそのまま名前になるはずだったシアに名前をつけたのは被験者だったんだ。それがどれだけシアの救いになっているか、シンクは知ってるよね?』
「さぁ? かえって虚無感が増すだけなんじゃないの。結局のところ、僕達以外の誰も本名を知らないんだから」
*
「君は、フローリアン。まだ喋ることもできないみたいだけど、でも記憶には残るんだってね。不思議な話だよ」
*
「そして君が、ヴェント。生れつきの発話障害と聞いているのだけれど、間違いはないかい?」
「……イト、カイト」
音声入力、確認。声紋分析開始。
ライブラリNo.00236 彩園寺千景 と一致。
スリープモード、解除。
*
「お、起きたか。おはよーさん、カイト」
入力映像に現れた見慣れぬ顔を認識するまでに数秒かかった。
瞬きすら忘れていたことを思い出して慌てて瞬きを二回。
そう、おれはこの人に買われたのだった。
昨日所有登録を行ったばかりの、おれの所有者。
「おはようございます、マスター」
のっぺりとした声が人工声帯から出力される。
いけない、この人は『機械らしくない』おれを望んでいる。
すぐにごまかすための笑みの形に顔を歪ませると、マスターになったばかりの彼は少し顔をしかめておれの頭を乱暴に撫でた。
「ええよ、無理せんくて。どんなボカロでも環境が変われば、しばらくの間はその環境に適応させるために初期状態に近くなるのは知っとるし。無理に笑わんといて、な?」
意外な言葉だったけれども、指示通りに顔の表情を崩す。
たぶんおれは、完全な無表情に見えるはずだ。
「……命令のつもりでもなかったんやけど」
マスターは憮然と呟いたけれども、すぐに表情を変えておれに話し掛ける。
「そうや、んで俺大学行ってくるから、今日は留守番しとってくれるか?」
「はい、わかりました」
「チャイムが鳴っても居留守しとってくれたらええから。電源は切れそうになったらその辺のコンセントから充電しといてな。あ、刺さってるプラグは抜いたらあかんで。質問は?」
矢継ぎ早に言葉を重ねて、マスターがおれの顔を覗き込む。
質問は、と問われておれはこの家で留守番をした際に起こりそうな出来事の予測をたてた。
そして優先すべき確認事項を結論づける。
「念のため、連絡先を聞いておきたいです」
想定外の出来事が起こったときに指示を仰げないのはまずい。
マスターがひとつ頷いた。
「そりゃそやな。カイト、お前に通信機能ついとるか?」
「インターネットへの接続ができます」
「んじゃこいつが俺の携帯端末やから、ネットからこいつに繋がるように設定しといて」
そういっておれに投げ渡したのは、黒の携帯用通信端末だ。
勝手に起動していいものかと顔を上げると、マスターはクローゼットから服を引っ張り出している最中だった。
「あの、これ、起動しても……?」
「ん? 確か汎用型コードは付いとったよな? そいつのジャックにぶっ挿して適当に設定弄ればええから。ボカロやったら共有させた方が楽やろ?」
服を被りながらもごもごとマスターが言う。
言われた事はもっともだったから、マフラーの下の首筋の有機皮膚を少し剥がして体内に格納されていたコードを取り出した。
目立たないようにマフラーと同じ青色をしたそれを、携帯端末に差し込んで端をおれと同期させる。
端末は思っていたよりもすんなりとおれを受け入れ、あっさりとプログラムをおれの前にさらけだした。
簡単におれの通信機能を登録して接続を切ると、服を着替え終わったマスターがこっちを見ている。
「どうやった? おれの端末」
「見たことないプログラムが走ってますね。あとプロテクトが脆弱な気がしたんですけど、大丈夫なんですか?」
「そりゃ外して渡したからな。特に不都合な点は無かったか?」
「特にはなかったですけど……どうしてそんなにこだわるんですか?」
「そりゃ、俺お手製やから」
間違いだらけのLife Game
*
この世は全て 泡沫の夢
真白き箱庭に 紅の華が散る
『次に出逢う時には 幸せになろうね』
と君は言い 瞳を伏せた
前の夢は何だっけ とても大切な事だった
それだけは覚えているのに 何も思い出せない
君がいない世界は 全てが色褪せて見えて
モノクロの視界の中 僕は沈んでゆく
そして僕は夢を見る
鳴り響く轟音 迫るトラック
音は消えて 全てがゆっくりになる
突き飛ばした君はこっちを向いてただ叫ぶ
君が無事ならそれでいい
繰り返し見る夢 何を伝えようとしてるの?
僕は何を忘れてしまった?
君は誰? 僕は誰?
僕はここにいるのに どうして君はいないの?
僕の目が覚める時は来るの?
この世は全て 泡沫の夢
同じことを 何度だって繰り返す
いつになれば 君と未来(さき)へ行けるかな
巡り巡る螺旋を抜けて
そして僕の夢は醒める
君と出会いたくて 夢の先を望んだ
もう一度会えると 理由(わけ)もなく信じていた
*
二人肩寄せ合い 空を見上げて
*
目を閉じて 息を吸って
機械臭いオイルの香り それが僕に自信をくれた
「大丈夫 何度も練習しただろう?
いつも通り それでいいんだよ」
今日だけは 今だけは 僕が世界で一番
最高の音楽を届けるよ
*
あなたはそう、一陣の風。
わたしの中を吹き抜けて あっという間に去ってしまった。
*
僕は今 走り出した 遥か彼方の夢追い
手を伸ばした まだ 届きはしないけれど
だけどいつか 必ず この手に 掴んでみせるさ
もう逃げない 諦めはしない
*
あれがしたいこれがしたい
それがしたいぜんぶしたい! したい したい
気持ちばかり焦って
行動はついてこなくて
想いは先に行ってしまって
残っているのはバラバラな僕
あれもこれもそれもかれも
全部やろうとして過呼吸
馬鹿みたいに一つのことしかできないって、
誰よりも自分で知ってただろう?
*
夢を見た 追い続ければ叶うと信じてた でも僕は
叶えるまで追い続ける事ができなかった
残った夢の残骸 それを僕はポケットにしまい込んで
夢の変わりに 現実を追う
*
轟、と風が吹き抜ける。玩具のように木々はたわんで、枝から離れた葉が上へ下へと吹き飛んでゆく。
*
堕ちる、堕ちる。
天地も存在しない暗闇の中を、ただひたすら、堕ちる。
(嗚呼おれは、どこまで行くのだろう)
呼び声は、まだなく。
*
ねぇ、目を開けてよ。
ねぇ、笑いかけてよ。
どうしてあなたは眠ったまま
わたしに答えてもくれないの?
*
*
この世は全て 泡沫の夢
真白き箱庭に 紅の華が散る
『次に出逢う時には 幸せになろうね』
と君は言い 瞳を伏せた
前の夢は何だっけ とても大切な事だった
それだけは覚えているのに 何も思い出せない
君がいない世界は 全てが色褪せて見えて
モノクロの視界の中 僕は沈んでゆく
そして僕は夢を見る
鳴り響く轟音 迫るトラック
音は消えて 全てがゆっくりになる
突き飛ばした君はこっちを向いてただ叫ぶ
君が無事ならそれでいい
繰り返し見る夢 何を伝えようとしてるの?
僕は何を忘れてしまった?
君は誰? 僕は誰?
僕はここにいるのに どうして君はいないの?
僕の目が覚める時は来るの?
この世は全て 泡沫の夢
同じことを 何度だって繰り返す
いつになれば 君と未来(さき)へ行けるかな
巡り巡る螺旋を抜けて
そして僕の夢は醒める
君と出会いたくて 夢の先を望んだ
もう一度会えると 理由(わけ)もなく信じていた
*
二人肩寄せ合い 空を見上げて
*
目を閉じて 息を吸って
機械臭いオイルの香り それが僕に自信をくれた
「大丈夫 何度も練習しただろう?
いつも通り それでいいんだよ」
今日だけは 今だけは 僕が世界で一番
最高の音楽を届けるよ
*
あなたはそう、一陣の風。
わたしの中を吹き抜けて あっという間に去ってしまった。
*
僕は今 走り出した 遥か彼方の夢追い
手を伸ばした まだ 届きはしないけれど
だけどいつか 必ず この手に 掴んでみせるさ
もう逃げない 諦めはしない
*
あれがしたいこれがしたい
それがしたいぜんぶしたい! したい したい
気持ちばかり焦って
行動はついてこなくて
想いは先に行ってしまって
残っているのはバラバラな僕
あれもこれもそれもかれも
全部やろうとして過呼吸
馬鹿みたいに一つのことしかできないって、
誰よりも自分で知ってただろう?
*
夢を見た 追い続ければ叶うと信じてた でも僕は
叶えるまで追い続ける事ができなかった
残った夢の残骸 それを僕はポケットにしまい込んで
夢の変わりに 現実を追う
*
轟、と風が吹き抜ける。玩具のように木々はたわんで、枝から離れた葉が上へ下へと吹き飛んでゆく。
*
堕ちる、堕ちる。
天地も存在しない暗闇の中を、ただひたすら、堕ちる。
(嗚呼おれは、どこまで行くのだろう)
呼び声は、まだなく。
*
ねぇ、目を開けてよ。
ねぇ、笑いかけてよ。
どうしてあなたは眠ったまま
わたしに答えてもくれないの?
*
カイトとマスター♂
マスターの名前は千景です。固定なので注意。
*
コンコン、と扉がノックされた振動を感じて、千景はコンピュータゲームをポーズにしてヘッドフォンをずらした。うーともおうとも言えない微妙な言葉で了承を告げると、静かな音で背後の扉が開かれる。マスター、と呼ばれて千景がその声の主を認識するのに少し時間が必要だった。
カイトの声が、何か違う。
「……カイト、何でもええから喋ってみ?」
「はい? あ、ええと、ご飯できました」
可愛らしいひよこのエプロンをしたカイトがきょとんとしながらも夕飯の用意が終わったことを千景に告げる。
千景の耳は決していい方ではない。普通に生きていくのに音が聞こえる程度で、音楽家のように微妙な音の変化がわかるわけではない。が、それが故に千景は違和感を感じていた。確かに、何かが、違う。
「献立は?」
ヘッドフォンを頭から外しながら千景が問い掛ける。
「白ご飯に肉じゃがです」
「わかった。ラップかけて置いといて」
「ええっ、食べないんですか!?」
さっき『腹が減ったからさっさと作れ』って言ってましたよねっ!? というカイトの抗議を無視して千景は休止状態にしていたゲームを終了させた。それからパソコンの隣の棚の引き出しを開いて工具類を取り出す。
「あのなカイト。お前が気付いとるかは知らんけど、お前の声おかしいで」
「え?」
思いもよらぬことを言われてカイトの言葉が止まる。ぱちくりと瞬きをした真っ青な瞳を見遣り、千景は顎をリビングの方へしゃくった。
「ラップしときゃあレンジで温め直せば食えるやろうが。点検するから、さっさとしい」
一瞬の間を置いて、はいっ、と返事をしたカイトが身を翻す。その後ろ姿を眺めながら千景はぽつりと呟いた。
「声やから……喉か?」
*
●キャラ設定
マスター→関西訛り。
カイト →マスターには敬語。赤帯にはタメ口。
アカイト→普通の人すぎて苦労人。皆にタメ口。
帯人 →一人称僕。皆にタメ口。
「カイトの声変ちゃう?」
「カイト? ……あぁ、ノイズ入ってるな」
「人口声帯に亀裂でも入ってるんじゃない? そういう時に出るノイズだと思うけど、これ」
「へぇー、詳しいな帯人」
「っていうか、僕の声と同じ。昔に喉を切り付けられてから声帯は直してないし。センサーが入ってないから気づきにくいんだよね」
「ふぅん……んじゃ、喉開けるか」
「電源は、切らないんですか……?」
「あぁ、ちゃんと接続できてるかをお前に確認してもらおうと思ってな。痛覚だけ切れるか?」
「それは、できますけど……」
「……お前、電源つけっぱで内部機器の交換したことないんか?」
「へぇ、稼動時間が長いのに珍しい。よっぽどマスターに恵まれたんだね、あんた」
「心配すんなってカイト。ちゃんと痛覚切ってりゃあ痛くもなんともねぇよ」
「知ってるよっ、そんなことは!」
「んじゃやんで。……人影があったらお前もやりにくいか。アカ、帯人。ちょっと席外しててもらえるか?」
「じゃあマスターの部屋ですればいいじゃん」
「あのベッドじゃあ安定が悪すぎるわ」
「ま、とりあえず引っ込むぞ帯人」
「……そんなに怖いんか? 目ぇ潤んどるで」
「…………痛くないのは理屈では分かってるんです。でも、それでおれの喉を切るんですよね」
「せやな。人口皮膚を剥がさんと開くこともできひんし。電源落とすか? さっきはああ言うたけど別に問題はないんやで」
「……大丈夫です。慣れの問題だと思いますし。我慢します」
「あのな、あの二人がおかしいだけやで? アカはまぁ俺みたいな機械オタクのところ回されてきた奴やし、帯人は昔の主人がアレやったし。普通はボカロの修理は業者に引き取ってもうてセンターでやるもんやねんで。慣れる必要もあらへんし……」
「いいからやるならさっさとしてくださいよっ!」
「……なんつー意地っ張り」
「知ってますよっ、そんなこと! 性分なんだから仕方がないでしょう!? 怖いものは怖いんですっ!」
「はいはい落ち着けって」
「……っ」
「落ち着いたか?」
「……はい。すみません、マスター」
「んじゃやんで。怖いことあらへんから大丈夫や。俺を信じて、な?」
「は、い……」
大晦日だと言うのに、マスターは部屋に篭ってパソコンに夢中だ。もうすぐ新しい年が始まりそうだけど、マスターはそんなことに興味は無いらしい。
今日も長引きそうなマスターにお夜食を作って、体内時計を確認する。23:55。ぎりぎり、間に合った。
「マスター、お夜食作りましたよ」
扉を開いて、背を向けてパソコンに向かっているマスターに声をかける。ヘッドフォンをしているから大きめの声でないとマスターの耳には届かない。おれの声が聞こえたのか、マスターは慌てたようにヘッドフォンを外してこっちに振り向いた。
「カイト、お前の昔のマスターって、……」
そう言ってマスターが続けた名前は、確かに最初のマスターのもので。だからおれははい、と返事をした。するとマスターがマジで、と呟いた。
「あの、俺ですら知ってる作曲家の?」
「はい。そうですけど」
確かに最初のマスターは、おれに歌を作って、それをおれが歌って、一緒にメディアに出ていた。だからマスターが知っていることは意外でも何でもない。……ちょっと、マスターより数世代上なのは否めないけど。
「どうしたんですか、マスター?」
「いや、お前有名人やったんやなぁと思うと意外に思っただけや」
何だか取り繕ってるような気がする。サイドテーブルに炒飯を置きながらパソコンのディスプレイを見ると、マスターが凄い速さで画面を閉じた。余りおれには見られたくないものだったようだけれど、一瞬でも画面を見ただけでおれには十分。懐かしい、ボーカロイド用の譜面が目に入って、無意識のうちにそのメロディーを口ずさんでいた。
「カイトっ!」
マスターが真っ赤になっておれを呼ぶ。その理由がわからなくて、首を傾げながら詞の無いメロディーをラで歌いきった。
「どうしたんですか、マスター?」
さっきと同じことをもう一度聞く。マスターはなんでもない、と答える。
真っ赤になって恥ずかしがるマスター。唐突に昔のことなんか質問してきて、おれから隠そうとした楽譜。
……もしかして。
「おれに曲、書いてくれたんですか……!?」
「うるさいっ!」
くわっ、とおれに反射的に返事をしたマスターがちょっと微笑ましい。否定はしないということは、もしかしなくてもそういうことだ。マスターが、おれに、うたを作ってくれた。いや、まだ完成していないかもしれない。それでも、マスターがおれに曲を書いてくれたという事実だけで嬉しいが溢れてくる。人間風に言うと、胸がいっぱいになる。
「ありがとうございます!」
おれが言うと、マスターがふい、とそっぽを向く。
「お前の前の所有者が音楽家やなんて知ってたら、こんなんせぇへんかったわ……」
「どうしてですか? おれはマスターに曲を作ってもらえて、とっても嬉しいです」
「……フクザツなマスター心ってやつや。察しろ」
と、妙なことを言って、マスターが黙り込む。指示通りに察しようと思考回路を走らせようとして、気付いた。
「あ」
「何や?」
体内時計が告げるのは、
「マスター。おめでとうございます」
「はぁ?」
「明けました」
00:00の表示。
ぽかん、としたマスターが数瞬の間を置いて答える。
「それを言うなら『明けましておめでとうございます』とちゃうか?」
「そうですね。今年も、よろしくお願いします」
*
【ネタメモ】知らない場所(旅行先など)でえっちしようとすると物凄く恥ずかしがるマスター
*
気持ちばかり焦って、想いは先に行ってしまって、行動はついてこなくて!
あれもこれもそれもどれもかれもやろうとして過呼吸
馬鹿みたいに一つのことしかできないって、誰よりも自分で知ってただろう?
*
「……カイト。確かに好きなん歌いって言ったで? 言ったけどなんでこんなに至近距離なん?」
「マスターが構ってくれなくてつまらないからです。こうやって耳元で歌えば……マスター、おれの事しか考えられなくなるでしょう?」
*
うわっ、地面から建物が生えてきた。結構現実的な世界観だと思ってたのに……。これは思いっきりファンタジーだよね? どういう原理なんだろう?
……っていけない、Nくんの話を聞かないと。
ここでアデクさんに勝てば、殿堂入りできてマスターの所に帰れると思ったのになぁ。めんど……じゃないや、残念残念。
『お前なぁ、まだレシラム登場してへんやろうが。ポケモンってのはクリア前に伝ポケと戦闘になるのがお約束やで、お約束』
……初代だとそんなこと無かったと思うんですけど。
『うっ……。ええから先行き!』
はーい。じゃあ行こうか、皆。
……おれはこの子達は好き好んで戦ってるように見えるんだけどなぁ。
*
「ん。帯人か……どうしたんだよ、急に」
「別に」
「そうかよ」
「暇なんだけど、アカイト」
「お前はそうでもオレは本読むのに忙しいんだっての」
「本なんていつだって読めるじゃない」
「お前に構うのもいつだってできるだろ」
「僕は今じゃないと嫌だ」
「わかったよ、仕方ねぇな……」
*
いつだって。
私は私が嫌いだった。
*
カイト+ミクで恋バナ?
「カイトってさぁ……彩園寺くん、好きなの?」
「うん。そりゃもちろん。マスターだし」
「そういう意味じゃなくて! その……恋愛対象として、好きなの?」
「うん。だからマスターは渡さないよ?」
「誰も取ろうだなんて思ってないから。でも見込みあるの? あの人私達は対象外なタイプじゃん」
「マスターがおれを好きじゃなくても、嫌われてないならおれはそれでいい」
「それで我慢できるの?」
「できるわけないじゃん。だからぎゅーってしたりとか、ほっぺにキスとかで我慢してる。それくらいなら許してくれるから。口にしたときは凄く怒られたけど」
「そこまでしてるのに無視を決め込んでるの? 酷くない?」
「一回ちゃんと言ったんだよ、好きですって。そしたらマスター、それはおれの勘違いだ、ってさ」
「何それ!? 最っ低じゃん!!」
「うーん、そうなんだけどねぇ……。ただマスターの言い方が、『俺の方だって判断つかないのにお前が先に結論出すな』っていう言い方だったから……まぁ、見込みはあるかなぁ? って」
「結局は自分の気持ちもはっきりさせられない優柔不断男ってことじゃない」
「違う。慎重なだけだよ、マスターは。うっかりおれを傷つけないように、凄く気を使ってる。……そんなこと、しなくてもいいのにね」
「……ホントにね。まぁ頑張って、カイト」
「あはは……。ミクの方こそ、頑張るんだよ?」
「なっ……。何のこと!?」
「何って、室長さん好きなんじゃないの?」
「……どうしてこう勘が鋭いのかなぁ、カイトは」
あまり意味はないけど設定を小出し。
マスターの所属している研究室ではミク・ルカ・がくぽを所有していて、他に学生所有のボカロのメイコとリン・レンがよく研究室に来ます。
カイトが年下扱いしているのはリンレンだけ。同じ成人男性型のがくぽとは仲良しで、明け透けに物を言うミクとも仲良し。マスターを巡って関係が微妙なルカは苦手。メイコには逆らえない。そんな感じ。
……研究室設定は本来どうでもいいはずなんだけどなぁ。
*
12月の時点でカイトは自覚済み。でも告白はもっと後。その時はマスターに「お前は俺がマスターだからだろ」と一蹴されてる。
マスターはカイト好きだけど、それは自分の所有物だからだと思い込んでる。マスターの告白話までずっと。ただ、その割りには相当甘えてる、と。
*
「うーんと、ちょっと最近野性ポケモンにすら勝てない、って感じだよねぇ」
「特訓、するしかないか」
*
心配してくれてるのはわかる。それでも、思ってしまう。
この世界におれが来てしまう前のおれは、『カイト』という人間は何処に行ってしまったのだろうと。
おれは、一体何を上書きしてしまったのだろうと。
ネタ設定でもシリアスに走ろうとする自分、自重。
一応女主が存在しているため、カイトは過去を捏造しただけ。
*
夢メモ
地球が金星と衝突して重力加速度と自転周期と公転周期がおかしくなる夢を見た。一日が11時間になってた。その後約一年後にもう一回金星が地球とぶつかって元に戻るんだけど、それでも一日が23時間になって一年が今よりも一週間くらい短くなるらしかった。
*
最近になってようやく知ったのだけど。
マスターは、寒がりだ。
おれを研究室に連れていく時はマスターは歩いて学校に行っている。
普段は自転車で行くくらいだから距離は結構あるけれど、マスターと取り留めの無い話をしたり、逆に何も話さないまま何となく一緒に歩いたりするのは楽しい、というか嬉しいから距離は気にならない。歩行動作に関してはかなり厳しく調整されているおかげでほとんど疲労がない、というのもあるだろうけど。
今日はどちらかというと口数が少ない日だった。
マスターがおれの左腕をぎゅうと抱え込んで縮こまって歩いている。装備は上からニット帽、耳当て、マフラー、コート、手袋。これ以上は着込めないほど着込んでいると思うのだけれど、それでも寒いらしい。
おれもそれなりに着込んでいるから、腕を抱えたところであまりかわらないような気がするんだけどなぁ。
「マスター」
「?」
「暖かいんですか? それ」
「……風が来えへん」
なるほど。
*
研究室に着いた。扉を閉めると中は暖房が効いていて天国のようだ。多分。マスターにとっては。
先に来ていた学生の方や研究室に住んでいる子達にに挨拶をしたりしていると、おれの腕から手を離したマスターがおれの正面に回り込む。
何をするのかな、と思っているとマスターはおれの上着をいそいそと脱がし始めたからびっくりした。他の人達もびっくりしてる。マスターはそんなことお構い無しにかじかんだ手でおれの上着のボタンを外し終えると、おれにぎゅううとしがみついた。視線が痛い。超痛い。
「ま、マスター?」
呼び掛けるとマスターがしがみついたままおれの方を見上げる(こうなると必然的に上目遣いになるわけで、おれはこの時初めてその威力の高さを思い知った)。そして不満げな顔で一言。
「寒い」
ああ、とその一言だけでマスターの行動の意図がわかった。わざわざボタンを外された上着の中にマスターを閉じ込める。確かに、かなりマスターの体は冷え切っていた。
これでいいですか、と目線で問うとマスターの顔が少しとろんとする。
幸せだなぁ、とおれは思って腕の力を少しだけ強めた。
(……周囲の視線? なんですかそれ)
「なぁカイト」
「なんですか?」
「じっとして、目ぇつぶって」
「はい」
瞼を落としたカイトは、本当に人形のように、綺麗だ。透き通るような肌にスッと走り抜ける鼻梁。髪と同じ青色の睫毛が瞼の縁を彩り、薄い唇がボーカロイドの要である口を飾っている。ボーカロイドは本当に素晴らしい出来だと俺は思うけれど、それでもことKAITOシリーズにおいては制作者が一番力を入れたのは顔の造形なんじゃないかと思ってしまう。そう思うのはただのマスター馬鹿だからなのかはわからないけれど。
カイトは俺の命令を忠実に守り、本当に微動だにしない。俺はその唇に、そっと自分のものを重ねた。
そうすれば、分かるんじゃないかと思ったんだ。俺がこいつを好きなのかどうかが。
カイトがバッと目を開く。驚きで真ん丸くなっている蒼い瞳がやっぱり綺麗だ。そんな事を思いながらカイトの唇をひと舐めして離れる。
「マス、ター?」
嫌悪感は無い。全然平気だ。寧ろ柔らかくて温かくて気持ち良かった。もう一回、と再び顔を寄せようとしてカイトにがっちりと肩を押さえられて止められた。カイトが切羽詰まった顔で俺の顔を覗き込む。
「貴方の頭の中で何があったんですか」
「キスしたら、わかるんちゃうかと思うて」
真面目に答えると、カイトがはぁー、と息を吐いた。そこはかとなく諦めが含まれているようなのが気に食わない。
「突然行動に移すのはやめてください。心臓に悪いです、本当に」
「お前心臓あらへんやん」
「驚きすぎて機能停止に陥るんじゃないかと感じたという意味です」
そう言ってカイトが手を離す。平静を装ってはいるが、瞳の奥から論理回路の混乱っぷりが透けて見える。それでもその混乱をここまで押さえ込めるのは流石というところか。
何となく、沈黙が落ちる。視線がふいと逸らされた。そりゃあ突然キスすれば気まずくなるのも当然か。 大の男が二人で、向かい合ったまま沈黙している。第三者から見れば気持ち悪いことこの上ない光景だろう。俺はカイトしか見えないから関係ないけど。俺の目の高さにある造られた青色の毛先が目に入って、その柔らかな手触りを思い出した。カイトの髪の毛は本当に手触りがいい。
「それで、」
と、カイトが俺をもう一度見遣る。すぅ、と息を吸う音が聞こえた。珍しく緊張しているらしい。一拍おいて、カイトが尋ねた。
「結論は出たんですか?」
「なんですか?」
「じっとして、目ぇつぶって」
「はい」
瞼を落としたカイトは、本当に人形のように、綺麗だ。透き通るような肌にスッと走り抜ける鼻梁。髪と同じ青色の睫毛が瞼の縁を彩り、薄い唇がボーカロイドの要である口を飾っている。ボーカロイドは本当に素晴らしい出来だと俺は思うけれど、それでもことKAITOシリーズにおいては制作者が一番力を入れたのは顔の造形なんじゃないかと思ってしまう。そう思うのはただのマスター馬鹿だからなのかはわからないけれど。
カイトは俺の命令を忠実に守り、本当に微動だにしない。俺はその唇に、そっと自分のものを重ねた。
そうすれば、分かるんじゃないかと思ったんだ。俺がこいつを好きなのかどうかが。
カイトがバッと目を開く。驚きで真ん丸くなっている蒼い瞳がやっぱり綺麗だ。そんな事を思いながらカイトの唇をひと舐めして離れる。
「マス、ター?」
嫌悪感は無い。全然平気だ。寧ろ柔らかくて温かくて気持ち良かった。もう一回、と再び顔を寄せようとしてカイトにがっちりと肩を押さえられて止められた。カイトが切羽詰まった顔で俺の顔を覗き込む。
「貴方の頭の中で何があったんですか」
「キスしたら、わかるんちゃうかと思うて」
真面目に答えると、カイトがはぁー、と息を吐いた。そこはかとなく諦めが含まれているようなのが気に食わない。
「突然行動に移すのはやめてください。心臓に悪いです、本当に」
「お前心臓あらへんやん」
「驚きすぎて機能停止に陥るんじゃないかと感じたという意味です」
そう言ってカイトが手を離す。平静を装ってはいるが、瞳の奥から論理回路の混乱っぷりが透けて見える。それでもその混乱をここまで押さえ込めるのは流石というところか。
何となく、沈黙が落ちる。視線がふいと逸らされた。そりゃあ突然キスすれば気まずくなるのも当然か。 大の男が二人で、向かい合ったまま沈黙している。第三者から見れば気持ち悪いことこの上ない光景だろう。俺はカイトしか見えないから関係ないけど。俺の目の高さにある造られた青色の毛先が目に入って、その柔らかな手触りを思い出した。カイトの髪の毛は本当に手触りがいい。
「それで、」
と、カイトが俺をもう一度見遣る。すぅ、と息を吸う音が聞こえた。珍しく緊張しているらしい。一拍おいて、カイトが尋ねた。
「結論は出たんですか?」
僕は向かう。僕は歩く。あの時計塔に向かって。
それが彼女の望みだったから。
それが馬鹿みたいなこの世界に創られた馬鹿みたいな存在の僕の、たった一つの存在意義だ。
全ての始まりのあの場所へ。
忘れられた歌を、届けに行こう。
*
ひたすらに続く螺旋階段をただただ上る。ずぅーっと。反時計回りに。
機械の僕は疲れない。空気が薄くなっても稼動し続ける。
ずっと。ずっと。
僕はただただ回りつづける。
*
世界が始まった場所。天に最も近い場所。
ごう、と風が吹き抜けるその場所で。沈んでいく世界を見渡して。
僕は口を開く。喪われた言葉を、天へ届ける為に。
ゆっくりと終わってゆく世界の為に。
*
最後の音が空に吸い込まれていく。
彼女の望みは果たされた。
終わるのならいつかは始まる。
巡らないものなど存在しない。
だから僕は、瞳を閉ざした。
*
鐘が鳴る。
終演と開幕を告げる鐘が、鳴り響く。
あえて言うなら時計塔のうたのイメージ。あと途中でPaneも混じった。
僕はカイトのつもりだけど、きっとそんなことはどうでもいい。
下手に文章にするよりもビジュアルの方がいいと思った。
と、そんなことがあったため、俺はアンドロイド関連のジャンク街に来ていた。流石に足の指のパーツとなると中々手に入らない。メーカーから買おうとすると発注しなければならないため時間がかかるし、何より高い。ネットショップで買う事もできるが、俺としてはちゃんと自分の目で確認した物が欲しいところだ。そういう機械オタクの欲求を満たすために、このジャンク街は存在している。
とは言っても「巡音ルカの左足の小指」なんてパーツはそうそうあるわけもなく(足首から下の左足なら見つけたが、小指以外のパーツの処理に困るためひとまず保留だ)。そろそろジャンク街の三分の二は見終わろうかというときにその店はあった。
取り合えず「機械」と名の付く物は何だって扱っているのだろう、店先には全自動掃除機から業務用冷蔵庫、ボーカロイド用の人工毛などと、とにかく雑多に並べられている。もしかしたら足の指だってあるかもしれないと俺は店の扉を押し開けた。来客を告げる鐘がチリンと鳴る。
「いらっしゃいませ!」
珍しく営業意欲のある店だった。奥に座っている店長が視線を一瞬寄越すくらいの店が殆どの中、すぐに溌剌とした声が飛び込んでくる。声の主が棚を整理していた手を止めてにっこりと笑った。自然には有り得ない真っ青な髪。ボーカロイドだ。
「へぇ、ボカロも働かせてるんか」
「いえ。おれは商品ですよ。立ってるだけも暇なんでお店のお手伝いをしてるんです」
「つーことは中古品?」
受け答えがやたらとしっかりしているし、営業用の取り繕った笑顔が妙に人間くさい。
「はい、そうです。……っていけない。お兄さん、何か御所望の品はありますか? ボーカロイドから手動の鉛筆削り機まで、幅広く置いてありますよ」
店員がボーカロイド、のところで自分を指差しながら言う。
「鉛筆削り機って、随分とアナログなもんまで置いてるんやなぁ……。俺、巡音ルカの左足の小指のパーツ探してるねんけど、ありそうか?」
「お兄さん、頑張って探してるんですねぇ……」
店員がしみじみと言う。似たような反応を前の店でもされた。
「ボーカロイドの細かいパーツについてはおれは分からないんで、店長に聞いてみてもらえますか? 奥の机の上の呼び鈴を押したら出てくると思うんで」
指差された方を見ると、確かに机の上にゴングのような呼び鈴が置いてある。入口の鐘といい、アナログな物が多い店だ。
「わかった。邪魔して悪かったな」
「いえいえ。どうせ暇つぶしですから」
にっこりと、やはり営業用スマイルを貼付けてそいつは答えた。四回生になって自分のボカロが欲しいと思っていたところだが、こいつは案外いいかもしれない。ついでにこいつの値段も聞こう、と思いながら俺は呼び鈴を鳴らした。
*
「ルカの左足小指? よく探すなそんなの」
店長は店員よりも酷い反応だった。思いっきり呆れを顔にのせている。
「あるんかないんか、それだけはっきりしてくれへんか?」
「まぁ待てって。今から確認する」
無い、と即答しない店も珍しい。店長であろう男は後ろの格子状に並んだ引き出しを出してはしまってを繰り返して、眉を寄せた。きっ、と俺の方というか俺の後ろを振り返って、怒鳴る。
「カイトっ! お前また引き出し入れ替えただろ!」
発言の内容に俺がぽかーんとしている間に、「あれ、もう気付いたんですか?」「お前これ何回目だと思ってんだ!?」「メモリが正しい限り十一回目ですね」「しれっと答えんなこんのバカイトがっ!」といった応酬が繰り広げられる。悪いが、と言いながら店長が店員から視線を外して俺を見た。
「ちょっと時間かかる。俺は悪くねぇ。絶対にあいつのせいだ」
そう言って男は俺が返事する前に引き出しの方に向き直った。ぶつくさと文句を言いながらも手際よく引き出しを並べ替えていく。横にも縦にも十以上はあるように見えるのだが、引き出しの中身と配置は把握しきっているらしい。
「他にいるものがあるならあっちに言っとけよ」
手を止めずに店長が言う。その背中に俺は問うた。
「それやったら、あのボカロはいくらなん?」
「はぁ!?」
ぎょ、とした顔で店長が振り返る。
「なんや、商品とちゃうんか?」
売り手と商品という関係のようには確かに見えなかったが。店長の視線が少し厳しくなった、ような気がする。
「売り物だ、あいつは。それよりもあの問題児をよく買おうと思ったな」
「人格がしっかりしとっておもろいやん」
「それだけで買おうと思うか?」
「それだけやねんけどなぁ……あと中古やから新品よか安いんやろ?」
新品の従順さが気持ち悪いと思ってた俺は、買うなら初期化していない中古品だなと思っていた。俺からすれば理想の機体なんだが、それだけじゃ悪いか?
「……まぁな。そもそも、なんでボカロが欲しいんだよ?」
「大学の他の奴が連れてるの見たら俺も欲しなってん。けど新品を自分好みに、っつーんは俺の性に合わんし。やから中古探しとってんけど」
と、そんなことがあったため、俺はアンドロイド関連のジャンク街に来ていた。流石に足の指のパーツとなると中々手に入らない。メーカーから買おうとすると発注しなければならないため時間がかかるし、何より高い。ネットショップで買う事もできるが、俺としてはちゃんと自分の目で確認した物が欲しいところだ。そういう機械オタクの欲求を満たすために、このジャンク街は存在している。
とは言っても「巡音ルカの左足の小指」なんてパーツはそうそうあるわけもなく(足首から下の左足なら見つけたが、小指以外のパーツの処理に困るためひとまず保留だ)。そろそろジャンク街の三分の二は見終わろうかというときにその店はあった。
取り合えず「機械」と名の付く物は何だって扱っているのだろう、店先には全自動掃除機から業務用冷蔵庫、ボーカロイド用の人工毛などと、とにかく雑多に並べられている。それらの埃を、真っ青な髪の店員がはたいていた。髪の色的にボーカロイドだろう。
「あ、いらっしゃいませ!」
夜通し実験をしている他の研究室と違って、俺が配属された研究室はほぼ毎日ちゃんと家に帰れる。というのも研究対称であるボーカロイドに睡眠が必要だからだ。だからこそ研究室の鍵閉めという当番が発生し、それは学年が低い者が担当することになる。のだが。
「彩園寺くんいじめられてるんじゃないの? もはや鍵閉め係になってるよ」
「分かってるわ、んなこと」
研究室所有のボーカロイドの一人、初音がそう指摘するようにいつの間にか4年生の中でも俺だけが部屋の鍵を閉めることになっていた。まぁ、鍵閉めくらいどうってことないんだが。
「ん、っと……電源おっけ窓おっけ、後何か忘れてるか? 俺」
「彩園寺殿。右から二つ目の窓の鍵が閉まっておりませんぞ」
「あ、ホンマや」
同じく研究所所有の神威に言われた窓の鍵を閉める。ふと前を見ると、もうそろそろ夏至なのに窓の外は真っ暗で、窓が鏡のように研究室を映し込んでいる。俺と、初音と、神威がいることを何となく確認して、そこで俺はもう一人のボーカロイドの姿が見えない事に気付いた。
「あれ、巡音は?」
振り返って二人に尋ねる。初音が首を横に振り、
「ルカちゃんは気分が悪いからって、隣の部屋で調整してるよ」
「擬似精神が上手く作動しないと言っておられたな」
「大丈夫なんか? それ」
自己調整が必要な程人工精神の調子が悪いというのは、穏やかではない。
「うーん、それはルカちゃん次第かも。測定のストレスでダメになっちゃう子、結構多いもん」
「ダメに、って相当まずいんとちゃうんかそれ……」
「大丈夫大丈夫。測定さえなかったらすぐに元に戻るから」
「……様子見てから帰るわ。んじゃ閉めるで、この部屋」
初音と神威を研究室から出して、電気を全て消す。それから鍵をかけると、隣の部屋……もとい、ボーカロイド達の生活空間にお邪魔した。
「マスターは、」
俺と二人だけになった部屋で、カイトはぽつりと言った。
「ずるい人ですね」
「なんでや?」
カイトの蒼い瞳が真っ直ぐに俺を写す。
何の歪みも生まずに、ただ、そこにあるものを写し取る。
この機械の純粋さが、人によっては気味が悪いと言うのだけれど、俺は嫌いではない。
「ルカの気持ち、知っているんでしょう?」
ルカ。
この研究室で所有している女性型ボーカロイドの一人だ。
確かにカイトの指摘する通り、俺の自惚れでなければ彼女は俺に好意を抱いているのだろう。
けれども彼女にとっては残念なことに、俺は彼女に対しての特別な好意は持っていない。
あるとすれば研究対象としての興味、ただそれだけだ。
「分かっとる。でも俺はどうとも思っとらんねや」
「あれだけ思わせぶりな態度をとっておいて?」
カイトが驚きと呆れを滲ませた声をあげる。
声音だけで、カイトは感情が読み取れる。
ボーカロイドがここまで情緒豊かなことを俺はこいつを買うまで知らなかった。
研究室のボカロ達はどうにもまだ感情が薄い。
「思わせぶり、って何のことや」
「データの測定が終わったら絶対に声かけてますし、そもそもおれを見つけた時だって彼女の修理のためだったんじゃあないんですか? 扱いも他の皆と比べると丁寧ですし」
「そりゃああれやろ、巡音は女性型やから」
「相手が女性型だったら誰にだって同じ事をするんですか」
「まぁ、そうやろ」
俺は別段巡音を特別扱いした覚えはない。
カイトがゆるゆると首を振った。
「マスター。貴方はボーカロイドに対して普通に接しすぎです」
「それのどこがあかんねん」
「普通は、そんな人格を認めたような態度はとらないんですよ。人間っていうのは」
嫌に冷めた声だった。
「表面的には人間と同じような扱いをするんですけどね、誰でも。でもおれたちのことを機械だと認識しているから、どこかで物扱いするんです。貴方にはそれが無い」
「俺かてお前らは機械やと思ってるで?」
「でも物扱いは絶対にしない」
「なんでお前が言い切るんや」
「それは、おれが貴方のボーカロイドだからです。マスターのことは誰よりも見ているんですよ。マスターの望むロイドになる為に」
これがもっと熱っぽい言い方だったら、また今の場面は異なったものになるのだろう。
でも今は違う。
人間に仕える機械としての、諦観が籠った言葉だった。
こいつに感情があると知っている身としてはそれが、どうしても苦しい。
「……行きましょうか、マスター」
カイトが俺の隣を通り過ぎて部屋の扉に手を掛ける。
俺はその背中に問うた。
「お前の観察の結果、俺はお前に何を望んでるんや?」
こいつは俺が何を望んでいると思っているのだろうか。
カイトは振り返らずに答えた。
「何も。貴方はおれに何かを望んでいるようには思えません」
そのまま先に出て行った背中に、多分俺の言葉は届かなかっただろう。
「違う。違うでカイト」
俺がお前に望むのは。
「俺は、」
ただお前がお前であれば、それでいい。
マス帯でも帯マスでもない。あくまでもこいつらは家族愛。
*
「マスター、いい加減起きたら? 知らないよ、僕は」
「何の、話や……?」
「あのカイトが、機嫌を損ねていないわけがないと思うんだけど」
「あ、……はははは」
「ご愁傷様」
*
カイトに比べたら華奢な身体。それを抱き寄せる。体を震わせて、声を殺して泣いているのには気づかないふりをした。
*
嫌いじゃなかった好きだった。でもきっと、愛だと気付く前に憎んでいた。
*
大丈夫。
もう、怖い夢は見ない。
*
「我慢、我慢、我慢ガマンがまん……!」
「カイ、ト……?」
「何、アカイト」
「い、いや……なんかお前、機嫌悪くないか……?」
「これで良いように見えるの?」
「見えませんごめんなさい」
「……はぁ。アーくんにあたっても仕方が無いよねぇ」
「聞きたく無いが一応聞く。……マスターは?」
「部屋の中で帯人といちゃいちゃしてるんだ絶対。ふたりっきりとか何それ。おれに対して喧嘩売ってるんですか?」
「仲直り中、か」
「最近のマスターはおれがいてもすぐに帯人が帯人がって五月蝿いから今日だけは目をつぶってあげてるの。だからさっさと元に戻れあんのあほっ! あほ!」
「……朝になったら帯人と逃げるか」
*
「帯人」
僕を呼ぶ声がする。だって当たり前だ。僕は気道が塞がるほどの力を込めてはいないのだから。目が合う。彼の目に、僕はどんな顔で映っているのだろう。
体の横のラインをするすると撫で上げられる。背中に手を回されて、ぐいっと彼の肩に引き寄せられた。肘を折り曲げて膝も曲げて、顔だけが彼の肩と顔の隙間に埋まっている。
「その体勢はしんどいやろ。もっと足伸ばし。体重は俺に預けても平気やから」
言われた通りにもぞもぞと足を動かして、でも体格が僕とほぼ同じ彼にのしかかるわけにもいかずに少し体を浮かせる。
「しんどないか?」
小声で平気、とだけ伝えると彼は一つ頷いてそれで、と言葉を続ける。
「手じゃなくて腕を首に回してみ」
それでな、好きなだけそうしとき。
そう言ったきり、彼は何も言わなかった。
*
「今から14年前の話だけど……知ってるのかな」
「内容にもよるんとちゃうか?」
「そう。じゃあ、ボーカロイドの虐待が社会問題となっていたのは覚えてる?」
「……あぁ、今も解決したとは思えへんけど、確かにあの頃は大騒ぎしとったな」
「それじゃあ、そのきっかけは?」
「そこら辺は専門や。まずはボーカロイドが所有者を殺害する事件が発生して大騒ぎ。んで背景をよくよく調べてみるとその所有者は自分のボーカロイドに虐待を加えていた。その憎しみが原因かと思いきや、当のロイドのメモリを解析してみると、所有者が自分のロイドに自分を殺すように強要した結果やった。そこからKAITOシリーズのエクセプション問題も発生したんやけど、それよりも当のKAITOの悲劇性が過剰報道され、煽られて一種の社会問題と化した、んやったか。最後まで嫌や言うてたのに命令されたせいで従わざるをえなかったんやろ? なぁ帯人」
「……察しが早くて助かるよ、貴方は」
「怖いんは俺ちゃうくて『マスター』か?」
「違う。『マスターを殺した自分』だよ」
「いつか俺を手にかけるんとちゃうかと?」
「馬鹿馬鹿しいとは思うけどね。でも不安ってそういうものでしょう?」
「せやな。でも安心しい、帯人。俺は絶対にお前に「やめろ」って言う。絶対に止めたるから。な?」
「……そう、だね。だいたい、貴方の場合は頼む時はカイトだろうし」
「ま、確かに俺が爺さんになってどうしようもなくなった時は考えるかもしれんけどな」
「じゃあ、最後にお願いしてもいい?」
「なんや?」
「……貴方の首を、絞めさせてください」
「自分に厳しい奴やな、帯人は。ええけど、無理はしたらあかんで?」
「一応誰か呼んだ方がいいんじゃないの?」
「俺は死なんもん。必要ないわ」
「そう。じゃあ……横になって」
「ほんま、徹底しとるなぁ……」
*
「マスター! もう、チョコレートを主食にするのはやめてください!」
「うるさいうるさい。ええやないか」
「よくないです! 大袋を一日で空けるなんて体に悪いに決まってます!」
「そんなんザラやし」
「マスター起きてからチョコレートしか食べてないですよね」
「……やってご飯作んの面倒やねんもん。お前もやってみいや。材料切って炒めて混ぜて煮込んで……炒飯もラーメンも作りすぎて飽きたわ。食べたない」
「……つまり、おれがご飯を作ればいいんですね?」
「そりゃまともな食いもんがあればそれ食べるけど……できるん?」
「レシピがあればできるはずです」
「それじゃあかん。レシピがあったところで計量器具あらへんし……ってお前が量ればいいんか。やるか? 料理」
「はい!」
「おっけ。んじゃ計量機能についでに料理ソフトもインストールしてやな。包丁とか皮剥き器とか仕込むか?」
「刃物は切れ味を保つ為には外部で保存した方が効率的だと思いますが」
「それもそうやな。んじゃやろか」
*
「マスター、いい加減起きたら? 知らないよ、僕は」
「何の、話や……?」
「あのカイトが、機嫌を損ねていないわけがないと思うんだけど」
「あ、……はははは」
「ご愁傷様」
*
カイトに比べたら華奢な身体。それを抱き寄せる。体を震わせて、声を殺して泣いているのには気づかないふりをした。
*
嫌いじゃなかった好きだった。でもきっと、愛だと気付く前に憎んでいた。
*
大丈夫。
もう、怖い夢は見ない。
*
「我慢、我慢、我慢ガマンがまん……!」
「カイ、ト……?」
「何、アカイト」
「い、いや……なんかお前、機嫌悪くないか……?」
「これで良いように見えるの?」
「見えませんごめんなさい」
「……はぁ。アーくんにあたっても仕方が無いよねぇ」
「聞きたく無いが一応聞く。……マスターは?」
「部屋の中で帯人といちゃいちゃしてるんだ絶対。ふたりっきりとか何それ。おれに対して喧嘩売ってるんですか?」
「仲直り中、か」
「最近のマスターはおれがいてもすぐに帯人が帯人がって五月蝿いから今日だけは目をつぶってあげてるの。だからさっさと元に戻れあんのあほっ! あほ!」
「……朝になったら帯人と逃げるか」
*
「帯人」
僕を呼ぶ声がする。だって当たり前だ。僕は気道が塞がるほどの力を込めてはいないのだから。目が合う。彼の目に、僕はどんな顔で映っているのだろう。
体の横のラインをするすると撫で上げられる。背中に手を回されて、ぐいっと彼の肩に引き寄せられた。肘を折り曲げて膝も曲げて、顔だけが彼の肩と顔の隙間に埋まっている。
「その体勢はしんどいやろ。もっと足伸ばし。体重は俺に預けても平気やから」
言われた通りにもぞもぞと足を動かして、でも体格が僕とほぼ同じ彼にのしかかるわけにもいかずに少し体を浮かせる。
「しんどないか?」
小声で平気、とだけ伝えると彼は一つ頷いてそれで、と言葉を続ける。
「手じゃなくて腕を首に回してみ」
それでな、好きなだけそうしとき。
そう言ったきり、彼は何も言わなかった。
*
「今から14年前の話だけど……知ってるのかな」
「内容にもよるんとちゃうか?」
「そう。じゃあ、ボーカロイドの虐待が社会問題となっていたのは覚えてる?」
「……あぁ、今も解決したとは思えへんけど、確かにあの頃は大騒ぎしとったな」
「それじゃあ、そのきっかけは?」
「そこら辺は専門や。まずはボーカロイドが所有者を殺害する事件が発生して大騒ぎ。んで背景をよくよく調べてみるとその所有者は自分のボーカロイドに虐待を加えていた。その憎しみが原因かと思いきや、当のロイドのメモリを解析してみると、所有者が自分のロイドに自分を殺すように強要した結果やった。そこからKAITOシリーズのエクセプション問題も発生したんやけど、それよりも当のKAITOの悲劇性が過剰報道され、煽られて一種の社会問題と化した、んやったか。最後まで嫌や言うてたのに命令されたせいで従わざるをえなかったんやろ? なぁ帯人」
「……察しが早くて助かるよ、貴方は」
「怖いんは俺ちゃうくて『マスター』か?」
「違う。『マスターを殺した自分』だよ」
「いつか俺を手にかけるんとちゃうかと?」
「馬鹿馬鹿しいとは思うけどね。でも不安ってそういうものでしょう?」
「せやな。でも安心しい、帯人。俺は絶対にお前に「やめろ」って言う。絶対に止めたるから。な?」
「……そう、だね。だいたい、貴方の場合は頼む時はカイトだろうし」
「ま、確かに俺が爺さんになってどうしようもなくなった時は考えるかもしれんけどな」
「じゃあ、最後にお願いしてもいい?」
「なんや?」
「……貴方の首を、絞めさせてください」
「自分に厳しい奴やな、帯人は。ええけど、無理はしたらあかんで?」
「一応誰か呼んだ方がいいんじゃないの?」
「俺は死なんもん。必要ないわ」
「そう。じゃあ……横になって」
「ほんま、徹底しとるなぁ……」
*
「マスター! もう、チョコレートを主食にするのはやめてください!」
「うるさいうるさい。ええやないか」
「よくないです! 大袋を一日で空けるなんて体に悪いに決まってます!」
「そんなんザラやし」
「マスター起きてからチョコレートしか食べてないですよね」
「……やってご飯作んの面倒やねんもん。お前もやってみいや。材料切って炒めて混ぜて煮込んで……炒飯もラーメンも作りすぎて飽きたわ。食べたない」
「……つまり、おれがご飯を作ればいいんですね?」
「そりゃまともな食いもんがあればそれ食べるけど……できるん?」
「レシピがあればできるはずです」
「それじゃあかん。レシピがあったところで計量器具あらへんし……ってお前が量ればいいんか。やるか? 料理」
「はい!」
「おっけ。んじゃ計量機能についでに料理ソフトもインストールしてやな。包丁とか皮剥き器とか仕込むか?」
「刃物は切れ味を保つ為には外部で保存した方が効率的だと思いますが」
「それもそうやな。んじゃやろか」
未来の私が笑ってなくても
あなたとの今を覚えてて欲しい
心の始まりは強すぎて
言葉じゃ間に合わなくて
(言葉が)足りないからどんどん足すから
(心が)弱くなって(言葉を足すことを)終わりにした
(言葉を?)繰り返すことを疑わずに
(言葉を?)無くす事を恐れずに
自分のじゃない物語の
はじっこに隠れて笑った
そうしなきゃ(言葉を足すことを止めて、他人の物語のなかで生きないと)どうにも
息が出来なかった
たいして好きでもない
でも繋いだ毎日
あなたのため(に毎日を繋いだ? 言葉を足した?)とは
言えないけど
あなた一人が(私の言葉を)聴いてくれたら
もうそれでいい
約束は誰かと作るもので
誰かが頑張り屋で
追い付けなくて離れて
自分だけがまだ持ってる
(約束は誰かと作るものだけど、その誰かは頑張り屋だから先に行ってしまって、もう追いつけなくなってしまった。
自分だけがまだ果たせていない約束を持ってる。)
明日に望まなくなったのは
今日がその答えだから
(今日は昨日の明日で、今日は昨日の望みを叶えられてはいない。だから明日には何も望まない)
(明日に望む事を)諦めて(明日への希望を持たないことを)全部受け入れて
でもはじっこに隠して(明日への希望を)持ってる
滲んでも消えない
ひとり見た桜
(一人で見た桜は涙で滲んでいるけど消えはしない)
眠りの入り口で
手を繋いで見てる
(何故なら眠りの入り口であなたと手を繋いで見ているから)
(変わりたいと思うけど)変われなくて
いつも戸惑うけど
誰か一人が認めてくれたら
もうそれでいい(変わらなくていい)
過去からの声は何も知らないから
勝手な事ばかり
それは解ってる
(勝手な事だとわかっているけれどそれでも未来の私に言いたい)
未来の私が笑ってなくても
あなたとの今を覚えてて欲しい
(たとえ未来の私が笑っていなくても、あなたと過ごす今この瞬間を忘れないでほしい)
心の始まりは(強くて)脆すぎて
言葉には嫌われて(言葉を足しても上手くいかなかった)
何をどうしたって手遅れで
(心が)砕け散って(心を)終わりにした
(心を)終わりにしたら(何かが)始まって
(何かは)言葉も心も超えて
ささやかな響きになって
さよならの向こうへ
(別れすら乗り越えた)
(自分が嫌いで変わりたいのに)変われなくて
いつも戸惑うけど
誰か一人が笑ってくれたら
僕はこれ(今の自分が)がいい
未来のあなたが笑ってないなら
(私が)歌いかける今に
気付いて欲しい
(なぜなら)
(私が)未来の私を思い出せたら
(私は)あなたとの今を忘れなくていい(から)
→なぜなら、あなたとの今を覚えている限り、私は未来の私を思い出せるから。
「未来の私を思い出す」……未来の私=未来への希望 どんな未来でも希望を抱ける ……ということか?
→私はあなたとの今を覚えている限り、どんな未来だって乗り越えていけるから。
二人
未来の私が笑ってなくても
あなたとの今を覚えてて欲しい
K
心の始まりは強すぎて
言葉じゃ間に合わなくて
足りないからどんどん足すから
弱くなって終わりにした
M
繰り返すことを疑わずに
無くす事を恐れずに
自分のじゃない物語の
はじっこに隠れて笑った
K
そうしなきゃどうにも
息が出来なかった
M
たいして好きでもない
でも繋いだ毎日
二人
あなたのためとは
言えないけど
K
あなた一人が聴いてくれたら
M
もう
二人
それでいい
M(Kコーラス?)
約束は誰かと作るもので
誰かが頑張り屋で
追い付けなくて離れて
自分だけがまだ持ってる
K(Mコーラス?)
明日に望まなくなったのは
今日がその答えだから
諦めて全部受け入れて
でもはじっこに隠して持ってる
M
滲んでも消えない
ひとり見た桜
K
眠りの入り口で
手を繋いで見てる
二人
変われなくて
いつも戸惑うけど
M
誰か一人が認めてくれたら
K
もう
二人
それでいい
K
過去からの声は何も知らないから
勝手な事ばかり
それは解ってる
M
未来の私が笑ってなくても
あなたとの今を
二人
覚えてて欲しい
M
心の始まりは脆すぎて
言葉には嫌われて
何をどうしたって手遅れで
砕け散って終わりにした
二人
終わりにしたら始まって
言葉も心も超えて
ささやかな響きになって
さよならの向こうへ
変われなくて
いつも戸惑うけど
M
誰か一人が笑ってくれたら
K
僕はこれがいい
M
未来のあなたが笑ってないなら
二人
歌いかける今に
気付いて欲しい
未来の私を思い出せたら
あなたとの今を忘れなくていい
小説というよりは設定なんだが……。
*
明らかに、違う。
前は既にルーク達がライガクイーンと交戦状態に入っていた。アリエッタとの確執を防ぐ為に彼は極力急いだが、それだけでこうも展開が変わるとは思えなかった。前では自分が到着する前にあの二人は去っていたのだろうか? とても、そうとは思えない。
二人のうちの片方は現在自分と行動をともにしている。だとするならば、前の時も行動をともにしていて然るべきだったろう。そしてもう一人――ヴェント。この二度目が始まったときに唐突に記憶に現れた彼は、確実に、前には存在していなかった。真紅の瞳は譜眼の証であり、発話能力に障害を持ちながらも詠唱破棄で譜術を発動する鬼才。そんな人物が、ダアトにいるとは前では聞いたこともなかった。ましてや、六神将シンクの副官だなんて言わずもがな、だ。
既にこの世界とは前とはずれ始めている。ライガクイーンを倒さなかったことで、これからの展開は少しずつ変わっていくはずだ。そして確実に鍵を握っているのは、今のんびりとルーク達と話しているこの少年に違いなかった。
「っていうわけで、俺記憶喪失なんだよ」
「本当かよ。そうは見えねーけど」
「本当だって。こう見えて俺結構参ってるんだってば」
「どこがだよ。大体記憶喪失になってから二週間で何で喋れて歩けるんだ」
「はぁ? 別に普通だろ、そんなの。歩き方や喋り方まで忘れる重度の記憶喪失なんてそうそうならないって」
「……そうなのか?」
「そう、だと思いますよ。どうしましたか、ルーク」
「んじゃなんだって俺はそんなめんどくさい記憶喪失になってんだよああもう信じらんねぇ!」
「へぇ、お前も記憶喪失なんだ。お前こそそうは見えなくないか?」
「俺は十歳以前の記憶がごっそり抜けてるんだよ。もうこの状態で七年も生きてるんだからこんなもんだろ」
「っつーことはお前、記憶喪失の度合いから推測するにほぼ7歳児?」
「な ん だ と ! ?」
「あーいや悪い悪い。別に馬鹿にしてるわけじゃなくてだな」
「そういう言い方を馬鹿にしてるって言うんだよ!」
「そうやってムキになるところが17歳と言うよりは7歳児っぽいよな」
「なっ……」
「あの、少し言いすぎではないですか? 僕はルークのそういうところ、好きですけど」
「だってさルーク。よかったな」
「てめぇ後で覚えてろよ……」
「別に後回しにしなくてもよくないか?」
「もう、いい加減にしなさい! あなた達は静かに歩くことも出来ないの!?」
「……すみません、ティア」
「イオン様はいいんですよ。……私は二人に言ったのだけれど?」
「差別はんたーい!」
「あなたねぇ……」
「てか別に静かに歩かなくてもいいじゃん、こんな森の中」
「魔物の生息地で大声を出すなんて、襲ってくださいと言ってるようなものよ?」
「チーグルが生息できて、しかも生態系ピラミッドの頂点にいたライガがいなくなったんだからそう危険でもないだろ」
「でも警戒はするに越したことはないわ」
「……結構まじめちゃんだな、お前」
*
明らかに、違う。
前は既にルーク達がライガクイーンと交戦状態に入っていた。アリエッタとの確執を防ぐ為に彼は極力急いだが、それだけでこうも展開が変わるとは思えなかった。前では自分が到着する前にあの二人は去っていたのだろうか? とても、そうとは思えない。
二人のうちの片方は現在自分と行動をともにしている。だとするならば、前の時も行動をともにしていて然るべきだったろう。そしてもう一人――ヴェント。この二度目が始まったときに唐突に記憶に現れた彼は、確実に、前には存在していなかった。真紅の瞳は譜眼の証であり、発話能力に障害を持ちながらも詠唱破棄で譜術を発動する鬼才。そんな人物が、ダアトにいるとは前では聞いたこともなかった。ましてや、六神将シンクの副官だなんて言わずもがな、だ。
既にこの世界とは前とはずれ始めている。ライガクイーンを倒さなかったことで、これからの展開は少しずつ変わっていくはずだ。そして確実に鍵を握っているのは、今のんびりとルーク達と話しているこの少年に違いなかった。
「っていうわけで、俺記憶喪失なんだよ」
「本当かよ。そうは見えねーけど」
「本当だって。こう見えて俺結構参ってるんだってば」
「どこがだよ。大体記憶喪失になってから二週間で何で喋れて歩けるんだ」
「はぁ? 別に普通だろ、そんなの。歩き方や喋り方まで忘れる重度の記憶喪失なんてそうそうならないって」
「……そうなのか?」
「そう、だと思いますよ。どうしましたか、ルーク」
「んじゃなんだって俺はそんなめんどくさい記憶喪失になってんだよああもう信じらんねぇ!」
「へぇ、お前も記憶喪失なんだ。お前こそそうは見えなくないか?」
「俺は十歳以前の記憶がごっそり抜けてるんだよ。もうこの状態で七年も生きてるんだからこんなもんだろ」
「っつーことはお前、記憶喪失の度合いから推測するにほぼ7歳児?」
「な ん だ と ! ?」
「あーいや悪い悪い。別に馬鹿にしてるわけじゃなくてだな」
「そういう言い方を馬鹿にしてるって言うんだよ!」
「そうやってムキになるところが17歳と言うよりは7歳児っぽいよな」
「なっ……」
「あの、少し言いすぎではないですか? 僕はルークのそういうところ、好きですけど」
「だってさルーク。よかったな」
「てめぇ後で覚えてろよ……」
「別に後回しにしなくてもよくないか?」
「もう、いい加減にしなさい! あなた達は静かに歩くことも出来ないの!?」
「……すみません、ティア」
「イオン様はいいんですよ。……私は二人に言ったのだけれど?」
「差別はんたーい!」
「あなたねぇ……」
「てか別に静かに歩かなくてもいいじゃん、こんな森の中」
「魔物の生息地で大声を出すなんて、襲ってくださいと言ってるようなものよ?」
「チーグルが生息できて、しかも生態系ピラミッドの頂点にいたライガがいなくなったんだからそう危険でもないだろ」
「でも警戒はするに越したことはないわ」
「……結構まじめちゃんだな、お前」
「お前、院は行かねーの?」
「せやな。俺は研究者なりたいんとちゃうし。別に一人でも何とかなるからなぁ」
「そりゃあお前の頭脳があればなんとでもなるだろうよ。既に特許で一生遊んで暮らすだけの金は入ってくるんだろ?」
「研究して暮らすには余りにも少ない金額やけどな。まぁ、お前らがおもろい開発してくれんのを期待してるわー」
「はぁぁ。勿体無い。折角のその頭を、ボカロの発展に使う気はないのか?」
「ないな。てか、そんなん別に院におらんくてもできるやん」
「そりゃあお前だったらな! もう勝手にしろ!」
「? 何をそんなに怒ってるんや?」
*
「研究室で所有しているボカロは3体。初音と神威と巡音やな。あと学生が所有してるのが鏡音二体と咲音。とりあえず、そいつらと顔合わせしに行くで」
「咲音っていうのはMEIKOシリーズということですか?」
「せや。研究室のボカロは苗字で呼ぶのが習慣になっとるから、おまえやったら始音か」
「それってKAIKOの名字なんですけど……」
「今更そんなん気にする奴おらんって」
「……気にしてるのはおれなんじゃ?」
「それもそうか。…………ま、気にすんな!」
「はぁ……」
*
「んで、用件は神威が調子悪いからカイトに来てほしいと、そういうわけやな?」
「そうなんだよ。頼む! な?」
「日数×5万やな」
「はぁ!? なんでだよ」
「カイトと俺のレンタル料やと思えば安いもんやろ」
「なんでお前まで来んだよ」
「俺がカイトを一人で行かせるとでも? お前らのところに? 何されるかわかりゃしない」
「お前って昔からそうだよな。研究者が綺麗事言ってどうすんだよ」
「俺の知識欲は他人に無理強いしてまで必要な欲じゃあないんでね」
「悪かったな」
「何かを知りたいと思うのは悪いこととはちゃうやろ」
「じゃあ始音よこせ」
「断る。カイトが嫌がっとるし、あいつは俺のもんでかつ俺が嫌や」
*
おれはアンドロイドだから、先に寝とけ、と言われてしまうと逆らうことはできない。でも放っておくとマスターは寝ることも食べることも忘れて作業に没頭してしまうから、起床時間はできるだけ早めに設定しておいた。只今午前三時。我ながら自分の設定を褒めてやりたい。マスターは机に突っ伏して寝ていた。
「マスター。そんなところで寝ても疲れなんてとれませんよ。起きてください」
起こすのは申し訳ないけれど、でもやっぱりベッドで寝てほしい。机で寝た次の日はいつも首が痛いとマスターは言っている。軽く揺すってみたけれど、マスターはむにゃむにゃ言うだけで全然起きる気配がなかった。もう一度声をかけようとマスターの耳元に口を寄せる。
「マスター、起きてください」
次の瞬間、べしん、と頬に衝撃が走った。何が起きたのか処理をしている間に、僅かに目を開いたマスターと視線が合う。
「あ、おはようございます」
「……何や、カイト」
マスターの声は低かった。
「机で寝てもかえってしんどいだけですよ。ベッドで寝てください」
「しらん。うるさい」
「マスター、」
「起こすな、このあほ」
寝起きのマスターは機嫌が悪い。もう目を閉じてしまって、睡眠の邪魔をするなと訴えてきている。でもねマスター。おれは貴方がベッドで寝てくれればそれで満足なんですよ。だから実力行使です。
「失礼しますよ」
起こさないように耳元でマスターに囁くとまた頬に衝撃。吐息が耳にかかるのが擽ったいらしい。でもそれ以外は何もしてこないのでそのままマスターの体に手をかけた。
眠っている体の体温が暖かくて心地良い。マスターの腕をおれの首に回させて、脇の下から右腕を通す。左腕はマスターの膝の下に回してそっと椅子から持ち上げた。
軽い。平均的な男性よりもマスターは小柄だから当然と言えば当然だけれど、それでも身長と釣り合わない軽さだった。ちゃんと食べてるのかなぁと心配しながらマスターの体をベッドに下ろす。椅子のすぐ裏がベッドだから大したことでもない。それから首に回させた腕を外そうとすると、マスターがうっすら目を開いておれを見ていた。口が微かに動く。
――いかんとって。
その瞬間、無性にマスターを抱きしめたくなった。衝動のままにマスターの隣に倒れ込んでマスターの体を引き寄せる。その頃にはもうマスターは眠ってしまっていて、多分朝に起きた時には狭い、などと言いながら蹴り出されるんだろうなぁ、なんてことを考えながらおれももう一度眠った。
その衝動の名前なんて、考えもしなかった。
*
狭い。けど暖かい。でも狭い。瞼を上げると目の前に何かがあって周りが見えない。首をぐるぐる回してみて、上を見るとそこには奴の顔。
「おはようございます、マスター」
「なにしとんの、おまえ」
カイトがそこにいるということは、この狭さの原因は奴なわけで。でもカイトと寝た覚えは微塵もない。というか昨日はプログラムを書きながら寝落ちしたはずだ。
「まだ起床時刻ではありませんよ」
でもそんなことはどうでもいい。上から降ってくる声が心地良くて、半覚醒だった俺の脳は再びまどろみに落ちる。あやすように触れられる体温が俺の意識を奪っていく。ああでもこれだけは言わないと。
「せまい……」
「そうですよね。すみません、起こしてしまって」
遠くから声が聞こえる。暖かいものが離れていく。寒いのが嫌で手探りでそれを引き止めると、どこかで息を飲んだような音。
「マスター……っ、おやすみなさい」
優しい声に導かれて、今度こそ俺は眠りに落ちた。
*
最近のおれは何かがおかしい。思考が正常にはたらかない時がある。今だってそうだ。繋がれた左手。狭い、とおれの腕の中を嫌がったマスターがおれの腕を掴んでいる。それだけで何も考えられなくなる。おれの思考回路にあるのは、どうしようもなくこの人が好きだ、という当たり前の事だけ。彼はおれのマスターなのだから、好きなのは当然のことだ。でも胸が苦しい。強く抱きしめてもっと彼と触れ合って体温を分け合いたい。でもそれだけじゃあきっと足りない。おれもマスターもどろどろのぐちゃぐちゃに溶け合って、それから一つに混ざり合えば少しは満たされるんだろうか、なんて思うけどそんなことできっこない。何よりマスターを起こしてしまう。
登録解除前のカイトがこんなにマスターが好きでいいんだろうかと自問自答。
主人だから「好き」なんだと思い込んでぐるぐるしてます。
寝ているマスターが大層可愛いのですが何か路線間違ってる、よねぇ……?
*
時系列整理
基準となるアカイトとか帯人が登場する年はマスターが大学を出たその年っぽい。マスターは学部卒で院には行ってない。マスターは2年くらい飛び級してて、あやめがまだ大学生なことを考慮すると大学出てからはそんなに時間は経ってない。
カイトを購入したのは4回生の初夏くらいかなぁ。配属された研究室にも慣れてきた頃。6月下旬から7月の始めくらい。んでお互いに好きになるんだけど、お互いにどういう「好き」なのかを把握しあぐねてる。マスターはもともと機械愛! な人種だからよくわかんないし、カイトは主人だから好きなんだと思い込むし。んで冬くらいからなんかおかしくね? とお互いに思いながらもずるずると関係は続いていって、でマスター卒業。こうなると完全に二人で過ごす時間が多くなってしまって、はっきりさせようじゃないかとマスターの何かが切れる。そしてマスター登録解除。これが3月の終わりから4月にかけての頃。マスターが主人じゃなくなったカイトは自分の気持ちをはっきりと自覚するわけで、早々に告白もして押せ押せ状態。マスターはまだよくわかんなくてうろたえてて、で、最終的に腹を括るのが5月くらいですか。そこでやっとくっつく、と。
アカイト編は秋くらいにしようかなぁ。んで帯人編は冬から春あたりで。
順番を整理するはずだったのになぜ設定を積み立ててるんだかorz
上の話は
・進路の話→大学4回の春、夏? くらい
・カイトを研究室に紹介するのは4回の夏、カイトを買った直後
・カイト貸してくれの話は卒業した次の年の夏。ちなみにこの人がアカイトの前所有者……でいいや
・そのあとのマスター寝てる話は4回の秋から冬くらいの話
って感じの時間帯。ここまで細かく考えるの久しぶりだ……。
「せやな。俺は研究者なりたいんとちゃうし。別に一人でも何とかなるからなぁ」
「そりゃあお前の頭脳があればなんとでもなるだろうよ。既に特許で一生遊んで暮らすだけの金は入ってくるんだろ?」
「研究して暮らすには余りにも少ない金額やけどな。まぁ、お前らがおもろい開発してくれんのを期待してるわー」
「はぁぁ。勿体無い。折角のその頭を、ボカロの発展に使う気はないのか?」
「ないな。てか、そんなん別に院におらんくてもできるやん」
「そりゃあお前だったらな! もう勝手にしろ!」
「? 何をそんなに怒ってるんや?」
*
「研究室で所有しているボカロは3体。初音と神威と巡音やな。あと学生が所有してるのが鏡音二体と咲音。とりあえず、そいつらと顔合わせしに行くで」
「咲音っていうのはMEIKOシリーズということですか?」
「せや。研究室のボカロは苗字で呼ぶのが習慣になっとるから、おまえやったら始音か」
「それってKAIKOの名字なんですけど……」
「今更そんなん気にする奴おらんって」
「……気にしてるのはおれなんじゃ?」
「それもそうか。…………ま、気にすんな!」
「はぁ……」
*
「んで、用件は神威が調子悪いからカイトに来てほしいと、そういうわけやな?」
「そうなんだよ。頼む! な?」
「日数×5万やな」
「はぁ!? なんでだよ」
「カイトと俺のレンタル料やと思えば安いもんやろ」
「なんでお前まで来んだよ」
「俺がカイトを一人で行かせるとでも? お前らのところに? 何されるかわかりゃしない」
「お前って昔からそうだよな。研究者が綺麗事言ってどうすんだよ」
「俺の知識欲は他人に無理強いしてまで必要な欲じゃあないんでね」
「悪かったな」
「何かを知りたいと思うのは悪いこととはちゃうやろ」
「じゃあ始音よこせ」
「断る。カイトが嫌がっとるし、あいつは俺のもんでかつ俺が嫌や」
*
おれはアンドロイドだから、先に寝とけ、と言われてしまうと逆らうことはできない。でも放っておくとマスターは寝ることも食べることも忘れて作業に没頭してしまうから、起床時間はできるだけ早めに設定しておいた。只今午前三時。我ながら自分の設定を褒めてやりたい。マスターは机に突っ伏して寝ていた。
「マスター。そんなところで寝ても疲れなんてとれませんよ。起きてください」
起こすのは申し訳ないけれど、でもやっぱりベッドで寝てほしい。机で寝た次の日はいつも首が痛いとマスターは言っている。軽く揺すってみたけれど、マスターはむにゃむにゃ言うだけで全然起きる気配がなかった。もう一度声をかけようとマスターの耳元に口を寄せる。
「マスター、起きてください」
次の瞬間、べしん、と頬に衝撃が走った。何が起きたのか処理をしている間に、僅かに目を開いたマスターと視線が合う。
「あ、おはようございます」
「……何や、カイト」
マスターの声は低かった。
「机で寝てもかえってしんどいだけですよ。ベッドで寝てください」
「しらん。うるさい」
「マスター、」
「起こすな、このあほ」
寝起きのマスターは機嫌が悪い。もう目を閉じてしまって、睡眠の邪魔をするなと訴えてきている。でもねマスター。おれは貴方がベッドで寝てくれればそれで満足なんですよ。だから実力行使です。
「失礼しますよ」
起こさないように耳元でマスターに囁くとまた頬に衝撃。吐息が耳にかかるのが擽ったいらしい。でもそれ以外は何もしてこないのでそのままマスターの体に手をかけた。
眠っている体の体温が暖かくて心地良い。マスターの腕をおれの首に回させて、脇の下から右腕を通す。左腕はマスターの膝の下に回してそっと椅子から持ち上げた。
軽い。平均的な男性よりもマスターは小柄だから当然と言えば当然だけれど、それでも身長と釣り合わない軽さだった。ちゃんと食べてるのかなぁと心配しながらマスターの体をベッドに下ろす。椅子のすぐ裏がベッドだから大したことでもない。それから首に回させた腕を外そうとすると、マスターがうっすら目を開いておれを見ていた。口が微かに動く。
――いかんとって。
その瞬間、無性にマスターを抱きしめたくなった。衝動のままにマスターの隣に倒れ込んでマスターの体を引き寄せる。その頃にはもうマスターは眠ってしまっていて、多分朝に起きた時には狭い、などと言いながら蹴り出されるんだろうなぁ、なんてことを考えながらおれももう一度眠った。
その衝動の名前なんて、考えもしなかった。
*
狭い。けど暖かい。でも狭い。瞼を上げると目の前に何かがあって周りが見えない。首をぐるぐる回してみて、上を見るとそこには奴の顔。
「おはようございます、マスター」
「なにしとんの、おまえ」
カイトがそこにいるということは、この狭さの原因は奴なわけで。でもカイトと寝た覚えは微塵もない。というか昨日はプログラムを書きながら寝落ちしたはずだ。
「まだ起床時刻ではありませんよ」
でもそんなことはどうでもいい。上から降ってくる声が心地良くて、半覚醒だった俺の脳は再びまどろみに落ちる。あやすように触れられる体温が俺の意識を奪っていく。ああでもこれだけは言わないと。
「せまい……」
「そうですよね。すみません、起こしてしまって」
遠くから声が聞こえる。暖かいものが離れていく。寒いのが嫌で手探りでそれを引き止めると、どこかで息を飲んだような音。
「マスター……っ、おやすみなさい」
優しい声に導かれて、今度こそ俺は眠りに落ちた。
*
最近のおれは何かがおかしい。思考が正常にはたらかない時がある。今だってそうだ。繋がれた左手。狭い、とおれの腕の中を嫌がったマスターがおれの腕を掴んでいる。それだけで何も考えられなくなる。おれの思考回路にあるのは、どうしようもなくこの人が好きだ、という当たり前の事だけ。彼はおれのマスターなのだから、好きなのは当然のことだ。でも胸が苦しい。強く抱きしめてもっと彼と触れ合って体温を分け合いたい。でもそれだけじゃあきっと足りない。おれもマスターもどろどろのぐちゃぐちゃに溶け合って、それから一つに混ざり合えば少しは満たされるんだろうか、なんて思うけどそんなことできっこない。何よりマスターを起こしてしまう。
登録解除前のカイトがこんなにマスターが好きでいいんだろうかと自問自答。
主人だから「好き」なんだと思い込んでぐるぐるしてます。
寝ているマスターが大層可愛いのですが何か路線間違ってる、よねぇ……?
*
時系列整理
基準となるアカイトとか帯人が登場する年はマスターが大学を出たその年っぽい。マスターは学部卒で院には行ってない。マスターは2年くらい飛び級してて、あやめがまだ大学生なことを考慮すると大学出てからはそんなに時間は経ってない。
カイトを購入したのは4回生の初夏くらいかなぁ。配属された研究室にも慣れてきた頃。6月下旬から7月の始めくらい。んでお互いに好きになるんだけど、お互いにどういう「好き」なのかを把握しあぐねてる。マスターはもともと機械愛! な人種だからよくわかんないし、カイトは主人だから好きなんだと思い込むし。んで冬くらいからなんかおかしくね? とお互いに思いながらもずるずると関係は続いていって、でマスター卒業。こうなると完全に二人で過ごす時間が多くなってしまって、はっきりさせようじゃないかとマスターの何かが切れる。そしてマスター登録解除。これが3月の終わりから4月にかけての頃。マスターが主人じゃなくなったカイトは自分の気持ちをはっきりと自覚するわけで、早々に告白もして押せ押せ状態。マスターはまだよくわかんなくてうろたえてて、で、最終的に腹を括るのが5月くらいですか。そこでやっとくっつく、と。
アカイト編は秋くらいにしようかなぁ。んで帯人編は冬から春あたりで。
順番を整理するはずだったのになぜ設定を積み立ててるんだかorz
上の話は
・進路の話→大学4回の春、夏? くらい
・カイトを研究室に紹介するのは4回の夏、カイトを買った直後
・カイト貸してくれの話は卒業した次の年の夏。ちなみにこの人がアカイトの前所有者……でいいや
・そのあとのマスター寝てる話は4回の秋から冬くらいの話
って感じの時間帯。ここまで細かく考えるの久しぶりだ……。
カイマスのバカップル具合が異常。個人的には砂吐きレベル。
*
「マスター」
「嫌や。聞きたくない」
「おれはあなたに伝えたいんです」
「俺は知らん。何も知らん。知らんったら知らん!」
「どうしてそう怖がるんですか」
「やっていつかは無くなってしまうやないか。俺は嫌や。そんなん嫌や」
「それは、おれがマスターに伝えても伝えなくても同じ事です。同じなら、おれはあなたに聞いてほしい。知っていてほしいと思います。だから、腹を括ってもらえますか?」
「……主人相手になんつー言い種や」
「マスター」
「……」
「おれは、あなたが好きです」
「……やから、聞きとうないって言ったのに」
「貴方がマスターでなくなって、漸くはっきりとしました。マスターとしてではなく、一人の人間として貴方が好きなんです」
「……そうか」
「はい」
「…………はぁぁぁ。ごめんな、カイト。俺はお前の事どう思ってんのかようわからへん」
「はっきりさせる必要も無いと思いますよ。おれのこと、嫌いですか? マスター」
「それはないわ。嫌いちゃうよ」
「その言葉だけでおれは十分です」
「あんがと、カイト。整理ついたら、ちゃんとお前に言うから」
*
「カイトっ! おま、キスうますぎやろ!?」
「……誰と比較しての言葉ですか?」
「俺の予想とや経験なくて悪かったなっ!」
「おれも無いですよ……あれをカウントにいれていいのかなぁ?」
「……あれって?」
「昔PVでキスシーンがあったからとりあえずインストールしてもらっただけです。おれはアンドロイドですよ? 主人(ひと)を悦ばせる方法も一通りは知ってます。……と、言えたらいいんですけどね」
「へぇ……」
「ところでマスター」
「なんや?」
「もう一回」
「……ええよ、勝手にしい」
*
「あほやな、あの店長」
「でもいい人なんですよ」
「そりゃわかる。でも起動50年越えなんて今じゃあプレミアがつくようなもんやで? それをあの金額で他人に渡すとか、信じられへんわ……」
「全部おれが断ってきましたからね、そういう話は。もの珍しさだけでおれを選ぶ自己顕示欲の強い人間のところには行きたくないですから」
「……それを俺の前で言うか?」
「足の中指だけ探し回る人ような人だったら、一つの物を長く使いつづけるタイプの人かなぁとおれが思っただけです」
*
「あ、いらっしゃいませー」
「邪魔すんで……へぇ、ボカロも働かせてるんか」
「いえいえ。おれは中々売れないから店長に『電気代分働け』って言われて使われてるだけですよ」
「売れへんの? よう仕事できてるやん」
「ありがとうございます。どうやら売り物にみえないみたいですよ。それに起動時間が長いもんで」
「へぇ。どんくらい?」
「ざっと60年くらいですね」
「60!? ようそんなに起動し続けてきたなぁ。というかおじいちゃん?」
「外見に合わせて貰って構いませんよ。人格回路に起動年月は関係ありませんから。っていけない、お兄さん、御所望の品はありますか? 最新のボーカロイドから業務用小型機械まで幅広く置いてますよ」
「今整備用のパーツ探しとんねん。巡音ルカの左足の中指のパーツない? どこ行ってもないねん」
「……お兄さん、随分と探し回ってるんですねぇ。細かいパーツはおれにはわかりません。呼び鈴で店長を呼んで聞いてみてもらえますか?」
「わかった。仕事の邪魔して悪かったな」
「お客さんの応対も仕事のうちですよ」
「ルカの左足の中指のパーツ? んなもんあるわけねぇ……ってちょっと待てよ、旧型ならあったかもしんねぇ」
「あるんか!? すごい店やな」
「そういう細かいニーズに対応しないとやってけないんだよ、こういう仕事は」
「あぁ、わかるわかる。大抵の人はメーカーに流れるもんなぁ……」
「……同業者かよ」
「修理メインやけどな」
「へぇ。……ああ、あった。これだろ、ルカの足の指」
「おお、これやこれ! よかったわ見つかってー。なんぼ?」
「シール貼ってるだろ」
「了解。……それとさぁ、あの店頭のおじいちゃんKAITO卸してくんね?」
「お前今修理屋だって言ってたよな?」
「ええの、あかんの?」
「機体のライセンス切れで売りたくても売れねぇんだよ、あいつは。機体の変更料込みで値段をつけると新品以上の値段になりやがるし、それでも欲しいっつうけったいな収集家のところには行きたがらねぇし」
「やーかーらー、卸してってゆうとるやろ? 業者への販売にはライセンス切れもなんもあらへんやんか」
「あーそうか。……買う?」
「機体は俺が用意するし載せ換えも俺がやるから、あいつ単体の値段は?」
「その指に丸を一つ足したくらいだな」
「安っ。……流石に起動60年じゃあなぁ。そうなるわな」
「金はあんのか? 現金払いを歓迎するが」
「ああ、それは大丈夫や」
「ならいい。おいKAITO! ちょっと奥来い!」
「呼びましたか、店長?」
「こいつがお前を買うと。業者だからライセンス切れも心配無用」
「ええぇっ!? 随分と急ですね、お兄さん……」
「後はお前次第やねんけど。どうする?」
「わざわざおれを選ぶ理由は?」
「家で使えそう、爺さんだが見方を変えればアンティークで貴重……とかか?」
「まぁいつもみたいに一週間くらい行ってみればどうだ?」
「そうですね。よろしくお願いします」
*
ただの人間だと思えばどうってことない。どこにでもいる人間の、その中の一人とたまたま同居しているだけだと思い込めば。メモリに刻まれた所有者としての名前も、ただ名前を借りているだけ。そう、思っていたのに。
一度彼を『マスター』と認識してしまうともう駄目。メモリが混在して今がいつか分からなくなる。マスターという認識には常にあの人の影が付き纏う。
「帯人……? お前、最近元気あらへんけどどうしたんや?」
「別に。なんでもない」
大丈夫。彼は違う。あの人じゃあない。あの人はもういないんだから。
「僕なんかに構ってる場合なの? カイトに仕事させて、自分は休憩なんて最低だと思うけど」
「それがロイドの仕事やろうに……まぁ、申し訳ないとは思っとるけどさ」
彼が冷凍庫の扉を開ける。そう、そして取り出すのは何時だってアイスピックだった。そして僕にそれを突き立てる。血液すら流れていない僕を傷つけたって何も面白くないだろうに。意味のない痛みを感じて涙を流す僕を、綺麗だとさえ言って……。
「たーいーと? お前本当に大丈夫か?」
違う、違う。彼はあの人じゃあない。あの人はもういないんだから。僕を落ち着ける呪文。最後の一言はいつも知らないふりをするけれど。
「もし大丈夫じゃなかったら? そしたらアンタはどうするの? アンタ達が勝手に決めた正常に当て嵌まらなかったら、それだけで僕たちを否定するくせに」
そう、この人はただの人間。いくらでもいる有象無象の一人。いてもいなくてもかわらない人。
「……ごめん。そういうつもりやなかった」
眉を寄せて悲しげな顔をしたって、僕は何とも思わない。だってこの人はどこにでもいる人間のうちの一人なんだから。
酷い事を言う度に悲鳴を上げつづける心の軋みには、気づかなかったことにした。
*
「なぁカイト」
「なんですか?」
「最近帯人が冷たいねん」
「……そうですか?」
「そうやって! ちょっとは俺のこと、信じてくれるようになったんかなぁって思ったのになぁ……」
「おれは、帯人はマスターのこと信頼してると思いますよ」
「ホンマか?」
「ええ」
「ホンマのホンマに?」
「……確認してくればいいでしょう、今。仕事はおれがやっときますから。ね?」
「おう。……さんきゅ、カイト」
「どういたしまして。それじゃあ、先に『ご褒美』を頂けますか?」
「ああ」
「で?」
マスターの入れてきた氷水を煽って、おれはマスターの方をみやる。別に返答なんてなくったって、結果は一目瞭然。
「……もっと酷なった」
床に「orz」の体勢をとりながらマスターが落ち込んでいる。でも、どうしてだろう? 同じ型のロイドだから、というわけでもないけれど、帯人がマスターを所有者(マスター)として認めつつあるのは見ていれば分かる。皮肉屋なのは相変わらずだけど、マスターの話にちゃんと耳を傾けるようになった。
「おれにはよくわかりませんね。なんでわざわざ嫌われようとするんだか」
「……ツン期到来?」
「あまりにも短いデレ期でしたね」
マスターに睨まれた。でも全然迫力がない。
「俺がおるからあんな顔しよんのか? お前らとおるときは楽しそうやのに、俺と帯人だけになったらえらい悲壮な顔してさ」
「悲壮、ですか。嫌悪ではなくて?」
「はっきり嫌ってくれたら俺こんなに悩まへんわ……」
あーああ、とマスターがため息。おれとしてもさっさと仲直りでも決裂でもいいからなんとかしてほしい。最近のマスターは帯人帯人ばっかり。
*
「……お前らってさぁ、仲いいんか悪いんかようわからへんわ」
「おれと帯人ですか?」
「仲良いの? 僕ら」
「悪くはないと思うけど、良いとも思えないよねぇ?」
「根本的にはそっくりだもんね、僕ら。亜種とはいえアカイトと違って僕は後天型だし」
「今度アーくん騙してみる? 人格入れ替わったーとか言って、おれが帯人のふりして帯人がおれのふりすんの」
「いいねそれ。楽しそう」
「……アカが俺に『カイトとキスしろ』とか言ったらすぐバレるんちゃうか? あいつそういう知恵はまわるし」
「うっ……マスターがいないところでやります」
「いいじゃん僕が役得で」
「帯人がよくてもおれが嫌なの!」
「言われなくてもそんなのわかってるよ」
「……相性はええんか?」
「さぁ?」
「げっ! アカ、お前いつからおったんや……?」
「最初から。ったく、オレが外回りしてる間にお前らは何してんだよ?」
「お疲れさん、アカ。今のは休憩やで? いつもはもうちょっと真面目にやっとるで?」
「嘘くせえ」
「ひっどいなぁ……」
*
だけど何よりも絶望したことは。
『死なないでほしい』と願ったのは三原則を破る恐怖から発せられた願いであって、決して僕自信は死なないでほしいとは思っていなかったということだ。そしてあの人はそこまで見抜いていた。
*
壊してしまえば。この人がいなくなれば。僕はあの人のことを忘れられる……?
「帯人。ダメだよ」
でもきっとできない。この小姑みたいな正規品がいる限り。主人に似て優しすぎるこいつは、僕が衝動のままに行動しても後悔するだけだからと絶対に止めに入る。半分以上は自分の都合があるのも知っているけれど。
「……わかってる」
でも。それじゃあ。この不安はどうすればいい? あの人はもういないと思うと、僕があの人を殺したという事を思い出す。そのことを忘れようとするとまだあの人が生きているような気がする。
*
「マスター」
「嫌や。聞きたくない」
「おれはあなたに伝えたいんです」
「俺は知らん。何も知らん。知らんったら知らん!」
「どうしてそう怖がるんですか」
「やっていつかは無くなってしまうやないか。俺は嫌や。そんなん嫌や」
「それは、おれがマスターに伝えても伝えなくても同じ事です。同じなら、おれはあなたに聞いてほしい。知っていてほしいと思います。だから、腹を括ってもらえますか?」
「……主人相手になんつー言い種や」
「マスター」
「……」
「おれは、あなたが好きです」
「……やから、聞きとうないって言ったのに」
「貴方がマスターでなくなって、漸くはっきりとしました。マスターとしてではなく、一人の人間として貴方が好きなんです」
「……そうか」
「はい」
「…………はぁぁぁ。ごめんな、カイト。俺はお前の事どう思ってんのかようわからへん」
「はっきりさせる必要も無いと思いますよ。おれのこと、嫌いですか? マスター」
「それはないわ。嫌いちゃうよ」
「その言葉だけでおれは十分です」
「あんがと、カイト。整理ついたら、ちゃんとお前に言うから」
*
「カイトっ! おま、キスうますぎやろ!?」
「……誰と比較しての言葉ですか?」
「俺の予想とや経験なくて悪かったなっ!」
「おれも無いですよ……あれをカウントにいれていいのかなぁ?」
「……あれって?」
「昔PVでキスシーンがあったからとりあえずインストールしてもらっただけです。おれはアンドロイドですよ? 主人(ひと)を悦ばせる方法も一通りは知ってます。……と、言えたらいいんですけどね」
「へぇ……」
「ところでマスター」
「なんや?」
「もう一回」
「……ええよ、勝手にしい」
*
「あほやな、あの店長」
「でもいい人なんですよ」
「そりゃわかる。でも起動50年越えなんて今じゃあプレミアがつくようなもんやで? それをあの金額で他人に渡すとか、信じられへんわ……」
「全部おれが断ってきましたからね、そういう話は。もの珍しさだけでおれを選ぶ自己顕示欲の強い人間のところには行きたくないですから」
「……それを俺の前で言うか?」
「足の中指だけ探し回る人ような人だったら、一つの物を長く使いつづけるタイプの人かなぁとおれが思っただけです」
*
「あ、いらっしゃいませー」
「邪魔すんで……へぇ、ボカロも働かせてるんか」
「いえいえ。おれは中々売れないから店長に『電気代分働け』って言われて使われてるだけですよ」
「売れへんの? よう仕事できてるやん」
「ありがとうございます。どうやら売り物にみえないみたいですよ。それに起動時間が長いもんで」
「へぇ。どんくらい?」
「ざっと60年くらいですね」
「60!? ようそんなに起動し続けてきたなぁ。というかおじいちゃん?」
「外見に合わせて貰って構いませんよ。人格回路に起動年月は関係ありませんから。っていけない、お兄さん、御所望の品はありますか? 最新のボーカロイドから業務用小型機械まで幅広く置いてますよ」
「今整備用のパーツ探しとんねん。巡音ルカの左足の中指のパーツない? どこ行ってもないねん」
「……お兄さん、随分と探し回ってるんですねぇ。細かいパーツはおれにはわかりません。呼び鈴で店長を呼んで聞いてみてもらえますか?」
「わかった。仕事の邪魔して悪かったな」
「お客さんの応対も仕事のうちですよ」
「ルカの左足の中指のパーツ? んなもんあるわけねぇ……ってちょっと待てよ、旧型ならあったかもしんねぇ」
「あるんか!? すごい店やな」
「そういう細かいニーズに対応しないとやってけないんだよ、こういう仕事は」
「あぁ、わかるわかる。大抵の人はメーカーに流れるもんなぁ……」
「……同業者かよ」
「修理メインやけどな」
「へぇ。……ああ、あった。これだろ、ルカの足の指」
「おお、これやこれ! よかったわ見つかってー。なんぼ?」
「シール貼ってるだろ」
「了解。……それとさぁ、あの店頭のおじいちゃんKAITO卸してくんね?」
「お前今修理屋だって言ってたよな?」
「ええの、あかんの?」
「機体のライセンス切れで売りたくても売れねぇんだよ、あいつは。機体の変更料込みで値段をつけると新品以上の値段になりやがるし、それでも欲しいっつうけったいな収集家のところには行きたがらねぇし」
「やーかーらー、卸してってゆうとるやろ? 業者への販売にはライセンス切れもなんもあらへんやんか」
「あーそうか。……買う?」
「機体は俺が用意するし載せ換えも俺がやるから、あいつ単体の値段は?」
「その指に丸を一つ足したくらいだな」
「安っ。……流石に起動60年じゃあなぁ。そうなるわな」
「金はあんのか? 現金払いを歓迎するが」
「ああ、それは大丈夫や」
「ならいい。おいKAITO! ちょっと奥来い!」
「呼びましたか、店長?」
「こいつがお前を買うと。業者だからライセンス切れも心配無用」
「ええぇっ!? 随分と急ですね、お兄さん……」
「後はお前次第やねんけど。どうする?」
「わざわざおれを選ぶ理由は?」
「家で使えそう、爺さんだが見方を変えればアンティークで貴重……とかか?」
「まぁいつもみたいに一週間くらい行ってみればどうだ?」
「そうですね。よろしくお願いします」
*
ただの人間だと思えばどうってことない。どこにでもいる人間の、その中の一人とたまたま同居しているだけだと思い込めば。メモリに刻まれた所有者としての名前も、ただ名前を借りているだけ。そう、思っていたのに。
一度彼を『マスター』と認識してしまうともう駄目。メモリが混在して今がいつか分からなくなる。マスターという認識には常にあの人の影が付き纏う。
「帯人……? お前、最近元気あらへんけどどうしたんや?」
「別に。なんでもない」
大丈夫。彼は違う。あの人じゃあない。あの人はもういないんだから。
「僕なんかに構ってる場合なの? カイトに仕事させて、自分は休憩なんて最低だと思うけど」
「それがロイドの仕事やろうに……まぁ、申し訳ないとは思っとるけどさ」
彼が冷凍庫の扉を開ける。そう、そして取り出すのは何時だってアイスピックだった。そして僕にそれを突き立てる。血液すら流れていない僕を傷つけたって何も面白くないだろうに。意味のない痛みを感じて涙を流す僕を、綺麗だとさえ言って……。
「たーいーと? お前本当に大丈夫か?」
違う、違う。彼はあの人じゃあない。あの人はもういないんだから。僕を落ち着ける呪文。最後の一言はいつも知らないふりをするけれど。
「もし大丈夫じゃなかったら? そしたらアンタはどうするの? アンタ達が勝手に決めた正常に当て嵌まらなかったら、それだけで僕たちを否定するくせに」
そう、この人はただの人間。いくらでもいる有象無象の一人。いてもいなくてもかわらない人。
「……ごめん。そういうつもりやなかった」
眉を寄せて悲しげな顔をしたって、僕は何とも思わない。だってこの人はどこにでもいる人間のうちの一人なんだから。
酷い事を言う度に悲鳴を上げつづける心の軋みには、気づかなかったことにした。
*
「なぁカイト」
「なんですか?」
「最近帯人が冷たいねん」
「……そうですか?」
「そうやって! ちょっとは俺のこと、信じてくれるようになったんかなぁって思ったのになぁ……」
「おれは、帯人はマスターのこと信頼してると思いますよ」
「ホンマか?」
「ええ」
「ホンマのホンマに?」
「……確認してくればいいでしょう、今。仕事はおれがやっときますから。ね?」
「おう。……さんきゅ、カイト」
「どういたしまして。それじゃあ、先に『ご褒美』を頂けますか?」
「ああ」
「で?」
マスターの入れてきた氷水を煽って、おれはマスターの方をみやる。別に返答なんてなくったって、結果は一目瞭然。
「……もっと酷なった」
床に「orz」の体勢をとりながらマスターが落ち込んでいる。でも、どうしてだろう? 同じ型のロイドだから、というわけでもないけれど、帯人がマスターを所有者(マスター)として認めつつあるのは見ていれば分かる。皮肉屋なのは相変わらずだけど、マスターの話にちゃんと耳を傾けるようになった。
「おれにはよくわかりませんね。なんでわざわざ嫌われようとするんだか」
「……ツン期到来?」
「あまりにも短いデレ期でしたね」
マスターに睨まれた。でも全然迫力がない。
「俺がおるからあんな顔しよんのか? お前らとおるときは楽しそうやのに、俺と帯人だけになったらえらい悲壮な顔してさ」
「悲壮、ですか。嫌悪ではなくて?」
「はっきり嫌ってくれたら俺こんなに悩まへんわ……」
あーああ、とマスターがため息。おれとしてもさっさと仲直りでも決裂でもいいからなんとかしてほしい。最近のマスターは帯人帯人ばっかり。
*
「……お前らってさぁ、仲いいんか悪いんかようわからへんわ」
「おれと帯人ですか?」
「仲良いの? 僕ら」
「悪くはないと思うけど、良いとも思えないよねぇ?」
「根本的にはそっくりだもんね、僕ら。亜種とはいえアカイトと違って僕は後天型だし」
「今度アーくん騙してみる? 人格入れ替わったーとか言って、おれが帯人のふりして帯人がおれのふりすんの」
「いいねそれ。楽しそう」
「……アカが俺に『カイトとキスしろ』とか言ったらすぐバレるんちゃうか? あいつそういう知恵はまわるし」
「うっ……マスターがいないところでやります」
「いいじゃん僕が役得で」
「帯人がよくてもおれが嫌なの!」
「言われなくてもそんなのわかってるよ」
「……相性はええんか?」
「さぁ?」
「げっ! アカ、お前いつからおったんや……?」
「最初から。ったく、オレが外回りしてる間にお前らは何してんだよ?」
「お疲れさん、アカ。今のは休憩やで? いつもはもうちょっと真面目にやっとるで?」
「嘘くせえ」
「ひっどいなぁ……」
*
だけど何よりも絶望したことは。
『死なないでほしい』と願ったのは三原則を破る恐怖から発せられた願いであって、決して僕自信は死なないでほしいとは思っていなかったということだ。そしてあの人はそこまで見抜いていた。
*
壊してしまえば。この人がいなくなれば。僕はあの人のことを忘れられる……?
「帯人。ダメだよ」
でもきっとできない。この小姑みたいな正規品がいる限り。主人に似て優しすぎるこいつは、僕が衝動のままに行動しても後悔するだけだからと絶対に止めに入る。半分以上は自分の都合があるのも知っているけれど。
「……わかってる」
でも。それじゃあ。この不安はどうすればいい? あの人はもういないと思うと、僕があの人を殺したという事を思い出す。そのことを忘れようとするとまだあの人が生きているような気がする。
なんとなく話を整理してみる。
今のところ大きな区切り目は
①
・カイトのマスター登録解除
↓②
・アカイト同居スタート
↓③
・帯人同居スタート
④
って感じ。
で、ネタがあるのは
①→帯人の最初のマスターの話/カイト過去話もろもろ/カイト登録解除までの話
②→マスカイいちゃいちゃ/アカイト編/マスター里帰り
③→赤だけいて帯人がいない小話いろいろ/帯人拾う話
④→帯人編/鏡音編?
って感じ。
とりあえず区切りとなる話から書くか……。
あとKAITO達の起動年月についてですが、
カイト→60年越え。初代マスターが作曲家で初代マスター名義で歌った歌多数。そのころの歌はメモリにたっぷり入ってる。けど今は当時と機体が違う為に全く同じには歌えない。初代マスターの時に合成音声から人工声帯へ一回目の機体変更。初代マスターのところに40年くらいかなぁ。次のマスターはおばあちゃんで、近所の子供達相手に音楽教室を開いたりしてた。歌の調教はできないために初めから歌データが大量に入ったカイトを気にいって購入。おばあちゃんが亡くなった後にお店に売却されて、お店で機体を最新に更新させられる。でお店で数年起動していた(あまりにも売れなくて店の仕事まで覚えつつあった)後に現マスターに引き取られる、と。現マスターの改造せいでマスター登録と三原則が外れてる。
アカイト→まだ10年も起動していない。初めからバグモデル・AKAITOとして闇市に流されており、本人の特性もあって所有者のところを逃亡すること数知れず。結局反所有派のロイド達のグループに身を寄せることに。でも若干老獪なカイトとか捻くれものの帯人に比べるととっても純粋。バグでマスター登録に拘束性がない。
帯人→初代マスターが病んでた。初代がそんなんだったもんだからいまいち他人の愛し方が分からない。虐待されて大きくなった子が自分の子供を虐待してしまうのと同じような感じ。起動年月はマスターより数ヵ月短いくらい。帯人が初代マスターを殺した時はまだカイトは初代マスターの元にいた。初代を殺した後は「三原則を破ったアンドロイドのサンプル」としてしばらく研究所っぽいところに入れられたのち、普通に売却される。が、マスターが怖くて仕方がないから自分から嫌われる、を繰り返すうちにどんどん人間嫌いになり、最終的にアカイトと同じく反所有派のグループに身を寄せていた。バグでロボット三原則が外れている。
設定長いなw
今のところ大きな区切り目は
①
・カイトのマスター登録解除
↓②
・アカイト同居スタート
↓③
・帯人同居スタート
④
って感じ。
で、ネタがあるのは
①→帯人の最初のマスターの話/カイト過去話もろもろ/カイト登録解除までの話
②→マスカイいちゃいちゃ/アカイト編/マスター里帰り
③→赤だけいて帯人がいない小話いろいろ/帯人拾う話
④→帯人編/鏡音編?
って感じ。
とりあえず区切りとなる話から書くか……。
あとKAITO達の起動年月についてですが、
カイト→60年越え。初代マスターが作曲家で初代マスター名義で歌った歌多数。そのころの歌はメモリにたっぷり入ってる。けど今は当時と機体が違う為に全く同じには歌えない。初代マスターの時に合成音声から人工声帯へ一回目の機体変更。初代マスターのところに40年くらいかなぁ。次のマスターはおばあちゃんで、近所の子供達相手に音楽教室を開いたりしてた。歌の調教はできないために初めから歌データが大量に入ったカイトを気にいって購入。おばあちゃんが亡くなった後にお店に売却されて、お店で機体を最新に更新させられる。でお店で数年起動していた(あまりにも売れなくて店の仕事まで覚えつつあった)後に現マスターに引き取られる、と。現マスターの改造せいでマスター登録と三原則が外れてる。
アカイト→まだ10年も起動していない。初めからバグモデル・AKAITOとして闇市に流されており、本人の特性もあって所有者のところを逃亡すること数知れず。結局反所有派のロイド達のグループに身を寄せることに。でも若干老獪なカイトとか捻くれものの帯人に比べるととっても純粋。バグでマスター登録に拘束性がない。
帯人→初代マスターが病んでた。初代がそんなんだったもんだからいまいち他人の愛し方が分からない。虐待されて大きくなった子が自分の子供を虐待してしまうのと同じような感じ。起動年月はマスターより数ヵ月短いくらい。帯人が初代マスターを殺した時はまだカイトは初代マスターの元にいた。初代を殺した後は「三原則を破ったアンドロイドのサンプル」としてしばらく研究所っぽいところに入れられたのち、普通に売却される。が、マスターが怖くて仕方がないから自分から嫌われる、を繰り返すうちにどんどん人間嫌いになり、最終的にアカイトと同じく反所有派のグループに身を寄せていた。バグでロボット三原則が外れている。
設定長いなw
まさかの前マスターがヤンデル。ヤンデレじゃなくて病んでる。(大事なことなので二回言いました)
我ながらびっくりするくらいダークです。ご注意を。
*
ぽろり、とカイトの目から涙が溢れる。虚空を見つめていた瞳に光が戻ると、しがみつくかのように僕を抱きしめた。そしてみっともなくも大声で泣きだした。
「……見たんだ」
「ごめっ、たい、に干渉、しよ、っとする、と、どうして、もっ」
あの後連れていかれた警察での反応もこうだった。もっとも、外部からの反応を受け付けなくなった僕からメモリを抜こうと干渉してきたロイドは僕のメモリに触れた瞬間に機能停止に陥っていたけれど。カイトが泣くだけで済んでいるのは、僕と同じ旧型のKAITOシリーズだからなのだろう。
僕とマスターの事件は社会に大きな衝撃を与えた。アンドロイドがマスターを手に掛けたのだから当然だ。僕の事件が起きた原因は、KAITOシリーズに設定されていたエクセプションだった。メーカーによると、本来は安楽死を想定して、マスターが死を望んだ場合にだけロボット三原則の例外が発生するように設定していたらしい。が、自殺の幇助をアンドロイドにさせていいのかと大バッシングを食らい、それ以降に生産されたKAITOシリーズではではこのエクセプションの発動条件はかなり厳しくなったようだ。それでも安楽死という選択肢が存在するのは、成人男性型ボーカロイドは介護用ロイドとしての需要が大きいのが関係しているのだろう。
「落ち着いた?」
「うんっ……。行こう、帯人。マスターのところに、帰ろう?」
*
「嫌だっ! マスター、外してください!」
首と、両手と、両足と。もう慣れた金属の冷たさが僕を拘束する。いつもだったらマスターから逃れないためなのに、今日は違う。僕が、マスターの邪魔をしない為。
「お前は私に『嫌だ』ばかり言うね」
「あっ……ふぅっ、んっ」
いつも通りの強引な口づけ。自然と目尻に涙が滲むけれど、マスターはそれを丁寧に舌で拭い取った。僕が、絶対に見逃さないようにするため。
「いい? ちゃんと最後まで見ておくんだよ」
「嫌ですっ……お願い、マスターやめてっ」
「んー、どうしようかなぁ?」
意地の悪い顔でマスターが僕の顔を覗き込む。よかった。少しでも考えてくれるんだ。じゃあ、何とかして説得しないと。
「お願い、しますっ! 僕何だってしますから!」
「本当に?」
マスターの顔がちょっと明るくなる。後が怖いけど、でも今はそんなこと言ってられない。じゃあ……と言いながらマスターが僕の耳に口を寄せた。
「私の死に方、お前が選んでよ」
僕に酷い事を言うときの、楽しそうな声が耳からどろりと流れ込んでくる。ぞっとした。息が詰まった。駄目、駄目、駄目。そんなの駄目。声も出なくてひたすら首を横に振る。金属の首輪が首に食い込んで痛いはずなのに、そんなことも感じなかった。嫌だ、お願いだからマスター、やめてっ……!
「実は私もどうするか悩んでて、いろいろ用意したんだよね。首を絞めるのが一般的だけど、お前に刺してもらうのもいいし、毒でもいいよね。飛び降りはつまらないからやめにしたけど。さぁ、お前はどれがいい……?」
つぅーっとマスターの細い指が僕の頬を撫でる。そんなの選べない。選べる訳がない。さっきマスターに拭ってもらった涙は、もうボロボロと溢れ出てる。
「泣き虫だねぇ、お前は」
仕方が無い子だ、と言いながらマスターが僕の両手の拘束を外す。
「マス、ター?」
「お前が決められないのなら私が決めるよ」
マスターが僕の手をマスターの首に当てる。嫌な予感がするけれど、でも僕はただ茫然と従うだけだ。マスターが柔らかく笑う。僕の一番好きな笑顔。その後にはいつも酷いことをしてくるのはわかっているのだけれど、それでも僕が一番安心できる表情。そしてマスターはすぅっと息を吸って、そして僕に告げた。
「さぁ、私の首を絞めて」
それは絶対の響きを持った命令だった。ちぎれそうな程に首を振る。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! でも命令には逆らえない。ぐっと僕の手に力が入ってマスターの首を絞める。気道を塞ぐ。ロボット三原則の禁を犯そうとする僕に警告のアラームが鳴り響いた。アラームを鳴らすくらいなら僕を強制的に機能停止に追い込んでくれればいいのに! 役立たず!
マスターは苦しそうに表情を歪めて笑っていた。途切れ途切れに漏れる声がどうか僕を止める命令であるように、祈るような気持ちで耳を澄ませた。名を呼ばれた。はっと僕は首を絞めているマスターを見つめた。マスターが弱々しく僕を抱きしめる。そして僕の耳に言葉を落とすと、ふわっと力が抜けた。
「……マス、ター?」
ようやく僕の口から零れた声は震えていた。返事が無い。見開かれた目は瞬きもしない。息を、していな……い?
「あ、あぁ……」
がくん、と僕の背に回っていた腕が落ちた。生体センサーが、目の前の肉塊はもう生きてはいないことを告げた。途端にマスターの首を絞めていた手が自由になった。
僕は、人間を、マスターを、ころした。
とすん、と全身の力が抜けた。足の力も抜けてがくん、となると全体重が首輪にかかって首輪が首に食い込んだ。息ができない。でも僕は、死なない。マスターは死んだ。僕が殺した。僕が首を絞めた。僕が、僕が、僕が、僕が…………っ!
「あぁああああああぁぁあぁああぁああぁあ!!」
喉が潰れるのもお構いなしに僕は絶叫して、僕は意識を失った。
*
このカラーリングも、この包帯も。他よりは一回り小さいこの機体も。全部全部あの人がくれたもの。
今だったらわかる。嫌いじゃなかった。好きだった。でも、あの人の気持ちには応えられなかった。マスターの望みを叶えられなかった。だから僕は欠陥品。できそこないのゴミロイド。僕を散々罵倒して、そしてマスターは命を絶った。死にながら壮絶な目で僕を見つめて言った言葉が耳から離れない。
ーーこれでお前は私のものだね。
嘘でも貴方に『好き』と言っていたら。そうすれば、結末は変わったの? それでも僕は貴方を愛せなかった。貴方の愛はとてもわかりにくくて、僕には理解できなかった。愛を知らなかった僕には受け入れられなかった。
でも貴方が好きだった。嫌いじゃあなかった。その事だけでも伝えられれば、貴方は死なずに済んだのですか?
ねぇマスター。どうか教えてください。
*
「人を殺したロイドが今も起動してるわけないだろ。何言ってんだマスター」
「じゃあなんで帯人は『人を殺した』って言ったんや?」
「オレも詳しくは知らないが、あいつが拒絶したのを苦に自殺した奴がいるんだと。それが最初のマスターで、あいつのトラウマ」
「……人と人の出会いは、常に人生を狂わせるものやからなぁ」
「あいつを買う前までは、まともな奴だったんだと。それがあいつに異様に執着するようになって、それを帯人は受け入れきれなくて、その結末が、な。」
「じゃあ帯人は何もしてへんやないか」
「そりゃそうだ。ってかマスター、まさか本当に帯人が殺人を犯したと思ってたのに『それが何だ』って言ったのか……?」
「当たり前やろ?」
「そりゃ帯人が怯えるわけだな……」
「なんでだよ」
「重いからに決まってんだろ。カイトはそれでも平気かもしれねぇけど、帯人はそれだと潰れちまう。怖いんだよ、『マスター』に愛されるのが。だからどこに行っても上手くいかなかった」
*
「人を殺したよ、僕は」
「それが、なんやって言うんや。お前は俺のもんや。勝手に出ていくなんて、俺は許さへん」
「あんたねぇ……っ、僕が、何を思ってこんなことしたか、まだわかんないの……っ!?」
「わからん。わかって堪るか。俺はお前のマスターなんや。お前を棄てるなんて、そんな最低なこと俺にさせんといてくれ。なぁ帯人。絶対に、俺が守ってやるから」
「守る……? 何も知らない子供がっ、偉そうな事言うな!」
「帯人っ!」
「どうするんですか、マスター」
「追いかける。当たり前や」
「……おれは、帯人に賛成ですけどね」
「カイト……?」
「あなたはそうやって他人の業も全て背負い込もうとするから。あなたにそんなことをさせるくらいなら離れた方がマシって気持ち、おれは分かります」
「それが俺は不快やって言ってんねやろうが。お前らとおりたいって思う俺の気持ちを踏みにじって満足か? 下らん自己犠牲に陶酔してお前らはいい気分かもしれへんけどな、俺はそういうのは大嫌いや。やからお前らに嫌われても俺はやる。カイト、帯人はどこや」
「……郊外の方に向かってます」
「よし、行くで」
「はい」
*
マスター。
あなたの為だったら、おれは何だってできる。
我ながらびっくりするくらいダークです。ご注意を。
*
ぽろり、とカイトの目から涙が溢れる。虚空を見つめていた瞳に光が戻ると、しがみつくかのように僕を抱きしめた。そしてみっともなくも大声で泣きだした。
「……見たんだ」
「ごめっ、たい、に干渉、しよ、っとする、と、どうして、もっ」
あの後連れていかれた警察での反応もこうだった。もっとも、外部からの反応を受け付けなくなった僕からメモリを抜こうと干渉してきたロイドは僕のメモリに触れた瞬間に機能停止に陥っていたけれど。カイトが泣くだけで済んでいるのは、僕と同じ旧型のKAITOシリーズだからなのだろう。
僕とマスターの事件は社会に大きな衝撃を与えた。アンドロイドがマスターを手に掛けたのだから当然だ。僕の事件が起きた原因は、KAITOシリーズに設定されていたエクセプションだった。メーカーによると、本来は安楽死を想定して、マスターが死を望んだ場合にだけロボット三原則の例外が発生するように設定していたらしい。が、自殺の幇助をアンドロイドにさせていいのかと大バッシングを食らい、それ以降に生産されたKAITOシリーズではではこのエクセプションの発動条件はかなり厳しくなったようだ。それでも安楽死という選択肢が存在するのは、成人男性型ボーカロイドは介護用ロイドとしての需要が大きいのが関係しているのだろう。
「落ち着いた?」
「うんっ……。行こう、帯人。マスターのところに、帰ろう?」
*
「嫌だっ! マスター、外してください!」
首と、両手と、両足と。もう慣れた金属の冷たさが僕を拘束する。いつもだったらマスターから逃れないためなのに、今日は違う。僕が、マスターの邪魔をしない為。
「お前は私に『嫌だ』ばかり言うね」
「あっ……ふぅっ、んっ」
いつも通りの強引な口づけ。自然と目尻に涙が滲むけれど、マスターはそれを丁寧に舌で拭い取った。僕が、絶対に見逃さないようにするため。
「いい? ちゃんと最後まで見ておくんだよ」
「嫌ですっ……お願い、マスターやめてっ」
「んー、どうしようかなぁ?」
意地の悪い顔でマスターが僕の顔を覗き込む。よかった。少しでも考えてくれるんだ。じゃあ、何とかして説得しないと。
「お願い、しますっ! 僕何だってしますから!」
「本当に?」
マスターの顔がちょっと明るくなる。後が怖いけど、でも今はそんなこと言ってられない。じゃあ……と言いながらマスターが僕の耳に口を寄せた。
「私の死に方、お前が選んでよ」
僕に酷い事を言うときの、楽しそうな声が耳からどろりと流れ込んでくる。ぞっとした。息が詰まった。駄目、駄目、駄目。そんなの駄目。声も出なくてひたすら首を横に振る。金属の首輪が首に食い込んで痛いはずなのに、そんなことも感じなかった。嫌だ、お願いだからマスター、やめてっ……!
「実は私もどうするか悩んでて、いろいろ用意したんだよね。首を絞めるのが一般的だけど、お前に刺してもらうのもいいし、毒でもいいよね。飛び降りはつまらないからやめにしたけど。さぁ、お前はどれがいい……?」
つぅーっとマスターの細い指が僕の頬を撫でる。そんなの選べない。選べる訳がない。さっきマスターに拭ってもらった涙は、もうボロボロと溢れ出てる。
「泣き虫だねぇ、お前は」
仕方が無い子だ、と言いながらマスターが僕の両手の拘束を外す。
「マス、ター?」
「お前が決められないのなら私が決めるよ」
マスターが僕の手をマスターの首に当てる。嫌な予感がするけれど、でも僕はただ茫然と従うだけだ。マスターが柔らかく笑う。僕の一番好きな笑顔。その後にはいつも酷いことをしてくるのはわかっているのだけれど、それでも僕が一番安心できる表情。そしてマスターはすぅっと息を吸って、そして僕に告げた。
「さぁ、私の首を絞めて」
それは絶対の響きを持った命令だった。ちぎれそうな程に首を振る。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! でも命令には逆らえない。ぐっと僕の手に力が入ってマスターの首を絞める。気道を塞ぐ。ロボット三原則の禁を犯そうとする僕に警告のアラームが鳴り響いた。アラームを鳴らすくらいなら僕を強制的に機能停止に追い込んでくれればいいのに! 役立たず!
マスターは苦しそうに表情を歪めて笑っていた。途切れ途切れに漏れる声がどうか僕を止める命令であるように、祈るような気持ちで耳を澄ませた。名を呼ばれた。はっと僕は首を絞めているマスターを見つめた。マスターが弱々しく僕を抱きしめる。そして僕の耳に言葉を落とすと、ふわっと力が抜けた。
「……マス、ター?」
ようやく僕の口から零れた声は震えていた。返事が無い。見開かれた目は瞬きもしない。息を、していな……い?
「あ、あぁ……」
がくん、と僕の背に回っていた腕が落ちた。生体センサーが、目の前の肉塊はもう生きてはいないことを告げた。途端にマスターの首を絞めていた手が自由になった。
僕は、人間を、マスターを、ころした。
とすん、と全身の力が抜けた。足の力も抜けてがくん、となると全体重が首輪にかかって首輪が首に食い込んだ。息ができない。でも僕は、死なない。マスターは死んだ。僕が殺した。僕が首を絞めた。僕が、僕が、僕が、僕が…………っ!
「あぁああああああぁぁあぁああぁああぁあ!!」
喉が潰れるのもお構いなしに僕は絶叫して、僕は意識を失った。
*
このカラーリングも、この包帯も。他よりは一回り小さいこの機体も。全部全部あの人がくれたもの。
今だったらわかる。嫌いじゃなかった。好きだった。でも、あの人の気持ちには応えられなかった。マスターの望みを叶えられなかった。だから僕は欠陥品。できそこないのゴミロイド。僕を散々罵倒して、そしてマスターは命を絶った。死にながら壮絶な目で僕を見つめて言った言葉が耳から離れない。
ーーこれでお前は私のものだね。
嘘でも貴方に『好き』と言っていたら。そうすれば、結末は変わったの? それでも僕は貴方を愛せなかった。貴方の愛はとてもわかりにくくて、僕には理解できなかった。愛を知らなかった僕には受け入れられなかった。
でも貴方が好きだった。嫌いじゃあなかった。その事だけでも伝えられれば、貴方は死なずに済んだのですか?
ねぇマスター。どうか教えてください。
*
「人を殺したロイドが今も起動してるわけないだろ。何言ってんだマスター」
「じゃあなんで帯人は『人を殺した』って言ったんや?」
「オレも詳しくは知らないが、あいつが拒絶したのを苦に自殺した奴がいるんだと。それが最初のマスターで、あいつのトラウマ」
「……人と人の出会いは、常に人生を狂わせるものやからなぁ」
「あいつを買う前までは、まともな奴だったんだと。それがあいつに異様に執着するようになって、それを帯人は受け入れきれなくて、その結末が、な。」
「じゃあ帯人は何もしてへんやないか」
「そりゃそうだ。ってかマスター、まさか本当に帯人が殺人を犯したと思ってたのに『それが何だ』って言ったのか……?」
「当たり前やろ?」
「そりゃ帯人が怯えるわけだな……」
「なんでだよ」
「重いからに決まってんだろ。カイトはそれでも平気かもしれねぇけど、帯人はそれだと潰れちまう。怖いんだよ、『マスター』に愛されるのが。だからどこに行っても上手くいかなかった」
*
「人を殺したよ、僕は」
「それが、なんやって言うんや。お前は俺のもんや。勝手に出ていくなんて、俺は許さへん」
「あんたねぇ……っ、僕が、何を思ってこんなことしたか、まだわかんないの……っ!?」
「わからん。わかって堪るか。俺はお前のマスターなんや。お前を棄てるなんて、そんな最低なこと俺にさせんといてくれ。なぁ帯人。絶対に、俺が守ってやるから」
「守る……? 何も知らない子供がっ、偉そうな事言うな!」
「帯人っ!」
「どうするんですか、マスター」
「追いかける。当たり前や」
「……おれは、帯人に賛成ですけどね」
「カイト……?」
「あなたはそうやって他人の業も全て背負い込もうとするから。あなたにそんなことをさせるくらいなら離れた方がマシって気持ち、おれは分かります」
「それが俺は不快やって言ってんねやろうが。お前らとおりたいって思う俺の気持ちを踏みにじって満足か? 下らん自己犠牲に陶酔してお前らはいい気分かもしれへんけどな、俺はそういうのは大嫌いや。やからお前らに嫌われても俺はやる。カイト、帯人はどこや」
「……郊外の方に向かってます」
「よし、行くで」
「はい」
*
マスター。
あなたの為だったら、おれは何だってできる。
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